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エントリー




 使い魔対抗戦が近くなったある日、いつものようにジェラルドの毛並みを整えていたジゼルをフィリスもいつものように見ていた。


 すると、このクラスの担任であるべアール先生が、バインダーを片手にやってきた。


 彼女はふむふむとジゼルのことを見つめて、その視線にジゼルは首をかしげて返す。


 するとべアール先生はニコッと教師らしい笑みを浮かべてジゼルに言った。


「ジゼルの使い魔の登録がないから確認しに来たけれど、フィリスから借り受けてジェラルドとの出場で間違いないかな?」


 ジゼルが人と話をするのが苦手だと彼女は理解しているので、優しくゆっくりと問いかけた。しかし、その言葉の意味はフィリスにもそしてジゼルにもわからなかった。


「へ? え、ええええぇ、え?? なななん、なんのことですか?!」

「あれ? わかっていると思うけれど、もうすぐ使い魔対抗戦が開かれるでしょう? その時に使役して使う魔獣を決めなければならないのよ」

「……わ、わわっ、私! エントリーして、ななっないです!!」

 

 頭のてっぺんからつま先までピカピカのさらさらに磨き上げられているジェラルドは、ジゼルが動揺して手を止めたことで細めていた目を開いて、きょろきょろとべアール先生とジゼルを見つめた。


 ジゼルの言葉にべアール先生は、首をかしげてそれからジゼルに一枚の紙を渡した。


 隣にいたフィリスも必然的にその内容を見つめる。


 確かにジゼルの名前が書いてあるしクラスも、エントリー料もすでに支払ってあるらしい。


 しかし、名前はジゼルのものだが、筆跡はどう見てもジゼルのものではない、角ばっていて男らしい字体だった。


「こここ、っ、こんなの書いてないですっ!」

「そうね、私もそう思ったんだけど、エントリーを忘れているから代わりにってジゼルのお兄さまがわざわざ教員室にだしに来てくれたのよ、家族思いのいいお兄さまだね」

「っ、…………」


 べアール先生が優しく言うとジゼルは途端に固まって言葉を失う。


 確かに身内である兄がエントリーしたのならば、教師だって受け取らないわけにはいかない、それに身内同士で話をしているはずだろうと今日まで話をしなかったのもわかる。


 しかし、顔を青ざめさせて震えるジゼルの様子はどう考えても普通ではなかった。


「使い魔の登録は今日までだから、まだ決めてないのなら後で教員室にきて教えてね」


 それだけ言ってべアール先生はまた笑みを浮かべる。


 彼女はジゼルの様子をどう解釈しているのかわからないが、色々と疎い所がある人なのだ、うっかり忘れていて兄に怒られるのを怖がっているのだろうとしか思っていないのかもしれない。


 しかしその疎さもフィリスは別に悪いとは思わない。


 教師といえど彼女もまた魔法使いだ。それぞれ魔術を持って自分の力を信じて戦うし基本的に連携しない。


 だからこそ、魔法使いの学園を卒業して称号を持っている人間は個人主義的な人間が多い印象だ。


 まぁ学生のうちはその限りではないが、そういう物なのだ。


「……あ、アンドレ兄さまが……?っ、こんなことするなんて……」


 つぶやくように言うジゼルにフィリスは、少し考えつつも彼女に聞いた。


「今からでもエントリーを取り下げられないか聞きに行く?」


 しかし、自分で言っていても正直それはできないような気がした。


 すでにお金も払ってしまっているようだし、勝つにしろ負けるにしろ、使い魔を戦わせるだけだ本人のコンディションなど関係ない。


 それに、負けても評価を下げられるわけではないのだから学生にとってプラスしかないのだ、取り下げるのではなく適当な魔獣を買って戦わせればいいのだと言われるだろう。


 現実的ではない気がした。


「そそ、それは……アンドレ兄さまの事だから、でっ、できないと思う」

「うん」

「で、でも今は私の使い魔なんていないし…………でも、兄さまは怖いし……」


 ジゼルはどんどんと思考の沼にはまっていって、同じ言葉をぐるぐると繰り返した。


 彼女のいうアンドレという兄はどんな人なのだろう。


 フィリスは彼女の事情を何も知らない、できるアドバイスも少ないと思うけれど、話ぐらいなら聞いてあげられる。


 なのでフィリスは気長にジゼルが悩んでいるところを見ながら待った。


 けれども話の内容なんかどうでも良かったらしいジェラルドは、しばらく大人しくしていたものの、早く撫でろとばかりにジゼルの頬をぺろりと舐めた。


「……ジェリー……そうだ、ジェリーとなら……」


 ぺろぺろと舐めてへっへっへと舌を出して、よしよしを要求するジェラルドにジゼルは思いついたとばかりに視線を移す。


 それからジェラルドを抱きしめてフィリスを見た。


「おおお、お願いっ、フィリス、こここっ今回の使い魔対抗戦の間だけ、じぇ、ジェリーを使役させてほしい!!」


 それは先程べアール先生も言っていたことだったが、フィリスにとっては青天の霹靂だった。


 まったくそのつもりはなかったし、ジゼルについていてもらうことも多いがジェラルドに魔力という報酬を与えているのはフィリスであり、ジゼルはまったく彼とは無関係という状態だ。


 だからこそ、危険なくジェラルドと付き合えている。


 しかし、使役するとなると少々話が違って来るのだ。


「……それは、危険だから止めた方がいいと思うけど」


 思ったことをそのまま口にする。


 ジェラルドは人をたくさん食べているし言葉を交わすことが出来る。


 今はフィリスの魔力で満たされているから人を食べたりしないが、戦闘によって減れば食べる可能性も出てくる。


 それに、使い魔契約している相手でも食べて殺してしまったことがあった。


 だからこそ、他人と意思疎通を勝手にしないようにフィリス以外と出来る限り言葉を交わさない事もフィリスとの契約条件になっている。


 それが揺らいでしまっても安全を保障することはフィリスにはできない。


「そそ、それでもっ、フィリス、お願い!」


 ジゼルはフィリスの手を握って懇願するように長い前髪の隙間から、強い瞳で見つめてくる。


 フィリスだって意地悪で止めろと言っているのではない、友人が心配だから言っているのだ。


 しかし、その危険を承知でリスクを冒してでも勝ちたい戦いなのだとしたらどうだろう。それすらもフィリスに止める権利はあるだろうか。


「……言っておくけど、ジェラルドは甘い言葉を囁いて油断させてから人を食べたりするし、働きに見合わないと思ったらすぐに手を出してくるよ、だから止めといたほうがいい」

「だ、だ大丈夫! ジェリーはそんなことしないよっ、私信じてるからっ!」

「……」


 ジェラルドを強く抱きしめて大丈夫だという彼女に、今までそういう人間が何人も食べられてきた過去があるのだけど、とフィリスは考える。


 しかし、生命が脅かされるリスクを自分で把握してとるというのならば、普段から魔獣の群れに突っ込んでいっているフィリスにはそれを止める権利がない。


「……」


 本当ならば一日ぐらい時間をもらってジェラルドと話をして決めると言いたいし、するべきなのだが、生憎時間もない。


 使役するならばすぐにでも訓練を始めて指示を受け取ってもらうために慣れ親しむところから始めなければならない。


 だからこそフィリスが細工をする時間もないのだ。


 どう考えても危険なことだとわかっているのに拒絶する方法は思い浮かばない。


 何とかジゼルの方が折れないかと彼女を見つめるが、前髪の奥の瞳はとても真剣で、フィリスが止めさせるために説得をしようとしてもきっと意味はないだろうと思う。


 だったら、少しでも安全性を高める方が有意義だろう。


「……わかった。でも、今晩だけ時間をちょうだい。ジェラルドに言い聞かせることが山ほどあるから」


 そう口にするとジゼルはぱあっと表情を明るくしてまるで命の恩人であるかのようにフィリスに抱き着いてお礼を言ったのだった。


 どうやら厄介な事態が始まりそうな予感をおぼえつつ、その日はジェラルドを抱いて急いで自分の部屋へと戻った。





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