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跡継ぎの話





 食事を終えてフィリスとカイルは午後のあたたかな日差しに照らされながらゆったりと広場を散歩した。


 小さな観賞用の池があったり、花園があったりするこの場所だが、学生が魔法の練習をしているので、割と危険である。


 たまに火球が飛んできたり岩石が降ってきたりすることもあるので平民は近寄らない。


 憩いの場としての機能が果たせているのか若干疑問に思ったが、よく考えてみれば平日、学生は皆授業に出ているのでそういう時に使われているのだろう。


「ダーナ様は相変わらずだ。近所の屋敷の夫人たちと交流を深めているが……フィリスが家を継ぐという話になってからは少し動揺していた。自分が婿養子に入って共に支えると話をすれば多少は落ち着いた様子だったが芳しい反応ではない」

「そっか、やっぱりお母さまは私が家を継ぐことは望んでないよね……わかってはいたけど……」

「気にすることは無い、フィリス。君はただ、君の生きやすい道を選択しただけだ、責められるいわれはないだろ」

「うん」


 カイルに励まされるが、とことこと歩きながら少し俯いた。もちろん理解していたことだし、辛いと思うほどではない。


 しかし、人の気持ちというのは変えるのはとても難しい。


 フィリスはダーナのたった一人の娘で、フィリスにとって母が一人しかいないようにダーナにとっても自分の子供はフィリス一人だ。


 だからこそ難しい、母の期待に応えて望み通りになりたいという気持ちがあるのに、フィリスはそれに向いていない。


 学園でも自分の力を誇示しなければ、普通の令嬢たちと渡り合って関わって女性らしく生きることはできなかった。


「それに君の父上、フェルマン様へ話をしたときは感触は良かったように思う、お忙しい人だが、この歳になるまでに築き上げてきた功績をきちんと見ている」


 ……お父さまは、そういう人だと思っていたし、相応しいと思ってもらえたなら安心できるね。


 少し落ち込んだフィリスにカイルは励ますようにそう口にした。そういわれるとやっぱり少しうれしくてカイルは話をするのがうまいなと思う。


 悲しい事があっても、そう言ってくれるとフィリスもうじうじしなくて済む。


 とにかく、跡継ぎの件については、しばらく後にある長期休暇の時に屋敷に帰って話を纏めようと思う。


 カイルはそこまでにすべてフィリスと家族の間に立って、ことを収めることもできるというけれど、これはフィリスと家族の問題であり、フィリスのとった行動のけじめだ。


「そうだね。お父さまは実力主義の人だから、私の性別をみて跡継ぎは無理だと考えていたみたいだけど、その分きちんと示せば考えを変えてくれる。今までがんばってきた甲斐があったかも」

「たしかに、とてもある意味で素直な人だ」

「問題はお母さまだけど、長期休暇の時に一度きちんと真っ向から話をしてみようと思う」

「……わかった。一応の報告と婚約の件だけは自分がやったが、後はフィリスに任せよう」

「うん。そうして欲しい」


 カイルは少し思う所がある様子だったが、それでもフィリスに仕事を譲ってくれた。


 それに恥じない仕事ぶりを見せられるように努力するしかないだろう。


 出来ることは多くないが、やれるだけやることも誠意だ。


 そう考えてフィリスはくっと顎をあげて前を向いた。それから隣を歩くカイルを見上げると、その向こうから、火球が迫ってくるのが見えて、思わず目を見開いた。


 反射的に杖を取る前に魔法を使うと、魔力の光が飛び散って、ずどんと大砲を撃ったような音が響き、天高くに土の壁が形成される。


「っ、…………あぁ、やっちゃった……」


 もはや火球も見えなければ、和やかに魔法の練習をしていた学園の生徒すら見えない。


 土の壁はそれほどに高く広くつきあがっていて、それはそれは女の子らしくない自分の反射の行動に頭を抱えたくなる。


「…………君は杖を使わないと本当に豪快だな、フィリス」

「わざとじゃないの」

「わかってる。自分を守ろうとしてくれたんだろ。ありがとう」


 次第に壁の向こう側から、異様な光景にざわざわと人のざわめきが聞こえてきて、大事になる前にとっとと戻さなければとカイルの向こう側にある土壁に向かう。


 それに、カイルが学生のそれほど威力の強くない攻撃に気がつかないはずがない。


 適当に剣でいなして学生に注意をするだけで話は終わるはずだったのにフィリスのせいでとんだ大ごとだ。


 これだから自分は、とフィリスはまた自己嫌悪に陥った。


 しかし、土壁を一生懸命に操って土壌に返そうと奮闘すると、カイルは後ろからぽんぽんと頭を撫でてくれていつぞやのことを思い出した。


 あの時は力強くてボスボスといった効果音が鳴っているようだったが、いつの間にか力加減を覚えたらしく心地のいい撫で具合である。


「それにこうして外で君とデートをするのも楽しいが、人目につくと抱きしめることもできないからな」


 そういって後ろから優しく抱かれて、香水の香りがした。背中に感じるわずかな重みが心地よくて包まれているような安心感が気分をフワフワさせる。


「……いい匂い」


 カイルから香ってくる男性らしい大人しい香りはどうしても安堵を感じてしまってそう口にした。


 するとカイルは、フィリスのつぶやきに返した。


「そうか? 香水は適当につけているが君が気に入っているなら、変えないようにしよう」

「うん、そうして」


 言われて振り返ってぎゅうっと抱きしめ返すと、とても安心する。


 このままうたた寝でもしてしまいたいような心地だったが、外のざわめきが聞こえてきて、ハッとフィリスは今の状況を思い出してカイルから離れた。


「って、そんな場合じゃなかった、こんな目立つもの見たら魔獣が出たのかって勘違いされちゃうっ」


 急いで土壁に触れてぐいぐいと土の中に埋めていくがどうにも時間がかかりそうだった。


「昔は君が魔獣退治に行くとよくこれが出てたから、それを指標にして魔獣の出た場所を貴族たちは考察していたらしいからな」

「そうなんだよ。……ああ、魔獣騒ぎにならないといいけど」


 言いながらもフィリスは何とか土壁を沈めていって、ある程度ところでカイルに壊してもらい、周りに謝罪をした。


 しかし結局、週明けに学園に戻れば広場に魔獣が出たらしいという話になってまた頭を抱えたのだった。





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