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ピクニック



「それで、”アレ”は君の元で従順に過ごしているか?」


 カイルは隣からフィリスに問いかけつつも、サンドイッチと紙ナプキンを手渡して、フィリスはそれをありがたく受け取る。


 ”アレ”とはこの間連れてきてもらったジェラルドの事だろう。


 カイルはあまりジェラルドの事を良く思っていないというか、警戒しているのでフィリスが負けるとは思えないが、それでも心配な様子だった。


「それが……私に従順っていうより、友人にめっきり懐いちゃって結構拍子抜けしてるかも……」

「友人? ……それは妙だな。捕食対象としてではなく懐いてるのか?」

「うーん。どうだろう正直、測りかねてるっていうか……」


 考えつつサンドイッチを口にする。


 公爵家の料理人に作って貰った物だと思うので慣れ親しんだ美味しさだった。


 もぐもぐと咀嚼しながら考える。するとカイルは食べていない事に気がついて口元を抑えたまま首を傾げた。


 すると、カイルは意図を察した様子ですこしだけ困ったような笑みを浮かべた。


「自分が食事をするとこの程度の量だと足りないからな。君だけが食べてくれ」


 ……笑ってる、珍しい。


 その笑みを見ながらフィリスは珍しいものを見たので、今日は何かいいことがあるかもしれないと考えた。


 それほど普段は強面で仕事をしているときも屋敷で会うときもいつも厳しい顔つきをしている。


 その希少な笑みを眺めながら、フィリスは返した。


「……そういう事なら、いいけど、付き合わせてしまってごめんね」


 言いながらベンチの隣に座っているカイルから視線を外して、目の前の広場を見た。


 ここは魔法学園からほど近い広場だ。


 王都は王宮のすぐそばにある城下町が一番栄えていて、その次に魔法学園のそばにある学園街がその次に発展している。


 王都の近くの城下町には、貴族向けの高級なブティックや、カフェが多く平民は高給層しか住んでいない。


 しかし学園街の方には魔法道具の媒介になる魔石の加工店やら、学校用具を販売する店舗が存在している。


 なので職人層も付近に住宅を購入して住んでいる場合が多い、だからこそこう言った憩いの場はところどころに点在しており、学園から一番近くて広い場所には、学園内で訓練をする場所がない学生たちの練習場だ。


 綺麗な芝生の上で魔術の練習をする者、打ち合いをする者、そしてフィリスたちのように身内と気軽に会うためにベンチを利用しているものと様々だ。


「いや、自分が君と会いたいと望んだんだ。こうして会えるだけで安心するような気持になれる」

 

 たしかにカイルから近々様子を聞きに行きたいと言われた。しかし、それならば学園のそばの広場でピクニックとしゃれこもうと提案したのはフィリスだ。


 ダイアナとブルースの件もあって心配をかけているし、近況報告をするのはやぶさかではないが、大柄で肉体労働メインの仕事についている彼には、ピクニックで楽しく食べる食事では満足いかないかもしれないということにまで気が回らなかった。


「それでも、君だけが食事をするのは流石に気まずいか?……それなら」


 考え込んでいるフィリスに勝手にカイルはそう解釈した様子で、バスケットの中からサンドイッチを一つ手に取って大きな口を開けてパクリと口にする。


 口が大きいなぁとフィリスが考えてる間にサンドイッチはあっという間に二口目で彼の胃袋の中に収まってしまい、たしかに、これではサンドイッチがいくらあっても足りなさそうだと思った。


「うん。美味いな」

「……そんなに大きな一口でのどに詰まらない?」

「? ああ、君だって魔獣が人間を丸呑みにして喉を詰まらせたところを見たことないだろ、そういうものだ」


 ……そういう問題ではないような?


 それに丸呑みにされたが腹に剣を突き刺して平然と戻ってきた騎士を見てから、フィリスは生き物の踊り食いはリスクがあるのだなと思ったのだ。


 あの時に呑み込まれた彼は元気だろうか。


 まぁしかし、そんなことはいいのだ。


 なんだか話が脱線したような気がするが、とにかくカイルが聞きたかったのは、ジェラルドの今の状況とジェラルドを使ったフィリスの作戦の経過だろう。


 本題を間違えてはいけない。


「なるほど……ところで、ジェラルドの話に戻るけれど友人がルコック男爵家の出身らしいから、もしかすると何か秘術で懐いているのかも」

 

 話を変えると、カイルはフィリスの方へと視線を向けて「秘術か……」と呟くように言う。


 しかしそう言ってみたのはいいけれど、ジゼルが何か特別な調教を施しているようには見えなかった。


 やっていることといえば毛を梳かしたり、抱きしめたり話しかけたりといったことぐらいだ。


「何にしてもジェラルドは危険な魔獣だ、いつでも処分して構わない。君の魔力との相性がいいから騎士団で保護しているが、山ほど人間を喰らっているからな」

「うん。わかってる……ジェラルドは捕まえるときにも苦労したからね、ちゃんと警戒しておく」

「そうしてくれ。なんなら用が済んだんであれば引き取ることもできるが、まだ共に学園生活を送るのか?」

 

 カイルに聞かれてフィリスは当初、ジェラルドを呼んできた理由を思い出す。


 ブルースとダイアナへの牽制と仕返しの為だ。彼らは見事にフィリスの術中にはまってくれた。


 あれ以来、ダイアナは授業に出てこなくなった。実家からの呼び出しにも応じずに、彼女は昼夜誰にも会わずに寮の部屋に引きこもっている。


 時折、叫び声をあげながら壁を殴るらしく、そのせいで騒音問題に発展して部屋が近い生徒同士が協力して退学の手続きを取っているとドミニクとレアからの情報で聞いた。


 ダイアナはプライドがどこまでも高く、折れないタイプだ。


 それがフィリスの策略にはまって大勢の前で謝罪をさせられたことと、見下していた相手に無様をさらしたことで心の平穏を保てなくなったらしい。


 彼女が退学してどんな風になるかは知らないけれど、フィリスにとってはもう過ぎ去ったことだ。


 一方、ブルースの方は授業に参加してはいるものの、森の中に入ることが出来ずにこのままでは成績に響く。


 普段も、自信がない様子で今では教室の隅でチャーリーと静かにしていることがほとんどだ。


 そのうえで、クラスのほとんどが彼らに手を貸さないし情報も与えない、それは多くの人間が彼と関わりたくないと思っているからだ。そのことについても自業自得だとフィリスは思う。


 とにもかくにも、クラスの中にいじめをするような、もしくはできる様な人間はいなくなった。


 ジェラルドの必要性はないだろう。


 それでもフィリスは頷いて、笑みを浮かべる。


 必要はないけれど居たら喜ぶ人を少なくとも三人知っている。フィリスも彼女たちの笑顔を見るのが好きなのでこのままがいいと考えた。


「うん。新しい友人たちが可愛いって言ってくれるから」

「……可愛い? 人食いの魔獣が?」

 

 新しい友人の事をカイルに話すのがうれしいフィリスは、ここ最近で一番キラキラした笑みを浮かべてそう言ったが、カイルは深緑の瞳をぐっと怪訝そうに細くしてフィリスに聞いた。


 その言葉にフィリスは自慢げに返した。


「そう、可愛ければ人食いなのも気にならない、それが女の子らしい普通の反応なんだよ」


 フィリスもジェラルドをまったく可愛いとは思わないし、何なら若干嫌悪しているが、可愛ければ関係ないのだ、それをフィリスはジゼルを見て学んだ。


 彼女とはとても良い友人関係を築けている。これからも参考になることが多いだろう。

 

「なるほど、女性は忍耐力があるというがやはり、可愛いものの為ならば恐怖にも打ち勝つのだな」

「そうみたい。不思議だね」

「ああ、不可解だ」


 フィリスはそうまったく疑わずにカイルとそう言葉を交わしたが、ジゼルだけが例外であったことは後々、知ることになるのだった。





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