使い魔対抗戦
昼休憩の時間、フィリスは隣にいるジゼルとジェラルドをじっと見ていた。
クラスの人たちは各々、友達と話をしたり次の授業の準備をしたり思い思いに過ごしているがフィリスとジゼルは友人でありながらもお互いに特に話をすることもない。
二人とも別に話をするのが好きというわけではないということもあるし、それでも特につまらないとは思わない友人関係だった。
それにフィリスはジゼルを見ているのが割と楽しいのだ。
何というか動きがコミカルで可愛らしい、まるで小鳥のようなのだ。なのでそんな彼女が一生懸命にジェラルドへのケアをしているのをぼんやり眺めていた。
当のジェラルドもまんざらではない様子で毛並みを整えられたり、可愛い首輪をつけられたりするのを気に入っているように見えた。
「ところでフィリス様ぁ、もうすぐ使い魔対抗戦の時期だねぇ」
「フィリス様はもちろんジェラルドを連れてエントリーするんですよね。応援に行きますよ」
昼食を取ってお腹いっぱいになり、なんだか眠たい心地だったのだが、突然後ろから声をかけられて驚きフィリスは目を見開いてから振り返った。
彼女たちは当たり前のような顔をしながら隣にいるジゼルとジェラルドの方へと向かい、ジゼルが綺麗に整えた毛並みをそばから撫で繰り回していく。
「……」
ちなみに、間延びした話し方をする方がドミニクで、きちんとした話し方をする方がレアだ。
彼女たちとも稀に話をする丁度良い距離感の友人だ。
しかし、唐突、現れてはジェラルドを愛でまくるのでフィリスとしては驚くことが多い。
「……使い魔対抗戦?」
今だってフィリスは心底驚いていたが、それよりも彼女たちの言った言葉の方に思考が引っ張られて思わず聞き返した。
ジゼルは隣で、道具のたくさんはいっていそうなポーチから丸い缶ケースを取り出してカラカラと回して蓋を開けた。
「そうだよぉ。あのね、魔法使いとしてのお仕事はたくさんあるけどぉ、その中でも使い魔を飼いならして献上したり使役したりするお仕事もあるでしょぉ」
「そういう技能を測って、成績にプラスしてもらうことができるのが使い魔対抗戦です。進級試験に比べると小規模な催し物ですけど、それでも色々な魔獣が見られるんです。私たちも観戦に行こうかと」
たしかに、魔法使いの称号を得るためにこの学園に通っているが魔法使いの仕事は様々なものがある。
騎士団とともに魔獣の討伐に向かうこともできるし、魔術はないが魔力はある人の為に魔法道具を作るという仕事もある。
そして数は少ないが魔獣を使い魔にするために調教するという仕事もあるのだ。
騎士団の人間はおもに戦闘特化の面子がそろっているが、魔法使いだからと言って必ずしも実戦が得意でなければならないということもない。
自分に合った形の魔法使いの仕事を受けてこなす。
そうするともちろん国から給金が発生するし、なにより魔獣が出た場合に優先的に騎士団が守りに来るという特典もある。
国に貢献している優秀な人材、また、それを輩出することが出来る土壌を守るための措置だ。
しかし、その使い魔の仕事は確か、多くの実績があるいくつかの名家が独占しているのではなかっただろうか。
「……私は私の仕事があるし、進級試験を頑張るからそういう戦闘が得意ではない人たちのためのイベントにはでないつもりだよ」
「えぇ、そうなのぉ? ジェラルドがどんな風に戦うのか見てみたかったのにぃ」
「私も同意見でしたが、たしかにその方がいいかもしれません。フィリス様は単体でお強いですもんね」
「そうでもないよ。対人戦は苦手だから」
フィリスと敵対していた二人の顔を思い出して苦い気持ちになる。
ジゼルは隣で机の上に乗せているジェラルドを腹を上にして転がしてからその黒い肉球に保湿用のバームを丹念に塗り込んでいた。
「やだ、フィリス様ったら冗談がうまいですね。この国にフィリス様より強い人間は居ませんよ」
「……冗談のつもりはないんだけど」
フィリスの言葉にドミニクとレアは二人してくすくす笑った。
フィリスは今だって女の子らしくて普通の可愛い令嬢である彼女たちに引け目を感じてたじろいでいるのだが、気がついてはいないらしい。
ところで隣にいるジゼルはジェラルドの鼻にも保湿バームを塗り込んで、きちんと座らせた。
それからポーチから柔らかそうな布を取り出して、軽く霧吹きをかけた後に目元を驚かせないようにゆっくりと拭っていった。
「でも、フィリス様がでないんだとしてもぉ、一緒に見に行かない? 休日の予定だからぁ、出場者ぐらいしかいないんだけどぉ、落ち着いてみられるから楽しいよぉ」
「そうですね。是非一緒に来てください。それにジゼルの勇姿を見届けなければ」
そう言ってレアは優しそうな笑みをジゼルに向けた。
するとジゼルは自分の名前を出されたことに驚いてびくっと反応して、少しうつむく。
彼女は髪色が暗くて前髪も長くしているので、それだけで表情がすぐに読めなくなったが、固まった彼女に早く続きをしろとばかりにジェラルドが頬をなめる。
「わわわ、私はで、出ません。じじ、自分の使い魔もまだい、居ませんから!」
「そうなんですか、私はてっきりあのルコック男爵家出身の方はみんな一年生から出場するのかと……」
「じゃあ、今年の観戦は止めとくぅ?」
……ルコック男爵家…………ああ、たしか使い魔の調教師を生業にしている名家の一つだったかも。
何度かあまり凶暴ではない魔獣を引き渡したことがある気がする。
しかし彼らは調教師らしく魔獣に対して厳しく接することがおおいので、フィリスの中ではジゼルと結びついてはいなかった。
今だって随分とジェラルドに優しげだ。
何にせよ、そういう事ならば今年は出なくとも来年は出るかもしれない、その時の為に見ておくのがいいだろう。
フィリスはジゼルが来るにせよ、来ないにせよ、興味もあったしやめておこうかと提案したドミニクに視線を向けた。
「えっと……その、そういう話なら、私は是非見てみたい、一緒に行ってもいい?」
「もちろんです! 決まりですね、ジゼルはどうしますか?」
問いかけるレアにジゼルはまた声をかけられ驚いて体をびくりと揺らし、それから「ええええ、と、と、えっっと」とどもりまくって一生懸命考えていた様子だったが、彼女はぐるぐると考えすぎてそのまま硬直した。
「……固まっちゃったぁ」
ドミニクがそう呟いて、しばらく三人でジゼルの事を眺めていたら昼休みの方が先に終わってしまったのだった。