被害妄想だったと? 1
フィリスは聖女である。しかし、聖女なんて大それた肩書を持ってはいるが、当の本人はいたって普通の令嬢だった。
同じ年頃の友人も欲しいと思っているし、普通の貴族たちに自分ばかり贔屓されて無条件に楽しい人生を送っていると思われるのも嫌で、聖女には必要ない事をこれまで色々とやってきた。
例えば、ブライトウェル公爵家の一人娘でありながらも、自分は女で騎士を多く輩出している家柄に合わないからと早くから嫁入り先を探したし、母について回って普通の貴族女性の仕事を学んだ。
しかしフィリスがいくら望んでいようとも、聖女の役目をこなしつつ普通の令嬢と同じように暮らすのは難しく、体調を崩すことがままあった。
そう言った事情もあり、予定していた魔法学園への入学も聖女の仕事で半年遅れてからの編入となってしまった。
けれども、心配はない。同じ年の婚約者であるブルースもいるし、友人であるダイアナも孤立しているフィリスに声をかけてくれた。
……だから今日のお茶会もうまくいく……はず、きっと……。
考えながらもフィリスは、指定された今日のお茶会の場所を目指して歩いていた。
手土産のクッキーが入ったバスケットをもって、遠くに見えてきた温室を目指す。
……でも、ほんの少しだけ心配ではあるんだよね。……だってこの間、チームワークの時に皆に避けられてしまったし。
一昨日にあった魔法の授業では、仲がいいはずのダイアナもブルースもフィリスには声をかけてくれずに教師と共にチームを組んで授業を受けた。
……それに……たまに私の席に間違って花瓶が置いてあることもあるし……。
考え始めると正直、きりがないほど不穏な学園生活な気がしてくる。編入して一ヶ月、以前から付き合いのあるダイアナとブルースの二人以外の友人はまったくできない。
それどころか避けられている気がする。
…………。
……いや、思い悩んだって仕方ないんだ。だってほら聖女だし私。少しぐらい風当たりが強くても馴染んでいこうと思わないと皆についていけないから!
そんな風にフィリスは自分を励ましてぐっと拳を握って、温室にたどり着いた。
ここは貴族しか使うことが出来ないお茶会室となっていて、緑に囲まれたガラス張りの贅沢な空間が広がっている。
中には既にダイアナとブルースがフィリスの為に友人を集めてくれている。
ダイアナとブルースの二人は、学園になじめないフィリスの事を心配してくれていて、こんな風に自分の友人を紹介する場を設けてくれたのだから、今日は気張っていかなければ。
「フィリス様、ちゃんと来るかしら?」
温室の扉を開こうと手を伸ばす。ガラスで壁が薄いので、すでに待っている彼女たちの声が聞こえてきた。
「来るわよ。だってあの子空気読めないから」
ダイアナの声がする。ドアノブに手をかけたままフィリスは思わず固まった。
なんだか言葉のニュアンスから、フィリスの悪口のように聞こえてきたが、気のせいだろう。きっと。
「そうだ、どうせ今日も満面の笑みで犬みたいに俺らにへつらいに来るぞ? 馬鹿みたいだな」
「まったくだよ!何であれが女神さまに選ばれた高貴なる聖女なのか疑問だし、察しも悪いし間抜じゃん?」
「のんきなんだよ、俺らみたいに、自分の力だけで必死に魔法使いを目指す苦労も知らないからな。強い騎士たちに守られてのうのうと暮らしてる馬鹿には世の中の厳しさを教えてらやないと」
何とかして扉を引こうと試みるが、体が動かない。中から聞こえてきたのはブルースの声だ。
彼がこんな風にフィリスの事を言っているところなんて一度も見たことは無い。
何かの間違いだろう、それか友人に合わせて言っているだけで、ここまで酷い事を考えているはずもない。
……だって、そう言われないために学園にまでやってきて、皆と同じように……。
私はのんきだろうか。そう言われるほどに間抜けだろうか。
よくない方向に思考が巡っていく。息が苦しくなって、それでもフィリスの為にお友達を紹介するお茶会を開いてくれるといった彼らを待たせるわけにはいかないし、ほっぽり出すという選択肢もない。
頭の中にはその選択肢はないのに、無意識にじりっと地面を踏みしめて足がすくんだ。
しかし、動き出すことが出来ずにその場にたたずんでいると、ふとガラス扉の向こう側にいるダイアナと目が合った。
彼女は、はっと私に気がついてから、妙な顔をした。
申し訳ないでも、やってしまったという顔でも、気まずいという顔でもなく、しいて言うならば、面倒くさそうな笑みを浮かべた。
そして隣にいた友人へと目線をやって彼女たちに何かを言って、全員がフィリスの事に気がつく。
ガラス越しに見た彼らの瞳には一切の好意的な感情は感じられず、味方だと思っていた婚約者も友人も、二人ともフィリスの事をめんどくさい事になったなというような目で見ている。
しかし、そのうちのダイアナだけが心を入れ替えたように優しそうな笑みを浮かべて、フィリスの方へとやってきた。
それから彼女は扉を開けて、フィリスに言った。
「やだ、フィリス。そんなとこにいないで中に入ってくればいいのに、ほんと愚図なんだから」
「あ……えっと」
「ほら~、皆、聖女のフィリス様がきたよ~?」
彼女は何事もなかったかのようにそう口にして、今までフィリスの事を詰っていた友人に気軽にフィリスを紹介する。
しかし、フィリスの頭の中では、この彼女の反応を見てやはり感じた嫌悪感は嘘ではなかったのかと確信できた。
だってそうだろう。これは明らかに、格下に対する態度だ。
この態度の裏側には、フィリスは絶対にダイアナに逆らわないし、文句も言えないだろうという慢心が隠れている。
ごまかして適当にしておけば、フィリスをどんな風になじっても問題ないと思っている。
「……」
「こちらに来て座ってください。ってあ! 神聖な聖女様は異性と同じ卓に座ることすら駄目なのでは?!」
「やだっ、ちょっと、あははっ! そんなわけないでしょ」
茶化したように言う男性はチャーリーというブルースの友人だ。そんな彼の言葉にダイアナは笑って返す。
「でも実際、フィリス様って付き合いも悪いし、授業も聖女の仕事があるからって抜けるから、そういう決まりもあるかもしれないわね」
続いて愛らしく笑みを浮かべながらハンナというダイアナの友人が付け加えた。
「ねー! 忙しいのはわかるけど当てつけかよって、しょーじきさー思うよねー」
「やめてよ~、皆。がんばってるフィリスが可哀想じゃん」
「そうだぞ。俺の婚約者なんだからあまり虐めてくれるなよ」
彼らの言葉にダイアナとブルースは表面上だけ庇うような形で、フィリスに対する言葉を制止する。
しかしキチンと顔を見てみると面白がっているのは明らかで、出入り口から動かずに、フィリスは顔を俯かせた。
彼らの対応にここ一ヶ月溜まっていた、不審だと思う気持ちが一気にただの虐めだったのかという気持ちに変わって、この一見ただの戯れに見えるやり取りすら悪口に感じて仕方がなかった。
急に悲しくなって自分が恥ずかしくてたまらない。
魔物に殺意を向けられるのには慣れているけれど、同年代の子に敵意を向けられるのがこんなに怖い事だとは思わなかった。
学校とは閉鎖的な空間だ。嫌われているとわかっていても耐えて明日も彼らと仲良くなるために今日この時は笑みを浮かべなければならない。
そうしないと明日は学校という小さな社会の中で迫害されて、もっとひどい目に遭わされるかもしれない。
だからこそ、皆は苦渋を吞み込んで必死にこの場所で生きていくのかもしれない、しかしフィリスには悲しくて苦しくてどうしようもなさそうだった。
「っ……っ、……」
「え? ……うわ」
「なになにッ、俺らなんかした?! 俺らが悪い?!」
「えー、めんどくさー!」
どうしようもなくなると、羞恥心から涙が出てきて顔が熱い。火が出そうだった。
……だめだ。これ、だめだ。
普通の人と同じように努力してがんばって認められるように、フィリスは必死に生きてきた。
しかし、どんなにフィリスがひたむきだろうと、ズルをしていなくとも他人の評価というのは一方的なものでフィリスが変えられるわけではない。
変えるために必要な時間を耐え忍んで苦しむことはどうにもフィリスにはできそうにない。
「なに、急に泣いちゃって。……ってか、これだから世間知らずはさ……ただの軽口じゃん」
「冗談も通じないとか、流石に呆れるぞ、フィリス」
ダイアナとブルースの声がして、フィリスはとにかく嗚咽だけは漏らさないようにぐっとこらえながら、身を翻した。
確かに、世間知らずで打たれ弱くて、阿呆かもしれない。しかしそれ以上にこの場にいることがつらくて、駆けだした。
学園の寮に戻っても、必ずダイアナとも先ほどの友人たちとも顔を合わせることになる。また顔を見ても泣かない自信がない。
一ヶ月、こんな短い期間でこの場所を去るなんて昨日までは考えもしていなかったのに、フィリスは涙を流しながら荷物を纏めて、すぐ近くにあるブライトウェル公爵家のタウンハウスへと逃げるように帰った。