依頼と冒険者
魔導暦989年11月。
養父というか師匠との旅の途中、路銀と情報収集の為に寄った王都にある冒険者協会。師匠は、依頼を探しに受け付けに向った。
僕は師匠の命令で近くの道具屋にて、旅に必要な道具の補充をする事になった。師匠から補充する品を書いたメモを貰っており、メモを見ながら商品を手に取る。
「回復用ポーションと包帯、ランプオイル……」
片腕いっぱいの商品を持つ僕を、最初は怪訝な顔で見ていた店主のおじさんが、商品を入れる籠を渡してくれた。
「ありがとう、おじさん」
僕がお礼を言うと、おじさんは気にするなとカウンターの椅子に再び腰掛けた。僕はそのまま、店内の商品とメモを見比べ、商品を籠に入れていく。
途中、冒険者らしい人たちが入ってきて、僕を見ては驚いていた。
おかしな格好はしていない筈なんだけどな。僕はこの時も、普段通りに防寒用インナーを着て皮鎧の一式、その上から防寒着を着用し、頭には防寒用の帽子を着用している。帽子自体も、見えない所に鱗や皮等を使い、それなりに防御効果がある物に成っている。
リュックサックと腰袋を複数、ショートソードを腰に2本ぶら下げているがショートソードが不味いのだろうか?
とりあえず、必要な商品は揃ったので、会計しにおじさんの所に向かい、カウンターに籠を置く。
「結構買うな。一応確認するが、大人は居るのか?」
「師匠と一緒ですよ。師匠は協会に行ってますから、弟子としては、今出来ることをしないと、情け無いじゃないですか」
「ほう、一端な事を言うな!」
おじさんは、喋りながら商品の数と金額を計算している。算盤をはじく指の動きがちょっと格好いい。おじさんは、明細を書いて渡してくれた。
「43,560G【ゴールド】だが、大丈夫か?」
やはり、ポーションは高い、ランプオイルは前の町よりもちょっと安い。
「大丈夫です。必要な商品の金はケチるな!って、師匠に散々言われてますから」
僕は財布から、金銀銅それぞれの硬化と、中心に穴が空いた金銀銅貨等を必要枚数取り出し、支払った。
「確かに、ちょうど貰ったよ。しかし、坊主のお師匠さんは、よっぽど坊主を信頼しているんだな。そんなに大金を預けるとはな?」
「へへへ、そうですかね。ありがとう、おじさん!」
僕は、商品をリュックサックに入れて、店を出る。
店を出た後は、待ち合わせ場所の飯屋に行く。
飯屋に行くと、師匠が既に待っていた。
「お待たせしました!」師匠に声を掛けて、対面の席に座る。
「早かったな?全部揃ったのか」
と、確認されたので、メモと明細書を出して、財布を返した。商品はこのまま僕が宿屋まで持っていき、部屋で分けるのがいつものやり方である。
師匠が明細書を確認し、財布をそのまましまう。
「ポーション以外は、多少安いな」
同じ意見なのがちょっと嬉しい。
「では、今回の依頼内容を教える前に、食事だな」
店員さんが来て、注文する。その間に、手洗いを済ませて戻る。
結局、食後に依頼説明は無く宿屋にもどってから、説明を受けた。協会から受けた依頼内容は王都の南方に拡がるムーラン大森林の監視。
監視と云っても、歩いて見て回る訳では無く、ムーラン大森林に監視用の小屋があり、其所に半年程常駐して監視を行う。もし異常事態が生じたら、問題に対処しつつ、王都に連絡するというのが主な仕事の内容とのこと。とは言え、王都なら王国兵が多数居るわけで、半年も常駐するなら、高い依頼料を出して冒険者を雇うよりも、尚更王国兵で十分だと思うのだ。疑問を師匠に言うと、ムーラン大森林は、悪魔が居る場所だからだと言われた。
悪魔とは、かつて世界を滅ぼそうとした、滅ぼすモノ達が造り出した強大な魔力を持つ人型の魔獣だ。
上位の冒険者のチームであれば、悪魔が出ても対処出来るが、王国兵では最精鋭部隊ででも無ければ、相手にすらならないらしい。
基本的に、王国は徴兵制があり、農民以外の全国民が、16才から兵士となる義務が課せられる。これは、全国民が魔獣に対する知識と経験を持つ必要があるからで、20才で兵役を終えて、以降は好きな道を選べる。
農民に徴兵の義務が無い理由は簡単だ。
「農民は国の基礎であり、絶対に無くてはならないものだ、腹が減って戦えるか!?」
英雄伝説時代の最初の英雄の1人であり、この国の初代国王となったモンプチ王の言葉である。
元々が貧民層出身だったらしく、食べる物に相当苦労したそうで、英雄時代から国王時代まで、食糧難の解消を徹底的に行い、結果として今現在、周辺諸国の中では、最大規模の国土と国民数を擁している。
モンプチという名は、英雄として台頭し始めた頃に、仲間内の誰かに付けられ、そのまま名乗ったらしく、名前には食糧程の価値は無いと、モンプチで通したらしい。
東西南北の内、南のムーラン大森林が今日まで手つかずであった理由は、悪魔のいる可能性が途轍もなく高かったからでは無い。
悪魔自体は、英雄伝説の頃から倒せる事が分かっているし、数多の上位冒険者がいて、悪魔達を倒し、人類の生活圏を拡大している現在、それでも手つかずであった理由は、悪魔は悪魔でもより強力な高位悪魔の存在が確認されていたからである。
高位悪魔には、協会全ての上位冒険者で総力戦を行い、勝てるかどうかという、絶望的な戦力差がある。
高位悪魔が何故、簡単に滅ぼせる人類を放置するかの理由は分からない。稀に冒険者が探索中に出会う事もあるらしいが、戦わない限り、ほぼ見逃される。
現在のムーラン大森林には、数年前から高位悪魔の存在が確認されなくなり、悪魔の存在だけが確認されている。
何処までが悪魔達の活動範囲を調べる為、又、人類の生活圏を拡大していくためにも、しばらくは監視、偵察は必要であり、それには上位冒険者達が必要不可欠である。
依頼を受けた他のチームと合流し、そのチームの持つ竜車に便乗して監視小屋に移動した。
因みに、師匠は冒険者では無く、剣聖と呼ばれる程有名で、圧倒的な剣の腕を持ち、数々の偉業を成し遂げたらしい無職の放浪者だ。
師匠は名をシファといい、当然【剣聖】の二つ名を持つ。金毛狐族出身の金髪狐耳に尻尾を持つムッキムキのクセに顔も頭も性格も良い獣人族の男性だ。
身に付けている武器防具は魔法が付与された逸品もので、買える様なものではないとは、3か月程一緒に生活を共にしている他の冒険者の話。
一応、師匠は目的が有って旅(放浪)しているらしいが、目的は聴いても教えてくれない。
話がそれたが、小屋は小高い丘の上に建てられていながら井戸があり、簡易では有るが防護柵があり、監視塔なんてモノもある(監視小屋だし、当たり前か)。
小屋自体は、10人が居住出来る広さで、寝室が5つある。当然、僕は師匠と2人1部屋となる。
師匠は急ぐ旅では無いからと、依頼を受けたのだが、ここでも監視の合間にふらっと出掛けたり、他の冒険者と話したり、手合わせしたり、僕の稽古や勉強に付き合いながらマッタリと過ごしている。
何故なら、そう、殆ど何事も起こらないのだ。悪魔はおろか、魔獣一匹出てこない。
そんな風にマッタリと過ごしていた、ある寒い朝。
「起きろ、トモキウス」
いきなり布団を剥がされ、寒さで嫌でも目が覚めて起き上がり、師匠を見る。
「顔を洗って来い、今から稽古をするぞ」
と言い出した。ずいぶん唐突だな。
「おはようございます。師匠、直ぐ準備します!」
と、ベッドの脇に置いたショートソード2本を腰に付け、顔を洗いに洗面所に向かった。
師匠からは、緊急時対策として最低限の装備を身に付けておくように言われており、寝起きでも直ぐに行動出来るようにしている。
ただ、防寒着を着るのを忘れたため寒さで身が縮む。空気も冷えきっているため、吐く息が真っ白だ。
部屋を出て右手側に洗面所と風呂場、トイレがあり、その奥の裏口からは井戸に行ける。
洗面所で、水甕から桶に水を容れようとし、表面が凍っている甕を見て、師匠はどう顔を洗ったのか考えて、魔法を使うことにした。
井戸水を汲み上げるのが面倒くさいのは、師匠には言えないな。
桶に
容れる水量をイメージし、その辺りの魔力を集めて練る、ちょっと格好つけて指をパチンと鳴らし、力ある言葉を放つ。
「水よ!」
言葉と共に水が現れて、桶に水が溜まる。口を濯ぎ顔を洗うが、滅茶苦茶冷たい。お湯を出すべきだったと思いながら、完全に目が覚めたから、まぁ良いかと勝手に納得した。
気配を感じて振り向くと、冒険者チーム【天馬】のメンバーで魔法使いのリィズさんが居た。
リィズさんは、天馬の唯一の女性で、赤茶色の長い髪を後ろで縛り(ポニーテール)、皮と鉄を使った軽装鎧を身に付け、ショートソードと短弓を持つ。攻撃と破壊魔法を得意としているキレイなお姉さんで、元気で明るくよく喋る。
活発な人にしか見えず、魔法使いには全く見えないが、かなりの使い手らしい。
「おはようございます。リィズさん、夜間の監視お疲れ様です」
「おはよう。トモ君、今日はずいぶん早起きじゃない?」
眠そうな顔で欠伸をかみ殺し挨拶をしてくれる。
「いきなり師匠に、稽古するぞ!って言われて起こされたんですよ」
リィズさんはちょっと考えてから、上を指差し
「そうなの?でも雪が降るだろうからね、早めに切り上げると思うよ」
と言ってくれた。
「乙女の勘ですか?」
3ヶ月の間、結構聞かされた乙女の勘。
「そう、乙女と魔法使いの勘……ってのは嘘では無いけれど、天候、雲や星の動きを見れば大体分かるものよ?」
「師匠も知らないだろうそんな事も分かるなんて、リィズさんはやっぱり凄いですね!」
「トモ君も、すっかり口が上手くなったね?でも、キミもしっかり勉強すれば、ある程度はすぐに分かるようになるよ。旅を続けるなら、特に必須な知識だからね?それにシファさんなら間違いなく知ってそうだから、アタシから言ってあげようか?」
ニコッと笑うリィズさん。
「なんて言う気ですか、リィズさん」
「トモキウス!」
師匠の呼び声が聞こえた。
「あ、スミマセン、師匠が呼んでるので行ってきます。ゆっくり休んで下さい」
「フフッ、頑張りなさい」
笑顔のリィズさんと別れ、師匠の声が聞こえた裏口から表に出た。