9話【そして物語は】
ケイトが来て数日が経った。
人が増えたお屋敷は毎日がにぎやかで、ぎこちなくて、息苦しい。
残念ながらケイトとの関係は良好とは言えず、なぜかことあるごとに睨んでくるようになった。美人の睨みは迫力が倍増していて怖い。
表立っては何もなく、夕食会でもイアンやヘンリーを通して会話をしたりもする。
しかしふとした時。周りの人が気付かないようなタイミングで、メアリへ鋭い眼差しを向けてくるのだ。言いたい事があるのなら聞いてみたい気もする。でも相手はあのケイト。美人でお金持ちで頭がよく愛想もいい、完全無欠のお嬢さま。そんな人に楯突くなんて怖くてできやしない。睨み返す胆力なんて体中どこを探してもない。
メイドたちはあの顔を見てもケイトがいいと言うのだろうか。きっといいのだろう。メアリには分からない。
メアリの暮らしはこの屋敷に来てからそうひどくは変わっていない。日中はシャノンの話し相手をして夕食会でみんなと顔を合わせる。相談したいことがあればイアンを訪ねる。仕事の合間を狙ってヘンリーを散歩に誘うようにしたのはイアンのアドバイスからだ。その甲斐あってか二人で話す時間も短いながらにできた。
「今日はこれからイアンたちと出かけるんだったな。楽しんでおいで」
「はい。お土産買ってきますね」
「気を使わなくていいよ。シャノンも一緒なら、面倒をみるので大変かもしれないし」
「シャノンくんはいい子ですよ、大丈夫です」
「……」
ヘンリーが言った通り、今日はみんなでお出かけだ。前にイアンが誘ってくれたもので、包帯が取れたシャノンも交えて街へくりだすことになっている。
鏡の前で最後の身だしなみチェックを終えるとメアリは集合場所である玄関ポーチへと移動した。
「メアリ」
お出かけ用におしゃれをしたシャノンが嬉しそうに駆けよってきた。今日もおそろいで深緑色の大きなリボンをしている。
「今日の格好も、かわいいね」
「ふふ、ありがとう。シャノンくんも素敵よ」
「どれがいいか分からなかったから……メイドに任せたんだ。変じゃない?」
「似合ってるわ」
いつものシャツの上にえり飾りがかわいいジャケットを着て、ひざ丈のキュロットに薄手の靴下、それにピカピカのシューズ。全体的に淡く色付いた白で統一された装いはカッコいいというよりかわいいが先に立った。
男の子にかわいい言うのもどうかと思い、それは心の中に秘めておく。
「……あのね、メアリ……僕、」
顔を真っ赤にしたシャノンがなにか言いたげにしている。しかし言葉は続かずに下を向いてもじもじとしていた。改めて見るシャノンは当初より健康的になったと思う。頬には赤みがさして顔色がよくなった。手入れを続けた髪には艶がもどり、陽の下でキラキラと輝いている。
(シャノンくん、かわいい)
目も鼻も口も、顔を構成するあらゆるパーツが整っていて、そこら辺の女子よりもよっぽど可愛いらしい。まだまだ痩せているし男の子としては頼りないけれど、それがまた庇護欲をそそるのだろう。
「みんな揃ったか。じゃあ行こうか」
まだシャノンが言い終わらないうちにイアンが取りまとめてしまったので、要件を聞けないまま、メアリたちは馬車にのって移動をした。今日の出かけ先は王都の繁華街だ。メアリたち四人、それに侍従がひとり同行している。
いろんな商店が軒を連ねるさまは圧巻で、多くの人が賑わいを見せている。はぐれないように一緒になってあちこちの店をのぞいて回った。時計店にガラス細工の店に輸入絨毯の店。屋敷のなかにいては見られないものがこれでもかとあって、メアリもシャノンも目を輝かせる。ふたりの手はしっかりと握られており、珍しいものやおもしろいものを見つけるたびに顔を見合わせてほほ笑みあった。
ブティックを見つけて心躍らせたのはメアリだ。フリルやレースなどをたっぷりとあしらったメアリ好みのワンピースが飾ってあり、ガラスケース越しにうっとりと見いってしまう。
中も見てみようかとイアンが提案してくれたのでありがたく店の中へ入った。上品なマダムが愛想よく迎えてくれ、奥の部屋で休憩ができるようお茶も用意してくれるそうだ。
店内にはこれぞ女の子というワンピースがいろいろと飾ってあった。ここは仕立てもおこなっているようで、レースやフリル、布地のサンプル品も机に並べられている。
「メアリはこういうのが好きなのか」
「はいっ」
イアンに答えるメアリはご機嫌だ。
この時ばかりはシャノンとも手を離してあれもこれもと店内を見回っていると。
「シャノンさん、これ似合うんじゃないかしら」
「あ……僕……」
ケイトがシャノンに服を勧める会話が聞こえてきた。彼女が手にしているのはラックに掛けてあったものでキレイな空色のワンピースだった。もちろん女性用である。
まさかの出来事にメアリの頭にカッと血が上る。
「やめて下さいケイトさん。シャノンくん、嫌がってます。いくら可愛くても男の子にそんなの……ひどいですよ」
少し離れていたにも関わらず、メアリはすぐさまシャノンを背に隠すようにしてケイトの前に立ちはだかった。
「メアリ……」
不安そうな声が背中から聞こえてくる。
いったいケイトは何を考えているのだろう。嫌な人だとは思っていたけれど、まさかここまでとは。しかしケイトは謝罪をするどころか怪訝そうに片眉を上げた。
「あなた、まさか気付いてないの?」
ケイトは腕を組み、呆れたような表情で正面からメアリを見据える。今まで睨まれたことはあったけれど、ここまで正面からバカにされるのは初めてだった。
「気付いてないって、なんのことですか」
「シャノンさんは女の子よ」
「……は?」
いったい何を言っているの。
そんなことあるはずないじゃない。
聞こえてきた言葉をメアリは理解できない。ふつふつと込み上げる怒りに両手をぐっと握りしめる。
「もう一度言うわよ。シャノンさんは女の子。分かっていて接していると思ったのに」
「ウソよ」
ライランス家は男三兄弟だって有名だ。特に未子は母親と仲良く、よく二人で出かけていたと聞いたこともある。ヘンリーだって弟だと言っていたし、いくらシャノンが女子のように可愛いとしても、女の子なわけがない。
「やめて……」
背後から服をぎゅっと握られた。おそらくシャノンだろう。
「やめてケイト……言わないで……」
女の子のように高くてか細い声。
まさか本当に女だとでも言うのか。
男のシャノンはかわいい。守りたいし、その笑顔が見たい。じゃあ女だったら。かわいいはずだ。本当に? 素直にかわいいと思える?
メアリの頭の中はぐるぐるグルグルとめどなくまわる。
「ちがう。僕、女じゃ、ない……」
否定して、震えて、すがる声。
はからずも虫唾がはしった。
その時、大きな影がメアリの横を通り過ぎる。イアンだ。彼は厳しい表情でつかつかと歩みより、その腕でシャノンを抱き上げる。
「コイツは先に連れて帰る」
「に、兄さん、おろして」
シャノンを肩に担ぐと、イアンは間髪いれずに歩き出した。突然のことにケイトもメアリも何も言うことができず、一緒にいた侍従へ何か指示をするとイアンはあっという間に外へ出てしまう。
「メアリ!」
出て行く瞬間の、叫びながら手を伸ばすシャノンの表情。メアリはただそれを見ているだけ。返事をすることもない。何もかもついていけないこの状況を整理することだけで精一杯だった。