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7話【麗しい客人に】

 その日の夕食は豪勢なものだった。


 ケイトが持参した高級なワインや食材がふんだんに並び、立派に飾られた花や盛られたフルーツが彼女への歓迎具合を表しているようでメアリの心に淀みのようなものが溜まっていく。席についたのはシャノンを除いた四人で、せめて彼がいてくれたら気もまぎれたかもしれない。


「こんなに素敵な夕食会は初めてだわ」

「まさか、リパーキン家では日常茶飯事でしょう」

「普段はイアンと同じく研究所に通っていましたから、かしこまって食事をいただく機会は意外となかったんですよ。そうよね、イアン」


 振られたイアンは肩をすくめて同意する。


「学院の食堂はうまいよ。こんな洒落た料理は出てこないけどな」


 会話の中心はケイトだった。ケイトばかりが話しているわけではないのだが、共通の話題が多いからかヘンリーやイアンもよく話し、そしてまたケイトへと会話のバトンが渡される。彼女は聞き上手であり、話し上手であった。メアリも愛想よく相づちを打つが会話に参加することは難しく、ただ笑顔を浮かべていることしかできない。研究も知らない。事業の内容もわからない。かと思って聞き役に徹しようとすればふいに話しかけられる。


「メアリさんはなにか趣味とかある?」


 きっと気をつかわれたのだろう。

 ここから会話を広げるのなら趣味なり好きなものなりつまびらかに語るのがよいとメアリも理解している。しかし舌が思った以上に重くて動かない。


 結局、「特にないんです」と面白くもない答えしか出なかった。


「そうなのね。私もこれと言って趣味っていうものがないから、一緒に見つけられるといいわね」

「……はい」


 ただただ笑顔を貼り付ける。本当はペットを飼うのが好きだった。小動物でも虫でも、自分より小さくて可愛いものの世話をすることにメアリは喜びを感じる。


 でもそれがこの場に相応しい話題だろうかと自問自答した上で、否と判断したのだ。特に好きではなくても読書や観劇と言ったほうがマシだったかもしれない。しかし今さら口を開けるはずもなく、メアリの心は曇天のように暗く湿っていった。


 かちゃりと小さな音を立てて肉片をフォークで刺す。口に入れてもぼやけた味しかしなかった。夕食会がずっとこの調子なら体調不良とでも言って部屋に戻らせてもらおうか。でも途中退席なんかしたら印象が悪くだろうか。


 メアリが考え事をしていたその時、陽気な声が場を晴らした。


「それなら今度一緒に外出ししないか。メアリもここへ来てから一度も屋敷から出てないだろう? 街へ買い物に行ってもいいし、ピクニックでもいいな。シャノンの相手をずっとするのも大変だろうから、たまには息抜きしないとな。いいだろうヘンリー」


「ああ、メアリがいいならかまわない。私は一緒に行けないかもしれないが」


「俺たちだけでも楽しくやるから心配いらんさ」


 イアンはメアリにだけこっそりウインクを送るとその後は何事もなかったように食事へ戻る。


「……ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 きっとイアンやヘンリーは何気ない気持ちで言ったのだと思う。でもメアリにはそれが嬉しくて、夕食会の最後まで笑顔でいられることができた。




 ◇◇◇




 それを聞いてしまったのは偶然だった。


「お仕えするならケイト様がいいわね」

「背が高くて美人だし、貴族のご令嬢って感じ」

「ご実家の商いも大きいらしいし、ドレスとかのお譲りをたくさんもらえたりして」

「イアン様ともお似合いだわ」

「さっきね、ケイト様から声をかけられたの。『おはよう、今日はいい天気ね』ですって。なんだか舞い上がっちゃって、わたしったら大きな声で『ハイッ!』て返事しちゃった。今思うと恥ずかしいわ」

「それに比べて……」

「しっ。変なことを言ってはダメよ」


 メイドたちの控え室近くを通った時、彼女たちが楽しそうに話す声を耳がひろってしまったのだ。


「あの方ってシャノン様との距離感おかしくない?」

「シャノン様が心を開かれてるんだからそれは仕方ないわよ」


 聞きたくない。

 人のうわさ話なんてロクなものじゃない。


 メアリは床に張り付いた足を動かして扉の前から去ろうとした。その間にも彼女たちの会話がイヤでも耳に入ってくる。


「……ノン様は……だって知っているのかしら」


(やめて)


 メイドたちの会話を頭から必死に追い出し、シャノンの元へと急いだ。


 シャノンは変わらず引きこもりのような生活だった。とは言っても前進はしている。身なりはちゃんと整えるし、部屋もかつてのように散らかることはない。今夜からは夕食会にも参加すると言っていたのだメアリも楽しみだ。


 やることがあると気がまぎれるので、メアリも積極的にシャノンの世話を引き受けた。


「シャノンくん、お昼ごはん持ってきたよ」

「ありがとう」


 シャノンはメアリには特別心を開いているようだった。この頃は仕立て屋に頼んでお揃いのリボンを作ってもらい、毎日メアリと同じものを着けている。赤色のタータンチェック、白のレース、茶色のベルベット。シャノンにはどれも似合う。ブロンドの髪をブラシで丁寧にとかしてリボンで結ぶのもメアリの仕事のひとつとなっていた。


「カーテン少し開けるね」


 この部屋は屋敷の北側に面しているので窓の外に美しい庭園があるなんてことはない。しかし屋敷の裏手にある川と歩道、それに沿って植えられた街路樹は眺めのよい景色となっていた。


 メアリはいつものようにカーテンを開けただけだった。厚い布地に手をかけて、思いきり右へ寄せただけ。


 見慣れた景色があるはずだったのに、目に飛び込んできたのは日傘をさして散歩する女性の姿だった。離れていて見えづらいが、隣には男性がいて一緒に歩いているようだ。


(ケイトさん……)


 なぜか心がきしむ。遠目でも楽しそうな雰囲気が伝わってくる。日傘からたまにのぞくのはケイトの笑顔。となりにいるのはイアンだろう。


 そういえばメアリはヘンリーと二人で散歩したことなどなかった。誘ったこともないし、誘われたこともない。夕食会のあの時間だけが二人の親睦を深める機会だった。でもメアリはそれを不満に思ったことはない。きっと自分たちはこんなペースで過ごしていくんだろうなと幸福にさえ思っていた。


 もう夕食会にはケイトたちがいて、みんなで楽しくお話しをする。ヘンリーと二人で話す時間はしばらくないだろう。


 その時、日傘が動いて奥にいる男性の顔がちらりと見えた。


(……ヘンリー様?)


 イアンとヘンリーは同じ兄弟でもタイプがぜんぜん違う。背格好は似ていてもイアンはしっかりしていてヘンリーはすらりとしている。髪の色だって、イアンはシャノンと同じようなブロンドで、ヘンリーは黒髪に近いのだ。肖像画で見た彼らの母マーガレットは見事な黒髪だったから、ヘンリーは彼女に似たのだろう。


 見間違い?

 いやそんなことはない。

 まちがうハズがない。

 なんでケイトと一緒に?

 どうしてそんなに楽しそうなの。


 吐き気をともなう不快感が体のなかでぐるぐると渦巻き、メアリは握っていたカーテンをさらに強く握りしめた。そうしないと立っていられなかった。


(うそだうそだうそだうそだ)


 ひたりとした冷気を感じ、すぐさま振り返るとメアリのすぐ隣にシャノンがいた。いつの間にか移動していたようで驚きで思わず息をのむ。シャノンは幽鬼のようにたたずみ、じっと外の景色を見つめている。先ほどメアリが見ていたのと同じ方向だ。なにを考えているかわからない表情で静かに窓の外を注視している。


 それが突然、ぐるんとメアリの方を向いた。


「……ケイトが嫌い?」


 一瞬で頭が真っ白になる。


 気づけば部屋を飛び出していた。

 焼けつく感情をコントロールできず、涙が込み上げてくる。ぎょっとして振り返る使用人たちにも構わず、早足で廊下を進んでいった。


 闇雲に歩いていた結果、曲がり角でどんっと衝撃を受けた。その人はメアリに気づくと表情を驚きに染める。


「おいおい、どうしたんだ」

「……イアン様……」


 イアンを見上げるメアリの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

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