6話【そして闇である】
予定通り、あれから三日後にケイトが屋敷へやってきた。
長兄イアンに手を引かれ、馬車から降りてきたのは涼やかな顔つきの美しい人。波打つダークブロンドの髪は丁寧に結われ、深緑のシンプルなドレスを着た彼女からは気品が感じられた。
「お初にお目にかかります、ケイト・リパーキンと申します。この度のライランス家のご厚意、深く感謝いたします」
ケイトは膝をおり当主代理であるヘンリーへ深々と頭を下げる。聞くところによると、リパーキン家の屋敷が事件に巻き込まれ、身の安全のために彼女を受け入れたらしい。事件と聞くと大変物騒であるが、最近はブルジョワ階級を狙う犯罪集団もいると聞く。ヘンリーは詳しく話さなかったけれど、ケイトの家も似たようなことがあったのだろう。
ヘンリーは穏やかな表情でケイトを迎える。
「そうかしこまることはありません。我が家だと思ってゆっくり過ごしてください」
「ありがとうございます」
天気の良い午後の一幕。
メアリはその様子をヘンリーの後方で見ていた。馬車から降りてくるのはどんな人だろうとドキドキしていたが、ケイトはとても良いところのお嬢さんに見えた。お嬢さんと言っても21歳はだいぶ大人で、いき遅れと囁かれてもおかしくない年頃だ。17歳のメアリからしたもだいぶお姉さんに感じる。
そしてメアリの隣にはぴたりと寄り添うようにシャノンがいて、同様にケイトたちのやり取りを注意深く見つめていた。先日の散歩ではドキリとする事があったけれど、それ以降は特に変わったことはない。
ヘンリーはこちらを振り向くとメアリたちを紹介する。
「婚約者のメアリ・ロスメルです。そして隣にいるのが私たち兄弟の未子、シャノン」
メアリの名前を聞いたとたん、ケイトの表情がぴくりと動き、一瞬の間だが瞳に警戒の色が浮かぶ。しかしすぐに何事もなかったかのように笑顔を浮かべ「よろしくね」とメアリたちへ言葉をかけた。
「お会いできて嬉しいです。ケイトさんとお呼びしても?」
「ええ、もちろんよ」
努めて笑顔で対応した。あの様子ではやはりメアリのウワサを聞いているのだろう。どんなふうに思われているかはわからないが、この場で失敗して笑われるのはイヤだった。向こうもメアリに対するネガティブな反応は一切出さない。
「シャノン、久しぶりだな」
「う、わっ」
シャノンの驚いた声につられて横を見ると、イアンがシャノンを軽々と持ち上げていた。まるで子どもをあやす父親のようだが、シャノン本人は顔を青くして固まっている。
「に、兄さん……!」
「うーん軽いな。ごはん食べてるか?」
「おろ、して」
地面へおろされたシャノンはすばやくメアリのうしろへ隠れてしまう。びくびくと身を震わせて、もはや警戒心のかたまりだった。そんな様子に苦笑しながらも、メアリはイアンへ向き直る。
「イアン様は変わらずお元気そうですね」
「やあメアリ。俺もしばらくこっちにいるからよろしくな」
「はい。また色々お話を聞かせてください」
◇◇◇
屋敷はにぎわいを増した。
今まで研究室のある学院で寝泊まりしていたイアンはケイトの滞在に伴って一緒に屋敷で過ごすことにしたらしい。いつのまにか使用人の数も増えているようで、ここに来た当初よりだいぶ活気を感じた。
にも関わらず、今メアリはひっそりとした廊下を歩いている。先導するのはケイトのお付きである侍女。どうやら自宅から連れてきたらしい。そしてなぜ彼女に同行しているかと言えば「よければ一緒にお茶でもいかが」とケイトからお誘いを受けたからだ。
ケイトのことが気になっていたのでメアリもこれ幸いと承諾したのだが、今になって考える。茶会の主人はケイトで呼ばれたメアリは客人。ケイトは自室で優雅に待ち構え、メアリはそこへいそいそと歩いて向かっている。
リパーキン家は新進気鋭のブルジョワでライランス家と肩を並べる存在だ。貴族とは言え末席に近いメアリの家とは影響力が段違いで、そこのお嬢さんなら立場があるのもわかる。歳だってケイトの方が四つも上だ。
しかし先に滞在していたのはメアリであるし、次期当主の婚約者はメアリだ。ならば客人をもてなすのは自分がするべきだったのではないかとの思いが込み上げてくるのだ。いろいろ考えて、しくじったという感覚がぴたりと当てはまった。
「お招きありがとうございます」
「来てくれて嬉しいわ。こちらへどうぞ」
内心はおくびにも出さず笑顔で言葉を交わす。テーブルへ案内されて席に着くと、ほどなくお茶が運ばれてきた。淹れてくれたのは先ほどの侍女だった。
しばらくは当たり障りのない世間話をしていた。天気がいいだとか、この屋敷はステキだとか、普段はどのように過ごしているのだとか。そしてメアリの雰囲気を察し緊張がほぐれてきたのを見計らったのか、ケイトは話を切り出す。
「あの、不躾なことを聞いてしまうのだけど」
少し困ったような表情。視線をテーブルに向けたまま言いにくそうに口を開くが、本意はどうだろう。
「噂を耳にしたの。あなたは前の相手といざこざを起こして婚約解消の運びとなったって。何があったの? 社交界ではずいぶんひどい言われようよ。私たちはいずれ家族になるのだから本当のところが知りたいと思って……どうかしら」
不安げに向けられたケイトの視線の奥に、妙な強かさを感じる。どう答えたようかと考え、たっぷりと間を置いてからティーカップをソーサーへ戻した。
「ルークとのことですよね。確かに、わたし達の婚約は解消されました。その、問題があって。……でもわたしの金遣いが荒いだの男遊びをしていただの、そんな噂は見当違いもいいところなんです」
「どんな問題があったの?」
すかさず返す質問に隠れているのは好奇心か、それとも別のものか。
「……その件に関しては口外しないと契約を結んだので、わたしからは言えません。確実に言えるのは、わたしに関する世間の噂は間違いだということです」
メアリはケイトと向かい合う。正面から見るケイトは美人で、上品で、隙がない。心細い気持ちを隠すためにテーブルの下でぎゅっと拳をにぎった。きっとこのお茶会の目的はメアリに探りをいれることだ。どんな理由からかはわからないけれど、友好目的ではないことだけは分かる。
「ヘンリー様はそのことを知ってらして?」
「……わかりません」
目の前の人物は信用してはいけない。
メアリにとってはそれは明白なものだった。