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4話【救いであり】

 片付けの一件からシャノンはまた心を開いてくれたようで、メアリを無視することなくちゃんと会話をするようになった。


 そして一番の驚きは、自分から「お風呂にはいる」と言ったことだ。引きこもり生活のシャノンは人と会うことを嫌がり、自分を蔑ろにしていた。お風呂にも入っていないであろうことは近くへ行った時に分かっていたので、部屋がキレイになったら今度はシャノン自身をと思っていたのだ。かわいい弟分の成長がメアリには嬉しくてたまらない。使用人を呼んでさっそく手配をしてもらった。


 しかしというか、やはりというか、お風呂の手伝いは断られてしまった。年頃の男の子なので異性に体を見られるのは抵抗あってしかりなのだ。かわいさのあまり失念していたことを反省して、風呂は本人たちに任せてメアリは自分の部屋へ戻ることにした。


 その途中、廊下の奥から話し声が聞こえてきた。

 メアリは思わず息をひそめ、耳をすませる。


 話しているのは双方男性のようだった。ヘンリーとイアンだろうか。立ち聞きはよろしくないと分かってはいるものの、好奇心のおもむくまま足を進める。どのみち絨毯で足音は埋もれるのだが、それでも極力静かに廊下を歩いた。廊下を曲がった先にヘンリーの執務室があって、その辺りで立ち話をしているらしい。


「じゃあよろしく」


 そこだけハッキリと聞こえると、今度はこちらへ向かってくる気配があった。


(わ、まずい)


 逃げる場所もない。確実に見つかる。

 とっさに踵を返そうとした瞬間、ぬっと背の高い影がメアリにかかった。


「これはこれはお嬢さん。盗み聞きかな」

「……あ、いえ、話し声が聞こえたものですから、なにかなあと思って」


 イアンだ。

 あははと笑ってごまかそうとしたけれど、イアンは口の片端をにやりと引き上げてメアリを見下ろす。イアンは背が高く、意外と体つきがしっかりしている。研究職ではなく軍人なのではと思ってしまうくらいだ。


「まあ大した話はしてないんだけどな。そのうちヘンリーから話があるだろう」


 にかっと笑うとその大きな手でメアリの頭をぽんぽんと撫でる。まるで妹のような扱いにたじろくものの、ヘンリーと結婚すれば義理の妹になるのかと納得もする。どちらにせよ立ち聞きを咎められずによかった。


「そう言えばシャノンが世話になってるみたいだな。大丈夫か? 他人にはちょっと難しいやつだから手こずってるんじゃないか」


「大丈夫ですよ。最近は話してくれるようになったし、打ち解けてきていると思います」


「ほう、それはすごい」


 立ち話もなんだからと談話室へ移動して話すことになった。お茶も淹れてもらい、あれやこれやと話をする。イアンは人当たりがよく聞き上手で、話していてとても楽しかった。ヘンリーとシャノンへ分配されるはずだったコミュニケーション能力を総取りしたんじゃないかと思うほどだ。それに初めて会った時よりも雰囲気がカラッとしていて気恥ずかしさを感じない。


「ヘンリー様ともこれくらいお話できたらいいんですけど」


「あいつは少し堅いところはあるが、根はいいやつだよ。頭もいいし自慢の弟だ。きみからいろいろ話しかけてやったら会話もはずむかもな」


 つい不安をこぼすと、年長者らしくフォローをしてくれる。それがまた心地よかった。


「また会った時には話を聞かせてくれ。ヘンリーとシャノンを頼むよ。じゃあ」


「はい、また」


 あまり長時間話し込んでも外聞が悪いので、適当なところで切り上げることになった。先にヘンリーが談話室を出ていき、メアリは冷めきったお茶を飲んでから立ち上がる。すっかり話し込んでしまったが、久々にたくさんしゃべれて気持ちがスッキリした。


「そろそろシャノンくんもお湯から上がったかしら」


 つぶやきながら部屋を出る。

 足取りは軽く、スキップでもしてしまいそうなほどだ。だから背後に刺さる視線にも気付かなかったのだろう。


 物陰には談話室から出るメアリーをじっと見つめるヘンリーの姿があった。




 ◇◇◇




 シャノンを見た瞬間、メアリは驚きで目を見開いた。いつも毛布にくるまり目だけを覗かせていた彼はもういない。代わりに立っていたのは儚げな美少年だった。上の兄達にも負けない整った顔立ちはまだ幼さを残していて可愛いとも美人とも言える。そして長いまつ毛に縁どられた青い瞳は確かにシャノンだった。


 ただ、これまでの不摂生がたたって、白くてもどこかくすんで見える肌は健康的ではないし、せっかくの長いブロンドヘアも艶はなくパサついている。目の下の濃いクマ、棒のように細い手足も改善が急がれるだろう。


「……僕、おかしい?」


 不安げに聞いてくるシャノンに、メアリはぶんぶんと首を横に振った。


「ううん、シャノンくんはこんなに素敵な子だったんだねってビックリしてたの。その洋服もすごく似合ってるよ」


 シャノンが来ていたのは襟付きの白いシャツにリボンタイ、黒い半ズボンだった。きっと山にような衣類の中にあったものだろう。アレについての説明はないのでモヤモヤするところではあるが、シャノン本人にはまだ聞かない方がいいだろう。明らかに不要な服は処分をお願いしたけれど、シャノンのクローゼットにはまだそれなりの服が収納されているはずだ。


 シャノンは恥ずかしいのか下を向いてしまった。その拍子に黄金色の髪がさらりと垂れる。


「髪もすごく長いんだね」

「……少し、切ってもらった」

「キレイな色」


 眉が隠れるくらいの前髪と背中まである長い髪。

 ちゃんと食べて手入れをすれば美しくなるに違いない。


 メアリは自分の髪を結んでいたリボンをしゅるりと抜きとった。栗色の長い髪が背中に広がるのも気にせず、シャノンの背後へ移動するとそのリボンで彼の髪を結んでしまう。男の子なので首に近いところでひとつ結びだ。


「おそろいのリボンとかどうかしら。ふふ、かわいい」


 するとシャノンの頬や耳がみるみると赤く染まっていくのが分かった。

 どうやら照れているらしい。


「メアリと、おそろいに……したい」

「じゃあ決まりね」


 やることなすこと本当にかわいい。

 メアリはたまらずシャノンをぎゅーっと抱きしめた。彼はメアリよりも少し背が低く、痩せているのもあって腕のなかにすっぽり収まってしまう。


「少しずつでかまわないから、おしゃべりをしたり外を歩いたりしましょう。きっと楽しいわ」


 真っ赤になりながらこくりと頷いたシャノンに、メアリーは満足げに笑みを深めた。

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