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31話 信頼と忠誠とはかりごと

 連絡を受けて警備隊の間に緊張が走った。

 リパーキン家の子息が乗った馬車が出発し、もうすぐこの近くを通るとのこと。家宅捜索のつもりが先に逃げられてしまったらしい。情報では子息と手配中のシャノン・ライランスのふたりが乗車しており、念のためにと配置されていたこの班に捕獲の命令がくだった。


「ちまたじゃ悪魔って呼ばれてんだよ。近づくと死ぬんだと。もし捕まえて俺らになんかあったら……」

「んなわけねえだろ。十五のガキにビビりすぎだ。まあ二人殺してるから悪魔にゃ違いないが」


 警備隊のひとりがやってられないとばかりに首を横に振った。


 ことシャノンについて、世間はおもしろおかしく騒ぎ立てていた。今まで男と思われていた貴族のご令嬢。それがふたりもの人間を殺したいうスキャンダラスなネタは庶民のこの上ない娯楽になった。どこから仕入れてきたのか、幼いころからの生い立ちや似顔絵が書かれた号外は飛ぶように売れ、それについてあれこれ語る人々が街のいたるところにいた。


 しかし肝心の『誰が殺された』かについて明確な答えはなかった。憶測だけが飛び交い、兄を殺しただのメイドを殺しただのと酒の肴にことかかなかった。


「手配書なんて金さえ払えばお役所はいくらでも刷ってくれる。役所が捕まえろといったら警備隊はそれに従う。本当に罪人かどうかは関係ないですよ」

「んだよ、そうピリつくなって。……お、そろそろ来るぞ」


 馬車の近づく音に警備隊の数人はマスケット銃を構えた。発砲の許可は出ている。班長にあたる男が大きく手を挙げて「止まれ!」と馬車に指示をした。これ見よがしの銃に御者は言われるがまま馬車のスピードを落とす。


 完全に停止したのを確認して馬車を取り囲んだ。ふたつの銃口が御者に、三つの銃口が馬車の中にいる人物へ向いている。怯える御者を尻目に警備隊のひとりが乱暴な手つきでドアを開いた。


 中には一組の男女がいた。

 警備隊に睨まれているというのに堂々とした態度の男と、その陰に隠れる小柄な女だ。


「リパーキン家のご子息と見受ける」

「……いかにも」

「それならば事態を把握しておられるはずだ。シャノン・ライランスの捕縛にご協力頂きたい」

「断る」


 堂々と拒否をする様子に警備隊の面々が緊張感を引き上げる。隊員のひとりはアーネストの奥に隠れる少女に視線をやった。殺人犯というくらいだから15と言ってもそれなりに大人に近い体格をしているのかと思えば、想像していたよりも小柄な様子に調子がずれる。


 こんな子が本当に人を殺したのか。

 事実だとしたら本当に悪魔だ。


「こちらも荒事にはしたくないのですよ。大人しくその子を渡してください」


 ぎちり。どこからともなく、銃の重い金具を引き上げる音が辺りに響いた。




 ◆◆◆




 帽子の中に押し込めた髪がひと房こぼれる。少女は囚人のように身を小さくしてただ身を任せていた。筋肉痛で全身が悲鳴をあげ、握りしめる手の中に汗をかく。


 背後にいる男も緊張しているようだった。この役を引き受けることに同情の念を禁じえない。


 馬の背に乗り揺られるがまま暗い街道の奥へと進んでいく。到着地が近いのか、馬の歩みがだいぶゆっくりになってきた。中心区と比べるとだいぶ寂れている。街灯の間隔が広がり、建物から漏れる明かりも少ない。かろうじて月明りが辺りを照らしていた。


「どこまで、行くの」


 たまらずにシャノンは硬い声音で質問をする。同時に背後の男は馬を完全に停止させた。


「……」

「ねえ、フィン」


 ウィリムから男物の服を着せられたあと、彼女はアーネストと共に馬車へ乗り込み行ってしまった。しばらく時間を置いてからシャノンはフィンから引き上げられ馬に乗せられた。こんなうすら寂しい場所に連れてこられて不安になるなと言う方が難しい。


 背後の男がようやく口を開いてくれた。


「こんな時にすみませんが……俺は、あなたが怖いです。アーネスト様と一緒にいてほしくない」

「……そう」

「どうかここでお別れというわけにはいかないですか。ここなら警備も追ってこない。路銀も十分に渡せます」


 アーネストの従者である彼が、シャノンのことを良く思っていないのは分かっていた。主人から危険を遠ざけようとする彼の気持ちは理解できるが。


「ごめんなさい。アーネストと約束しているの。どんなことがあっても勝手にいなくならないって。結んですぐの約束を破りたくない」

「そう、ですか」

「でも安心して。この件が片付いたら、わたしはちゃんとあなたたちの前からいなくなる」

「……」


 暗い夜道はあいかわらず静かだ。しばらくして馬がまた歩きだした。ゆっくりとした歩調だが前へ進んでいく。


「いま向かっているのは王都の北東にあるカザン区です。いわゆる夜の街なのですが……若いお嬢さんにはいろいろと刺激が強いかと思います」

「……カザン区」


 シャノンの中でカザン区は王都でいちばん近寄ってはいけない場所という認識だった。兄か母に聞いたのかもしれない。そういえば母が生きていたころ、観劇に連れていったときに聞いた気がする。外出した時の母はいつもより機嫌がよく優しくて、シャノンはそれが嬉しかった。例え女であるシャノンを否定し、演じていた理想の息子しか見えていなかったとしても、当時母からの愛情は空気と同じくらい無くてはならないものだったのだ。


 母が亡くなった時に得たのは膨大な喪失感と自由だった。自由になったのなら謳歌すればよかったのに、それができるのは強い人間だけだと知った。あの時のシャノンには自由すら怖かった。動けなくなって部屋に引きこもった。


 兄たちは気を使ったのか見捨てられたのかシャノンは放っておかれた。忙しいのもあっただろう。そうして出会ったのがメアリだ。


「かつてメアリ・ロスメル嬢と縁があった方が付近の店で働いているのです。我々は話を聞くように算段をつけていました。そこでアーネスト様と合流します」


 他人の口からでた名前を聞いただけで体が震える。シャノンの心をいまだに支配する女は、いま何をやっているんだろう。


 歓楽街とおぼしき道をフィンとふたりで歩いていく。客引きをする女性が男にすがる様子を横目で見ながら、奥へ奥へと進んでいくと、並びのなかで一際大きく古い建物の中へと連れて行かれた。


 そこで一人の女性が陰った笑顔で迎えてくれた。

 名はロレッタ。


「ようこそおいでくださいました。さあどうぞ、アーネスト様も先ほどお着きになりましたわ」


 美しく丁寧な所作に貴族のような品の良さを感じる。それもそのはず。


 ロレッタはかつてメアリの婚約者であった男の、姉という人だった。

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