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30話 惑わしの君

 シャノンの衝撃的な暴露を処理しきれないまま、アーネストたちは部屋をあとにした。医者を送りだすと、外の空気が吸いたくなって部下のフィンを連れて裏庭にでる。ここならもしシャノンに何かあってもすぐに駆けつけられると思ってのことだ。


「アーネスト様は全て信じるのですか。彼女が我々をたばかっている可能性は?」


 フィンは厳しい表情だった。言いたいことはわかる。先ほどシャノンが言ったのは作り話で、なにもかも演技で、自分の罪から逃げようとしているとそういいたい言いたいのだ。アーネストもその可能性は否定できない。しかし符号する点が多いのは事実だ。フィンはどちらかというと感情でものを言っている気がした。シャノンが悪人であってほしいと決めつけているみたいに。


「……シャノンが憎いか」

「あの子に関わると人が死ぬ。自分が殺していなくても人が死ぬ。ケイト様にダフナ、イアン殿もそうだ。医者に補佐官に、父親のダグラス殿も亡くなったではないですか。……まるで、悪魔だ」


 怯えている。普段明るくてしっかりしたフィンが。

 魔女狩りというのはこんな感情からくるのかもしれない。そう考えながらアーネストはフィンの言葉を静かに受け入れる。


「俺は怖いんです。いつかあなたが殺されるんではないかと」

「おまえが心配してくれているのはよく理解している。だがもう少し冷静になれ。姉さんたちを探すにはシャノンの情報が必要だ」


 それでもフィンは食い下がる。


「か、仮にシャノン嬢が無実だとしても、どうか距離をとってください。必要な情報を頂いたら病院かどこかで静養してもらって、それでいいじゃないですか。アーネスト様が世話をやく必要なんか」

「それはできない」


 がっかりさせると分かっていても首を横にふる。アーネストが盾にならないと死神は真っ先にシャノンの命を刈っていく。一番死に近いのはシャノンなのだ。今まで本当にぎりぎりを生きてきた。今さら手を離すなんてできない。


「今だけ、ですよね。事件が解決したら……」

「フィン」


 ぱんぱんと強めに肩を叩き、少し休憩するように促した。だいぶ疲労を溜めている。とぼとぼと歩く背中を見送ったあと、しばし思案に暮れる。


 シャノンの話を聞いて考えることはたくさんあった。まずシャノンを捕らえていた男が本当にヘンリーの補佐官であったか確かめる必要がある。もしそうであるならシャノンの話にまた信憑性がでるだろう。また、あれが補佐官だったとして一命を取り留めていたとしたら、ケイトたちの情報を握っているということだ。吐かせないわけにはいかない。


 次にバンクシー医師。亡くなったとのことだが、事故死にライランス家の関与が認められれば、そこから厳しく追及することができる。ほんのひと時でもヘンリーたちの身柄を拘束することができればシャノンと共にあの屋敷の捜索が可能だ。


 そしてヘンリー・ライランス。

 その婚約者メアリ。


 彼らが。いや、メアリこそが事件の中心にいると考えていい。


 フィンはシャノンのことを悪魔を呼んだが、アーネストから見ればメアリこそが悪魔である。


 ライランス家の屋敷で虐待され死にかけていたシャノン。彼女をあそこまで追い詰めたのはメアリだ。鍵の管理はヘンリーとメアリが行っていて、シャノンの面倒を見ていたのは実質メアリのみ。それは元使用人の話からも間違いない。


 殺人犯への制裁にしてもおかしいのだ。確かに罪を犯した身内に罰を与えることはあるが、アレはあまりに過剰。まだ結婚もしていない婚約者になんの権限がある。


 常識の範囲を超えたなにかがライランス家に蔓延っている。仄暗く澱んだなにかが。


 事件を解決することできっとシャノンに対する恐怖も消える。そうすればフィンたちも彼女を受け入れてくれるだろう。


 アーネストはそこでふと我に返った。

 事件が解決したあとも一緒にいる気でいた。



 それは、許されることなのだろうか。



 シャノンの顔が見たくなってそのまま彼女の部屋へ足を向けた。まだ熱の引かない様子でベッドに横になっている。足音に気づいたのか長いまつ毛に縁取られた瞳が薄く開いた。


 青い虹彩に光が差す瞬間。宝石然とするその美しさに、いつも目を奪われる。




 ◇◇◇




 日も暮れて足元がうっすらと暗闇に染まっていくころ。出かける準備をしていたアーネストの元に血相を変えたフィンが駆け寄ってきた。


「アーネスト様、警備隊がシャノン嬢を捕獲しにこちらへ向かっているようです」


 突然もたらされた情報に驚いたものの、ついに来たかと気構えを改める。


「どうされますか」

「シャノンを連れて逃げる」

「しかし、どこへ」

「もともとカザン地区へ行く予定だった。そこへ連れて行く」


 苦い顔をしたフィンだったが、それを一瞬で消し去り「わかりました」と頭を下げた。


「馬車を早めに頼む。それからウィリムを呼んでくれ」


 しばらくしてやってきたメイドはこの状況を肌で感じたのか緊張した面持ちだった。相変わらず顔の右側に巻かれた包帯が痛々しい。


「警備が来る。シャノンと諸々の準備を頼む」

「わかりました。しかしお嬢さまはまだお熱が下がってらっしゃいません。あまり無理は」

「……努力する」


 苦笑して返事するのが精いっぱいだった。休ませてやりたいのは山々だが状況がそうさせてくれない。準備のために踵を返した少女の背中を見送りながら、アーネストは暮れていく外を見つめた。もうすぐにでも出発した方がいいだろう。


 玄関先につけられた馬車が来た。ストールで顔を隠した彼女と共に乗り込む。まだ警備隊の姿は見えない。


「フィン。あとで落ち合おう」

「はい」


 扉は閉められ、馬車がゆっくりと動き始めた。


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