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27話 元補佐官※

 動けないシャノンを見下ろすバリー。

 ヘンリーの補佐官である彼とは特に親しいわけではなく、ごくたまに顔を見かけるくらいだった。しゃべったこともない。


 なぜここに、と思うのはお互いさまだろう。それでも疑問を抱かずにはいられない。


「ここに寝っ転がったままは目立ちます。失礼しますよ」

「あっ……」


 横抱きにされ、顔を胸元に埋めるよううながされた。顔を見られないようにするためかもしれない。歩く振動が加わって体が揺れる。しっかり抱かれているのに、なぜか肝が冷えた。硬い胸板やしっかりした腕はイアンやアーネストも同じなのに。締め付けられる力が強くて、痛い。


(……怖い)


 なにが、までは分からない。一応顔見知りでもあるし先ほども助けてくれた。今も動けないシャノンを放置せずにいてくれる。こんな気持ちを抱くのは間違っているのだろうか。押し付けられた胸元からは知らない人の匂いがして緊張が増す。


 バリーは自身が利用しているという宿屋へ連れて行った。店主に声をかけて階段をあがり、シャノンを部屋の備え付けの簡素なベッドへ座らせる。


 補佐官として住み込みの部屋をもらっていたはずだ。どうして宿屋なんかに。ベッドの目の前に立ち、至近距離から見下ろすバリーの無感情な顔。何を考えているかわからなかった。


 緊張して心臓がどきどきと早鐘をうつ。酷使した体はまだ言うこと聞かず、震えて使い物にならない。扉や窓の位置を確認しながら、無意識に逃げることを考えていた。


「それで?」


 バリーの感情のこもらない声はシャノンの不安を増幅させるには十分だった。


「どうしてあなたがこんな所に。ご自分に懸賞金かけられていることを知らないとでも」

「……それは、知ってる。その、」

「はあ。助けてもらってありがとうのひと言もないんですか。やはりご兄弟ですかね。腹が立ちます」


 被せられる言葉。かなり苛立っているのがわかった。そしてその矛先はシャノンに向かっている。なんとか恐怖を呑み込み、シャノンは焦りながら感謝を告げる。これ以上バリーの機嫌が悪くならないよう心の内で祈った。


「あ、ありがとう、バリー。助けてくれて」

「指摘されてから言うってどうなんですか」

「……ごめんな、さい」

「あなたを見ているとイライラする」

「……」


 トンと肩を押されると簡単にベッドへ倒れてしまった。金色の髪がシーツの上へ広がり、唖然とするうちにバリーの手がメイド服へ伸びた。あっという間に胸元のシャツが引きちぎられ、飛んだボタンがベッドの下へと落ちていく。はだけた胸を咄嗟に隠そうとしても腕が思うように動かず、その間に両腕をベッドへ縫い付けられた。


「なにを……!」

「うっすい体ですね。こんなの抱く気も起きない、ああでも怯えた顔はいい。仕えていた家の娘をなぶれるなんてそうそうないですし」


 ああ、この人もだ。

 この人もシャノンを不満の吐口にしようとしている。


「ねえ、今どんな気持ちですか。人を殺して、追われて、深窓のお嬢さまが惨めったらしく男に押し倒されている気分は」


 傷付けて、痛みに喘ぐシャノンを見たいのだ。


「いや。あなたはお嬢さまなんかじゃないですね。頭のおかしい母親に男の格好させられて、弄ばれて。それでも男になりきれないオトコオンナ。やっと解放されたと思ったらあの女に目を付けられて、女とバレて拒絶されて」

「……や、め」

「男なんですか? 女なんですか? 坊ちゃんって呼んだ方が盛り上がります? あはは!」

「やめ、て」

「おや、怒りましたか。気に入らなかったら俺のことも殺しますか。あんなにたくさんナイフで刺すなんてよっぽどですよ。おまけに侍女まで。おかげさまで死体の処理が面倒だったんですよ。ほんと人生の汚点です」


 全てがシャノンを傷つけるための言葉。しかしその中で聞き捨てならないものがあった。死体の処理? もしかして二人の体がどこにあるか知っているのか。シャノンは今の状況も忘れてバリーに問う。


「ケイトたち、どこにいるの」

「……は? ああ、そのことか。もっとお願いしようがあるでしょう。そこらの子供の方がよっぽどうまいですよ」

「お、お願いします。教えてください」

「もっと丁寧に」

「どうか、お願いします……」

「あははっ、言うわけねえだろバーカ」

「……おねがい、なんでもするから。ケイトたちのこと、教えて」


 懇願するうちに彼の目の色が変わった。喉をごくりと鳴らして腕を掴む力が増す。バリーはパッと離れてシャノンの上からどいた。


「気が変わりました。ちょっといじめたら警備隊に引き渡そうと思っていたんですが……もうちょっと遊びたくなりました」


 なにか荷物を漁る音がする。しばらくしてバリーが酒を飲もうとしているのがわかった。瓶に直接口をつけて勢いよくあおると、部屋にアルコールのにおいが漂った。


「のみます? 退職金代わりにヘンリー様の酒をくすねてきたんですよ。これ見よがしに良い酒置いてて本当に腹が立つ。どれだけ俺がフォローしてやったと思ってるんだ。それを……」


 バリーはもう一口酒をあおると、シャノンに覆いかぶさり無理やり口付けた。酒を飲まそうとしているのか、ぎゅっと閉じた口の両端から生温かい液体がこぼれていくのがわかる。さいわい数滴しか口に入っていない。強いアルコール臭が鼻先で香る。それだけで頭がくらくらしてきた。目の前のバリーが喉奥でくつくつ笑っている。


「泣いて嫌がって抵抗してくださいよ」


 自身のベルトを引き抜くと、シャノンの両腕を頭の上で縛り、ベッドに固定してしまう。もがいているうちに痛みで涙が滲んだ。ダメだダメだダメだ、どうにかして逃げないと。


 ふと、胸元に酒臭い吐息を感じる。

 バリーが熱をはらんだ目で見下ろしている。怖くて、逃げ出したくて、でも抵抗したらもっと酷いことをされそうで動けない。男のごつごつした指が胸元の肌をすべり、ふくらみの輪郭をなぞった。


「いやだ、やめて」


 引きつった声で拒絶しても一笑されるだけ。


「さっき何でもするって言いましたよね。だったら耐えてくださいよ。知りたいんでしょ?」


 ケイトたちを引き合いに出して強請っている。

 屈辱を受け入れろと言っている。


 もし、これから起こることを我慢して本当に教えてくれるのなら。ケイトたちのことを知れるのなら。シャノンは三度瞬く間に覚悟を決め、バリーを見返した。精いっぱいの反抗心を眼差しに乗せて、めいいっぱい心の中で罵って。


「反抗的な目付きは別にいらないんですけどね。さっきの怯えた顔が、ってあーあー本当に貧相な胸。こんなので男が喜ぶとか思……」


 そこまで言いかけてバリーは急にぐっぐっと低くうめいた。体を丸めて、耐えるように呼吸をしている。様子がおかしい。


 しばらく苦しそうに悶えていたかと思うと、カッと目を見開き、シャノンを呪い殺さんばかりの恐ろしい形相で睨みつけた。


「かっ……なに、を……ぐっ」


 ごぼり。シャノンの真上から血を吐き、浴びせ、そしてのしかかるように倒れ込む。まだ温かい血が胸元を濡らして気持ち悪い。なんと逃れようと体を動かすが、成人男性に重みが全身にかかり身動きが取れなかった。バリーが意識を取り戻す気配もなく、焦りが呼吸を浅くする。


「バ、リー……?」


 反応はない。

 意識が混濁しているか、あるいはもう失っている。真横にある頭は微動だにせず、マットに埋まっているのもあって呼吸の有無がよくわからない。倒れる前の様子を思い返すと死んでいてもおかしくなかった。


 まさかずっとこのままなのか。

 メアリの所にも行けず、なにも成せないまま、こんなところで。


 階下がにわかに騒がしくなった。耳を澄ませば警備隊だなんだとイヤな単語が聞こえてくる。複数人が忙しく階段を登る音も。


 さっと血の気が引いていく。

 警備隊に捕まったら、それこそ終わりだ。

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