24話 ほころび
元使用人は長々と話をして帰っていった。半分以上はライランス家への不満であったが、アーネストが求めていた情報があった。
ケイトとダフナが殺された状況、そしてシャノンのこと。
彼は上級使用人というわけではないのでシャノンたちに直接関わったことはなかったが、仲間内との話である程度あの家の状況を知っていた。
「あいつの言うことを信じていいのでしょうか」
「信じたくはない……が、ヘンリー殿から聞いた話とは合致する。あれだけ不満ならライランス家をかばうような発言はしないだろう。私怨の混じった憶測や噂話もあるだろうがな」
「するとやはりケイト様は……」
「殺されたと考えるのが自然だろう」
刺殺されたケイトの遺体を何人もの人間が見ている。ダフナの遺体も同様だ。
もう深夜に近いが寝る気はしなかった。オイルランプの小さな火を見ながらアーネストは激情をどうにか抑えつける。ずっと歯を食いしばっていたのだろう。奥歯が痺れているのに気がついた。
姉が死んだ。殺された。
利発的で優しかったケイトとはもう話すこともできない。
いったいなぜ。
どうして。
何のために。
行方不明だとわかった時点である程度覚悟はしていた。冷静になれと必死に自分へ言い聞かせる。取り乱してはいけない。感情のままに喚いてはいけない。
目を閉じてゆっくり深呼吸をした。冷たい空気が頭を冷やしてくれることを願う。
「明日、シャノンが目を覚ましたら話を聞く」
二人の人間が共通して挙げた殺人犯の名前。
それはわずか15歳の少女。監禁され虐待のあとも見られる悲惨な少女。
シャノン・ライランス。
◇◇◇
「アーネスト様、これ……」
翌朝、街の人間たちが動きはじめたころ。部下のひとりであるポールが一枚のチラシを持って隠れ家へと戻ってきた。
「さっき役人が路上で配っていました。壁にも貼ってあります」
それはシャノン・ライランスの手配書だった。似顔絵に加えて年齢や容姿の特徴が書かれており、殺人犯の文字の横には高額な懸賞金が提示されている。その横には生死問わずという小さな文字。さわるとかなりザラついた紙でインクも臭かった。安っぽい印刷物なのだろう。
控えていたフィンが手配書を覗き込み、つまらなそうにこぼす。
「ここの役人はそういうのばかり仕事が早い」
「街の人間たちがシャノン嬢についていろいろ噂しています。恐ろしい殺人鬼だの悪魔だの、楽しそうに話していました。アーネスト様、彼女いったいどうするんですか……」
ポールの言いたいことは分かる。今のアーネストたちは殺人犯を匿っているように見えるだろう。ケイトたちを殺した犯人がシャノンであると分かってからフィンやポールは目に見えて態度を硬化させた。
「あの子が回復するまでは待て」
アーネスト自身も何度目になるかわからないため息を吐くなか、トントントンと階段を軽快に降りる音がした。「アーネスト様」と声をかけてくるのはメイドのウィリムだった。
「お嬢さまはもう起きてらっしゃいますけど、どうされますか」
「話せそうか」
「大丈夫だと思います」
精神的にも肉体的にも疲労を抱えたまま、二階へ続く階段を上がる。扉をノックすると、先日よりもだいぶ顔色がよいシャノンがいた。ベッドの上で上半身を起こし、アーネストをしっかり見据えていた。刹那、目の奥がちりっと燃える。
「体調はどうだ」
「……うん。ウィリムがよくしてくれるから」
脇にある椅子ではなく、そのままベッドの端に腰掛けた。わずかに見開かれる青い瞳は相変わらず美しい色をしている。
「ケイトとダフナを殺害し、逃亡したとして、きみの首に懸賞金がかけられた」
一瞬、シャノンの息が止まったのがわかった。事実を咀嚼し飲み込もうとしているのか、目を閉じ、まぶたを震わせながらゆっくりと肺から空気をだしている。
アーネストはそれを無感情に見下ろしていた。
服が少し大きいのだろう。開いた胸元から見える白い肌、細い首すじ。無防備だなと思った。アーネストの腕力だったら、抵抗されたとしても簡単に締め殺せそうだ。
アーネストは手を伸ばし、シャノンの左手を握った。なぜそうしたかはわからない。逃げられないようにかもしれない。細くて華奢で壊れそう手は今、アーネストの手の中にある。
シャノンの眉が怪訝そうにひそめられる。
「なあ、教えてくれ。ケイトを殺したのはきみなのか」
しかしシャノンは何も言わない。鋭利な刃物で傷をつけられたように、痛そうな表情を浮かべるだけだ。これが演技だったら大したものだ。目の前の大女優には跪きこうべを垂れるべきだろう。
「シャノン、頼むよ」
手を握る力をほんの少し強める。
情けなく懇願する男を演じてみたが結果は変わらず、シャノンは視線をそらし無言を貫くだけ。
どんなに質問を重ねて情に訴えても、答えが返ってくる気はしなかった。無理やり聞き出す方法がないことはないが、それに手を出すほどアーネストは野蛮ではない。
だがここで二の足を踏み続けるわけにもいかなかった。
「質問を変える。きみの兄はなぜウソをつく」
「……え?」
驚くシャノンを見つめながらアーネストは思い返す。ヘンリーの話を聞き、服屋の主人や元使用人からの話と照合させると部分的には一致するものの、肝心なところが妙に逸されていた。
「きみの兄はケイトとダフナの二人をきみが殺したと言っていた。しかし昨夜聞いた元使用人の話ではダフナは階段から転落死だったという。犯行から発見までの時間、きみは見張り付きの部屋に閉じ込められていた。きみには不可能だ」
あの男が見張り番をしており、その間シャノンが外に出ることはなかったと証言した。
「殺されたのか、転落したのか。この二つは全く違う。ダフナの死をシャノンの仕業にすることも間違っている」
行方不明を撤回し、二人は殺害されたと突然言いだしたヘンリー。それまでウソをついていたのだからハイそうですかと素直に受け入れられる訳がない。亡き骸はないと言い張ったのもおかしい。ヤツはまだ何か隠している。
ケイトの件はともかく、ダフナに関しては冤罪だとアーネストは確信している。立て続けにいろいろ聞かされた時はショックだったが、落ち着いて考えるとあちこちに綻びが見えてきた。全てを明らかにする必要がある。
それまでシャノンは他の誰にも渡せない。
「……まだ安静にすべきだな。また来る」
姉に手をかけたかもしれない少女。憎むべきか守るべきか。揺れる心の狭間でアーネストはシャノンとの距離を詰め、その額に触れるだけの口づけをした。
一度部屋に戻って冷静になろうと思った。シャノンを目の前にするとうまく言葉が出てこない。いろいろ聞きたいことはあるのに。
繋いでいた手を離そうとして、ぎゅっと掴まれた。握り返される手の感触に思わずシャノンを見返す。今までシャノンから一度もそういう行動はなかった。まさかのことに驚いていると。
「アーネスト」
彼女が自分の名を呼ぶ。
「屋敷に戻りたい」
訴えかける青い瞳に強く惹きつけられた。同時にアーネストは反射的に首を横にふる。
「だめだ。今戻ったら死ぬぞ」
「……おねがい」
理解ができなかった。せっかく助け出したというのに。安全な場所から過酷な状況にまた戻りたいと思う気持ちが、まったくわからない。
「何がそうさせる。あの家ではひどい目にあっていたんだぞ。ここにいたら安全だ」
まさかアーネストではだめだと言うのか。
「メアリと、話をしなきゃ」
そのひと言でアーネストの脳裏にひとりの少女が蘇った。可憐な少女の見た目とは裏腹に、毒蜘蛛のような恐ろしさを放つメアリ。彼女のうっすらとほほ笑む姿が。