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11話 シャノンとメアリ

 シャノンはライランス家の第三子であり、女である。


 しかし母マーガレットが求めていたのは健康的な男児。性別が判明した時点でマーガレットの子に対する愛情は半分なくなった。


 さらに幼少期のシャノンはとても神経質な上に病弱でとても手を焼いた。ささいなことで泣き出し、乳を吐き、熱をだすので、ベテランの乳母もマーガレットに助けを求めるほどだった。ここで残りの愛情も消えた。


 もともと子どもをもうける事は義務としか思っておらず我が子にさほど愛着がなかったのだ。


 成長してもシャノンの世話は使用人に任せきりで、父も母もふたりの兄の教育に力をいれた。基本的に無関心。使用人から定期報告を聞いても「わかった」とひと言。ひとりでもきちんと食事ができるようなったのが6歳ごろで、家族が集まる夕食の席に参加が許されたが、団らんの輪に入ることはできなかった。


 転機が訪れたのはシャノンが8歳のときだ。


 父や母に顧みられずに育ったシャノンだったが、体が丈夫になって外遊びが可能になると上の兄ふたりと遊ぶ機会がふえた。とは言え最初から仲が良いわけもなく、明るくて社交的なイアンがシャノンをひっぱりだし、両親の目を盗んで外に連れ出すようになったことがきっかけだった。


 汚さないよう、動きやすいよう男の子が着るような服を着て庭をかけていたシャノン。普段は使用人たちからかわるがわる面倒をみてもらっていたが、一緒に遊ぶことはあまりなかった。歳の近い兄弟と走り回ったりするのはとても楽しかった。


 ある日、それが母の目にとまった。


 シャノンの少年姿をいたく気に入ったのだ。

 当時の母は心を病んでいたのかもしれないし、もともとおかしかったのかもしれない。彼女の心境は誰にもわからないし、理解できない。


 兄たちの真似をして髪を短くしていたのもいけなかったのかもしれない。彼らと同じようにしていれば愛してくれるかもと思い、嫌がる使用人に「短く切って」と頼んだのはシャノンだ。……ある意味その願いは叶えられたが。


 その頃には体も強くなって周囲の手をわずらわせることはなく、また同年代のこどもと比べると非常に聞き分けもよかったのも母がねじれた愛着を向ける一因となった。


 そしてシャノン自身も肉親の愛に飢えていたため、例え歪であっても母からの愛が嬉しかった。やっと向けられた愛が離れないように、空気を読んで、顔色をうかがって、楽しくもないのに笑った。


 例えしゃべることを禁じられ、着せ替え人形になったとしても。虫の居所がわるく、八つ当たりの矛先が向いたとしても。閉じ込められてもぶたれても蹴られても辱められても。


 やっと手にいれた母からの愛を失いたくはなかった。




 ◆◆◆




 はっとして浅い眠りから覚醒する。

 昔の夢を見ていたせいか、全身にいやな汗をかいていた。シャノンはベッドからおりて汗でぬれた不快なナイトウェアを脱いだ。ひやりと冷たい空気に全身の肌をさらす。こんなにやせほそった体でも、わずかにふくらむ胸が恨めしい。これがなければ、母はふつうに愛してくれたかもしれないのに。


 水差しの中身をおけに出し、タオルをひたしてしっかりと絞った。汗ばんだ体をそれで拭うと、不快感は少しマシになった。


 もうすぐ夜が明ける。

 部屋の外にはおそらく見張りがいて、シャノンを軟禁するために今も不寝番をしているだろう。当の本人は眠っていて申し訳ない気持ちがこみ上げる。


 ヘンリーは、イアンは、メアリは今頃どうしているだろう。


 ふいにズキリと頬に痛みが走った。頭や背中もそれに続けとばかりにいっせいに痛みだす。


『どういうことだ!!』


 数時間前。遺体のすぐ横。怒りで形相が変わったヘンリーは思いきりシャノンの頬をぶった。キレイな顔をしていてもやはり男で、シャノンの薄い体はいきおいよく吹っ飛んだ。硬い壁に後頭部と背中をしたたかに打ち付けたが、持っていたナイフが自分に刺さらなかったことは幸いかもしれない。


 いや。

 いっそナイフが心臓に命中して死んだ方がよかったのかも。


『シャノン!』


 すぐに駆けつけてくれるのはメアリだけ。

 シャノンを見てくれるのもメアリだけ。



 手から血の匂いが消えない。




 ◇◇◇




 ケイトの死体を発見し、一時は騒然となったライランス家の屋敷は今、不気味なほどに静まり返っていた。


 ふたつめの死体が見つかってしまったのだ。

 それはケイトが連れてきた侍女。


 彼女は主人の死で非常に取り乱しており、「お館さまにご報告しないと」と深夜にもかかわらずケイトの生家であるリパーキン家へ行くと言って聞かなかった。当主代理であるヘンリーが「至急こちらで使者を出す」とどうにかなだめて部屋へ戻ってもらったが、翌朝には階段の下で死んでいる彼女が発見された。もしかしたら焦った彼女が夜中に抜け出し階段で足をふみはずしたのかもしれないので事件か事故かの判断は難しい。


 四肢が投げだされた姿はまるで糸が切れたマリオネット。曲がってはいけない方向に手足が折れ、朝なにも知らずに掃除へやってきたメイドがそれを見て嘔吐した。


 メアリはシャノンへ食事を運ぶ役を頼まれた。


 現在、シャノンはケイト殺害の犯人として自室に閉じ込められている。部屋の前には使用人が見張りをしており、今後どういう扱いなるのかわからない。


 部屋に入るとベッドの端に座るシャノンがいた。目の下にうっすらとクマを作り、活力がいっさい感じられない。メアリが近づくとじっと見上げてくる。きれいな青い瞳のなかに怯えが見える気がした。


「ケイトさんの侍女が死んだわ」


 メアリの言葉にシャノンに表情がわずかに強張った。


 続けて発見の状況やいま現在の屋敷の雰囲気をぽつぽつと伝えた。それに対するシャノンの反応は薄い。なにか考えごとをしているように思える。


 侍女の死に関して、もし何者かに突き落とされたとしてもシャノンは犯人でありえない。ケイトの死体を発見してすぐにシャノンは部屋に閉じ込められ、見張りもついている。事故か事件かはわからないが、もし誰かが故意に彼女を突き落としたとしたのなら、犯人はこの屋敷の関係者でほぼまちがいないだろう。


 しばらくはお互いに無言だったのだが、ふとシャノンが口をひらいた。


「ヘンリー兄さんは……どうしてるの」


 メアリは肩をすくめて答える。


「状況が状況だからだいぶ荒れてるみたい。お預かりした大事なご令嬢が殺されて、さらにその侍女も死んでる。リパーキン家への報告について補佐官とひどく言い合いをしてたし、使用人にはこのことについて他言無用だと強く言い含めてたわ。人ってあんなに豹変するものなのね」


「……そう」


「不謹慎かもしれないけど、いま知れてよかったと思う。やっぱり人間には人間っていろんな面があるのよね」


 嫌味でもなんでもなく、本当にそう思う。完璧だと思っていた人に綻びが見えるととたんに心持ちがラクになる。


「イアン兄さんは」

「だいぶ気を落とされてる。心配だわ」

「……メアリは、これからどうするの」

「今のところはヘンリー様に従うわよ。家には帰れないし、この状況じゃ許可もおりないでしょう」


 はあ、と大げさに息を吐くと視界の端でシャノンが震えるのがわかった。それがまた神経を逆なでる。


「だからじゃないけど……気に入らないわ。なにもかも」

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