夏休み明けに駅のホームから飛び降りようとしているクラスメイトの美少女を引き止めた結果
9月1日。夏休み明け初日の登校日はとにかく憂鬱。家を出たのはいつもより30分も遅い。まぁそれでも遅刻はしないくらいにはつけるだろう。
駅のホームには、一学期ぶりに再会したと思われる友達とはしゃいでいる女子がいてうるさい。そもそも夏休み中に一回も会ってないようなやつは友達じゃないんじゃないのか? と思いながら冷ややかにその集団を眺める。
その近くには電車待ちの待機列の先頭にピンと背筋を伸ばして立っている女子がいる。クラスメイトの名波詠だ。ボブくらいの髪の毛を外ハネにしているスタイルは夏休み前と変わっていない。かといって一学期ぶりに再会したところでテンションを上げて話すような中(仲)ではない。
それでも他校のはしゃいでいるギャルの集団から意識を逸らすためにぼーっと名波さんの様子を観察することにした。
彼女は基本的にクラスで一人でいる。ぼっちと言うと語弊はあるんだろう。自分から好んで一人でいるように思うからだ。
ただ、大人っぽい雰囲気で美人なので男子からはモテるし良く話しかけられている。それらをシャットアウトするためなのか、耳にはワイヤレスイヤホンをつけるようになった。
今も髪の毛を耳にかけているため白いワイヤレスイヤホンが見える。どんなジャンルが好きなのか、音量はどれくらいで聞くタイプなのか、そんな事は何一つ知らない。
ただ彼女は律儀な性格をしているんだと思った。俺達が乗る電車は、東京とは反対側に向かうためラッシュ時間帯とはいえ椅子に座れるくらいの乗客量。故に電車が来るまではホームのベンチに座っていれば良いのだけど、わざわざ並んで待っているのだから。
気になったのは誰も並ぼうとしない列の先頭で小刻みに屈伸をしていたこと。それはまるで立ち幅跳びの前運動にも見えた。
今日は9月1日。若年者の自殺率が一番高い日だと昨晩のSNSで見かけた。
まさか、と思った瞬間に俺達が乗るべき電車がホームへと入ってくることを知らせる案内が聞こえる。
それと同期するように名波さんの屈伸は大きくなる。
これはひょっとするとひょっとするんじゃないか。
俺はいても立っても居られず名波さんに近づく。
電車が間近まで迫ってきた時、名波さんの揺れが更に大きくなった。
俺は慌てて名波さんの腕を取り、ホーム中央部へ引っ張り込む。
「ゔぇっ……おぉ!?」
独特な驚き方をした名波さんは俺の顔を見て少しだけ警戒心を緩めてくれたようだ。知らない人に引っ張られるよりはマシということらしい。
名波さんが怪訝な顔をしながらワイヤレスイヤホンを外すとシャンシャンと大きな音が聞こえた。かなり大音量で聞くタイプだったようだ。
それにしても聞き馴染みのあるフレーズだ。ピーヒャラピーヒャラ……いや、これは『踊るポンポコリン』!? 今から死のうとしている人が聞くか普通!?
「な、何? キミ、藤塚君だよね? 同じクラスの」
「えっ、あ……お、同じクラスの名波さんですよね!?」
テンパってオウム返しをしてしまった。
「そうだけど……で、どうしたの? いきなり腕を引っ張ってきたけどさ」
「あー……」
絶対とは言い切れないが、踊るポンポコリンを聞いていた以上、名波さんが死のうとしていた確率はぐっと下がる。とてもじゃないが『自殺するかと思って慌てて止めに入ったんですよ〜』なんて言える空気じゃない。
「あ、あのさ、今日って何の日か知ってる?」
他にいい理由が見つからず不意にそんな事を言ってしまった。
名波さんはキョトンとして首を傾げる。
「え? 私の誕生日だけど……」
「それはおめでとう」
17際の誕生日おめでとう。1/365のラッキーを引いて安堵していると背後でプシューと音がして電車の扉が閉まった。
「あ……快速ぅ……これ逃したら遅刻じゃない? 最寄り駅からのバス、接続悪いじゃん」
「あ……」
夏休み明けということもあり学校に行く気が起きずいつもより遅く家を出た事が災いした。
ホームから淡々と出発する電車の最後尾を二人で見届ける。これ、俺のせいだよな。
「あの……ご、ごめん! 本当、そんなつもりじゃなくて……」
「じゃあどんなつもり……あ!」
腕組みをして冷たい目を俺に向けていた名波さんは何かを思いついたようにニヤリと笑う。
「な……何?」
「毒を食らわば皿まで、かな?」
名波さんはそう言うと俺の腕を引っ張ってホームの反対側へと向かう。こっちは東京方面なのでかなり乗客が多い方だ。既に10人が2列で並んでいたのでその後ろに二人で横に並んで立つ。
「こっちからも行けるのか?」
「ううん。行けないよ。だけどその主語は学校でしょ? こっちから出る電車も誰かの目的地に繋がってる。そうじゃない?」
「すごくそれっぽいことを言ってるけど要は学校に行く気がない、と」
「いいのいいの。今日一日休んだところで世界が終わるわけじゃないんだし」
「俺、ここまで皆勤賞なんだけど……」
「わっ……私もだよ! 誰かさんのせいで今年は逃しちゃったから、責任取ってもらわないとな〜」
「仕方ないな……」
その時東京方面の電車がやってきた。
座る椅子がないどころか、掴める吊り革すらないほどの人口密度。しかも住宅街しかないようなこの駅で降りる人はほとんどいない。
名波さんと顔を見合わせる。苦笑いをしつつも一度決めた方針を取り下げるつもりはないようで、二人して電車に乗り込んだ。
◆
行き先は不明。路線を乗り継いで東京を通り過ぎて神奈川県に突入。人が減ってきたところで良さげな駅で下車した。
駅を出て少し歩くとすぐに国道。その国道沿いはファミレスチェーンとコンビニという、わざわざ遠出をしてまで来た甲斐ある景色ではない。
「んー! 海だー!」
「海だね……」
別に海なら家の近くからでも行けるんだけどなぁ。
「あ、今さぁ、海なら家の近くにもあるじゃん、って思わなかった?」
名波さんには俺の考えがお見通しらしい。
「思った」
「だよねぇ。私もミスったなあって。行き先も決めずに旅になんて出るもんじゃないね。偶然の出会いなんてないない。あるのはフランチャイズのチェーン店だけだよね」
妙に達観した感じで名波さんはファミレスに向かい始める。
「グスト?」
「うん。お腹空いちゃった」
名波さん、自由だなぁ。俺はとんでもない人を捕まえてしまったのかもしれない、と思いながら一緒にファミレスへと入る。
この近辺の学生も憂鬱な気持ちを持ちながら頑張って登校したんだろう。ファミレスにいるのは老人ばかり。
二人でボックス席に座って学生無料のドリンクバーを注いで準備は完了。
いや……これ近所でもできたな。
「いやぁ……神奈川で飲むコーラは美味しいねぇ……」
「無理矢理感がすごいな!?」
「あはは……けどやることないもんねぇ……うわ、着信めっちゃ来てるじゃーん」
名波さんはスマートフォンを見ると顔をしかめて電源ボタンを長押しした。
「電源、切ったのか?」
「うん。ま、1日くらいなら大丈夫だよ」
「そうだな」
俺もスマートフォンを開いてみる。着信はゼロ。まぁ今後も来ることは無いんだろうけど、折角なので名波さんに合わせて電源を切ってみる。
名波さんはそんな姿を見て「やるねぇ」と言って微笑む。そして、鞄から夏休みの宿題になっていたワークブックを取り出した。
「えぇ……宿題すんの?」
「うん。そのために携帯の電源も切ったわけで」
「全集中するためかよ!? てっきり親からの連絡とかそっちかと」
「ないない」
そう言って笑いながらワークブックを開く。名波さんのワークブックは表紙も背表紙も折れ目がついていない。新品同様で夏休みの初日からタイムスリップしてきたようだ。
「もしかして……今日で全部やるのか?」
「うーん……無理かな?」
「真面目にやったら無理だろうな」
「じゃ、真面目にやろうかなぁ」
「なんで!?」
「学校をずる休みした挙げ句こんなところまで来ちゃった不真面目な人なんだし、せめて課題位は真面目に解かないと、ね?」
名波さんの価値観がよくわからんことだけはわかった。
「藤塚君、教えてよ。2周目でしょ?」
「2周目が全知全能みたいに思わないでくれよ……ヌケモレだってあるんだから」
「ループ物だと2周目の主人公は完璧じゃない?」
「俺は主人公じゃないから」
そう言いながらもコップを正面に押しやってボックス席の対面の座席に移動する。
名波さんを少し奥に押しやって並んで座ると、名波さんは元いた場所に戻るように俺との距離を詰めてきた。
名波さんは至近距離で俺の顔を見上げてくる。猫のような形の大きな目にすっと通った鼻筋。そりゃ男子にモテるわ、と思ってしまう。
「どしたん? 話聞こか?」
ニヤニヤしながら名波さんがそう言う。この人、自分が可愛いって分かってやってるな。
俺は照れを顔に出さないようにしながら顎でワークブックを指す。
「へいへい……1ページ目は数学っと……」
名波さんは学校をサボった不真面目な人の癖に、答えを知っているはずの俺にも答えを聞こうとせず真面目に宿題を解き始めた。やっぱりこの人は律儀だな。
◆
昼時になりサラリーマンのような人が増えてきた頃、世界史に入った名波さんはポツリと口を開いた。
「私さぁ今日で18になったんだよね」
「あれ……17の間違いじゃないか?」
俺達は高校2年だから今年は16から17になる年のはず。
「ううん、合ってるティウスだよ」
あぁ、古代ローマらへんをやってるんだ、というとまた話がそれそうなのでグッと突っ込みたくなるのをこらえる。
「私ね、1年生の時に体調崩して入院してたから留年してるんだ。だからクラスでも浮いちゃって。有名でしょ? その話」
「いや……多分誰も知らないと思うけど」
普通に同級生だと思ってたし。
「えっ……あ……そ、そうなの?」
「うん。だってずっと同級生だと思ってたし……先輩と絡んでるところも見たことないから……」
妙に周囲の人と壁を作っていた理由が発覚。半分以上はただの思いこみのようだが。
「えぇ……はっずぅ……」
名波さんは俯いて顔を赤らめる。唇を内巻きにして噛んでいる仕草がとても可愛らしく、年上と言われると謎にギャップすら感じてしまうほどだ。
「あー、でね。18になったら解禁したくなるもの、あるじゃない? 昨日の夜に早速やってみたわけですよ」
「な……何?」
18禁の解禁。酒や煙草は20歳だからエロがグロしか思いつかないぞ。
「海外のエロ動画サイト」
「そんなのみんな見てるんじゃないのかよ……」
「えぇ!? でも最初に聞かれるじゃん!? 『Are you 18 years of age or older?』ってさぁ!」
「あー……」
ボタンを押すだけなのに律儀に守っているのか。
「これで伝わるということは多分同じサイトを見ているということだね。おやおや? 17歳なのに見ちゃってていいのかな?」
名波さんはニヤニヤしながら俺を追い詰めてくる。墓穴を掘る前に話題を変えねば。
「いいから宿題やれよな。もう終わったのかよ」
「ううん。最後にプリントが1枚だね」
「あー……美代ちゃんの自作プリントか……」
うちのクラスの担任は若手の教師なので皆から名前プラスちゃん付けで呼ばれている。
美代ちゃんの作ったプリントは『夏休み思い出ワークシート』。その名の通り夏休みの思い出を書くだけの紙だ。
「ま……けど今日使うやつだろ、これって。明日になったら夏休みの思い出とか誰も気にしてないだろ」
「悲しいねぇ。夏休みさんもすぐに忘れられちゃってさぁ。文化祭、体育祭、ハロウィン。色んなイベントに上書きされていくんだねぇ。これも夏休みの宿命かぁ……」
「じゃあ書かなくて良いんじゃないか?」
「えー、けど美代ちゃんのことだから明日でも見せろって言ってきそうじゃんか。その時に白紙だったらどう思う? ただでさえ留年してクラスで浮いてる女だよ? 夏休みの思い出が白紙の18歳。私だったら心配しちゃうなぁ……」
「じゃあ書けよ……」
名波さんは「はいはい」と面倒くさそうに返事をして、プリントに大きく「虚無」と書いた。
「結局何もないのかよ……」
「あはは……面目ない……」
名波さんは苦笑しながら一応プリントの項目を読み上げていく。
「夏休みに行った一番遠いところ……友達といったところ……友達との一番の思い出……なるほどなるほどぉ……虚無!」
そう言いながら名波さんは『友達との一番の思い出』という項目に『小田原観光』と書いた。
「なんだ。行ってるじゃん」
「延長戦でね」
延長戦。つまり9月になってからということ。今いるファミレスの住所は小田原市。
「これのことかよ……」
「そういうこと。いやぁ……けど本当に虚無だったよ。やりたいことリスト作ったのにほとんど消化できてないんだよね」
そう言って一方的に名波さんが見せてきた手帳のToDoリストはかなりの長さがある。
「そもそも夏休みで消化しきれる分量に見えないんだが……」
「あー、消化できてないわー。友達と消化しないとなー。けどクラスで浮いてるしなー」
名波さんはそう言いながら俺の方をチラチラと見てくる。これだけ人と話せて冗談も言えるなら普通に馴染めそうなものだが。
「ならクラスの女子と友だちになれよ」
「えー。ジェネレーションギャップがあるんだよねぇ」
「たった1歳だろ!? はぁ……まぁいいよ。リスト、後で共有しといて」
「いいの!?」
名波さんは目を丸くして驚く。
「別に……俺もそんなに仲のいい人がいるわけじゃないし」
「なんか暗いもんねぇ、藤塚君」
「うるせぇな!」
「あはは! じゃあ1つクリアっと……」
名波さんはそう言って手帳に箇条書きにされたやりたいことリストの項目の一つに線を引く。
『男友達(彼氏候補)を作ること』
よくもまぁこれを見られて恥ずかしくないもんだなと。
「ペン貸して」
俺は名波さんからペンを受け取り『(彼氏候補)』を右側から塗りつぶしていく。
『候補)』まで塗りつぶしたところで名波さんは俺の腕をつかんできた。
「ちょっと待って。クリア扱いでいいよね? これ」
名波さんは顔を真赤にしてそう言う。
まさか……彼氏扱いをしてもいいかということか!?
妙にモジモジとしているしそんな出会って当日に、なんて良いんだろうか。
「えっ……あ……その……」
いや、ここは名波さんの気持ちに答えるべきだ。
俺は名波さんの腕を振り払って一気に『男友達(』を塗りつぶす。
『■■■■彼氏■■■を作ること』になった新たな目標。
「ど、どうだ? これ、クリアだろ?」
俺は恐る恐る尋ねる。
名波さんは数学の複雑な問題文を読み解く時のようにじっとその文言を眺める。
「あ……その……」
「その……一日だけだし、そんなにお互いのことは知らないけど……これから知っていけたら良いかな……的な」
名波さんは口をパクパクとさせた後、感情がごちゃまぜになった顔をした。
「あっ……その……い、今のは! 単に友達じゃないって意味で塗りつぶされるのかと思って! それで消されるのかと思って止めたんだ!」
「……え?」
お、俺の勘違い!?
「あ……あはは……そ、そうだよなぁ! い、いきなりどうかしちゃってたよな!? あはっ……あはは……」
「ま……まぁ……仲良くしてあげてもいいけど?」
名波さんはおちゃらけた顔をして俺の手を握ってくる。この人の心は読めん。
だが夏休み最終日の翌日、俺はクラスで始めて女友達が出来た。
◆
(名波視点)
9月1日。夏休み明け初日の登校日はとにかく憂鬱。家を出たのはいつもより30分も遅い。まぁそれでも遅刻はしないくらいには着けるんじゃないかな。
駅のホーム。一学期ぶりに再会した感じで友達とはしゃいでいる女子がいてうるさいなぁ。そもそも夏休み中に一回も会ってないような人は友達じゃないんじゃないの? とボッチながらに思う。とりあえず声がうるさいから耳にイヤホンを取り付けた。
何を聞こうかな。『踊るポンポコリン』かな。
イントロから脳内麻薬が出まくる。音量を徐々に上げていき、スティーブ・ジョブズが作ってくれた端末の警告を無視して最大まで引き上げる。
あぁ、楽しい。勝手に身体が乗ってくる。
そのまま音楽に身を委ねていると電車がやってきた。
電車の運転士が物凄い速さで目の前を通り過ぎた瞬間、私はグッと腕を引っ張られた。ダイナミックな痴漢だこと!
振り向くと立っていたのは藤塚君。事務的な話しかしたことはないクラスメイト。まぁ事務的な話以外をしたことがあるクラスメイトはいないんだけど。
藤塚君の事は良く知らないけど、こういう寡黙でシュッとした陽キャじゃない人に限って可愛い彼女がいたりするんだよなぁ、と思うなどする。
「あ……快速ぅ……これ逃したら遅刻じゃない? 最寄り駅からのバス、接続悪いじゃん」
「あ……」
「あの……ご、ごめん! 本当、そんなつもりじゃなくて……」
「じゃあどんなつもり……あ!」
思いついた。折角だし遠出しちゃおうかな。
「な……何?」
「毒を食らわば皿まで、かな?」
東京方面のホームに藤塚君を連れて行く。
「こっちからも行けるのか?」
「ううん。行けないよ。だけどその主語は学校でしょ? こっちから出る電車も誰かの目的地に繋がってる。そうじゃない?」
「すごくそれっぽいことを言ってるけど要は学校に行く気がない、と」
「いいのいいの。今日一日休んだところで世界が終わるわけじゃないんだし」
「俺、ここまで皆勤賞なんだけど……」
えぇ!? すっご! 巻き込んじゃってごめんねぇ! けど、ここまで来たら引き下がれないしなぁ……
「わっ……私もだよ! 誰かさんのせいで今年は逃しちゃったから、責任取ってもらわないとな〜」
「仕方ないな……」
東京方面の電車がやってくる。ギュウギュウの電車は痴漢は出そうだわ知らない人が密着してくるわでとても怖い。それでも隣に藤塚君がいると妙に安心してしまった。
◆
何もないところで降りてしまったので仕方なくファミレスにやってきた。宿題も終わって雑談をしていると話の流れでやりたいことリストを出してしまった。
今日だけでも話はできたし友達ってことでいいよね?
「あはは! じゃあ1つクリアっと……」
私は『男友達(彼氏候補)を作ること』という項目に線を――
待って待って待って待って! 彼氏候補!? 夏休み初日の私こんなこと書いてたの!? そりゃ彼氏は欲しいけどさぁ!
「ペン貸して」
藤塚君が私からペンを受け取ると『候補)』の部分を塗りつぶし始めた。え? え? ガチ?
私は慌てて藤塚君の腕をつかんで引き止める。
「クリア扱いでいいよね? これ」
友達としてだよね!? い、いきなり付き合うのは心の準備が! 心の準備だけが追いつかないんです! 友達でクリアってことにしようよぉ!
「えっ……あ……その……」
藤塚君は口をぽかんと開けた後、私の腕を振り払ってまた文字を塗りつぶしだした。新たな目標は『■■■■彼氏■■■を作ること』になった。
「ど、どうだ? これ、クリアだろ?」
ひゃーーーー! やっぱり悪くない悪くない。「クリア!」と宣言しろ私! 彼氏が出来るぞ! ぼっちクリスマスも回避だ!
「あ……その……」
「その……一日だけだし、そんなにお互いのことは知らないけど……これから知っていけたら良いかな……的な」
うんうん。わかるわかる。そういう始まりも名波は嫌いじゃないぞー。
「うん、そうだね」と言いかけた瞬間、私の脳内で今日の事がフラッシュバックした。
今日は何をした?
学校をサボって、踊るポンポコリンでノリノリになっているところを見られて、エロ動画を見た話をして、留年したボッチだとバレただけじゃん! どこに好かれる要素があるんだオイ! 今日はだめ! もっときちんと手順を踏むべき!
「あっ……その……い、今のは! 単に友達じゃないって意味で塗りつぶされるのかと思って! それで消されるのかと思って止めたんだ!」
無理矢理に理由をひねり出してみた。
「あ……あはは……そ、そうだよなぁ! い、いきなりどうかしちゃってたよな!? あはっ……あはは……」
藤塚君は気まずそうに笑っている。いやでもせめて可愛いと思われることを一つくらいしてからじゃないと将来結婚式とかで『付き合う前の思い出は?』と聞かれた際に答えることが踊るポンポコリンかエロ動画の話しかなくなっちゃうじゃないか!
「ま……まぁ……仲良くしてあげてもいいけど?」
私は精一杯ギリギリのラインをサグリながら藤塚君の手を握る。
伝われ! 藤塚君のことは気に入っているんだ! むしろ好きになりかけまである! 後は私が将来困らないような可愛いエピソードを作る余裕をくれればいいんだ! そうしたら付き合おうじゃないか!
「じゃあ、明日から友達としてよろしく」
藤塚君はニッと笑って私の手を握りかえしてくれた。
良かった良かった。藤塚君も嫌った訳じゃないみたいだし。
……あれ? そういえばなんで私って駅で引き止められたんだろ?
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