87GF 再開、約束の誓い『文化祭』
100体程集まっていた人造人間を、一瞬で殲滅した者の元へ着くと、雷風の目の前には1人の女がいた。ピンクの長い髪を後ろで1つに縛り、全身を黒色で纏い、さらに黒いコートを着ていた。そして、雷風と同じ気配を漂わせていた。
(曇りもない、影に住む者……。先代の断罪者もこの気配だった……。じゃあこいつはいったい……、何者なんだ?)
雷風に背を向けていた女は、しばらく上を向いて独り言を呟いていた。
「17年前に交したあの約束……、いつ果たしてくれるのかな……。雷風から持ちかけた約束なのに……」
「独り言を零すなんてもう、こういう時間しかないんだよね……。私が私のままでいられるためには……、もう残された道はひとつしかない……」
ゆっくりと、誰かに語りかけているように喋っていた女は、雷風に気づいている様子はなく、本音を零している様子だった。雷風は、その独り言の中に自分の名前が出てきていたことに、静かに驚いていた。自身の名前が出てくるということは、会ったことがあるということ。そして、女が語る雷風は、17年前に約束を交わしている。そして雷風も、17年前に1度だけ約束を交わしている。そう、目の前の女が語りかけるように喋っている独り言の内容と、雷風の起こしたことは一致しているのだ。そのため、再会しようとしている雷風は自分である可能性が高い。
(話しかけた方がいいのか……?)
雷風は葛藤していた。初心な恋愛感情とは違い、目の前の女がどのような行動をとるのかがわからないため、目立った行動が取れないのだ。もし、自身にとって敵になる存在だとしたら、自身の情報を無駄に喋ってしまう可能性がある。その可能性がある時は、まだ喋ってはいけない。
(いや、敵だという可能性がないわけじゃない。ここは一旦、この女の様子を見てみるか)
雷風はその場所から離れ、少し離れたビルから女を監視した。気配を隠し、更に自分からは気配を探っているため、相手からは気づかれず、自分は状況を把握することができる完全優位の状態を作った。
女が動き出すと共に、雷風は一定距離を保って移動する。同じ速度で移動し、同じ距離を保つ。ミスなどは一切許されず、少しでもミスをしてしまうと相手に気づかれる可能性があるからだ。
(この女……、無駄な動きがない……)
雷風が追う女は、人造人間を殲滅するとまた次の場所へ移動するのだが、殲滅する時に行う体の動きに全くの隙がないのだ。そのため、殲滅する時間が短くなればなるほど、雷風は尾行する時に使うエネルギーが増えていくのだ。
(こいつ……、わざとやってるのか……?)
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楓は、ただただ人造人間の殲滅にあたっていた。雨が降る中、滑らないように無駄な動きを極限まで減らしていた。そのためか、100体程の集団で屯っている人造人間を1秒もかからずに全て殺していた。
(とりあえずこの市の分は終わりかな……。……にしても、いつになったら会えるんだろ……)
楓はただ、真祖である雷風と再開することを望んでいた。日本にいる間はドイツ軍最高戦力、セフィロトのビナーではなく、ただの美澄 楓なのだから。
(もう、大声出してもいいよね……。誰も聞いてないだろうし……)
楓は大声を出して、雷風がいると仮定して語りかけた。
「いるんだったら!! 姿くらい見せてもいいじゃん!! ねぇ!! 聞いてる!? いるんでしょ!? 鬼頭 雷風!!」
この声を遠くから聞いていた雷風は、まだ疑っていた。
(行くべきか? 確かに俺の名前をフルネームで知っていた……。だが、もし本物なら……、俺の名前をどうやって知った……?)
神月達が義勇軍としてフランスへ向かい、そして楓に殺されたことを知らない。その死に際に雷風のことを話したことなんて以ての外。雷風には知る術がなかった。
(……とりあえず行くしかないか)
雷風は楓の元へ向かった。そっと、気づかれないように背後に近づいた。そして、楓と5mほど離れた所で立ち止まり、話し始めた。
「俺がどうした」
「その声……」
楓は振り向くと、雷風の方へ走って抱きついた。その唐突な行為に雷風は驚きながらも、安堵している楓の姿を見ていると不思議に自分も安堵していた。
「よかった……」
「ああ、そうだな……」
その後、30秒もの間、無言の時が続いた。だが、2人にとってその時間は必要な時間だった。安堵した感情を抑えるために、約束を果たせたことの嬉しさを抑えるために。
「とりあえず……、……着いてこい」
楓は雷風から離れ、雷風がビルの屋上へ跳ぶと、後を追うように跳んだ。
「とりあえず、お前は真祖の姫なんだな?」
「そうだよ。じゃあ、雷風は真祖ってことだよね?」
「そういうことだ」
雷風はロストエネルギーを使って探知していると、100体程の人造人間が他の区から飛んできた。
「敵か」
「行こうか?」
「いや、ここで待っててくれ」
雷風は刀を抜き、居合の体制に入った。
(ここから1km先……、数は127体。まだ姉さん分しかフェイルチーター取れてねぇからな……)
雷風は左手で柄を持ち、右手で風月の核を内蔵したフェイルチーターを触った。そして右手で鞘を持ち、抜刀する。
(斬撃の射出? その距離で?)
雷風の刀から斬撃が射出される。それを間近で見ていた楓は、1km離れている敵をその能力で倒せるのかと思った。だが、楓の思っている以上に、雷風のすることはえげつなかった。
(この斬撃は多分全部は倒せない。だから……)
雷風は空間を斬り始めると、その時に生まれた斬撃が全て、1体1体の人造人間に向かって音速で飛んだ。その時の体の動きは、真祖の姫として人造人間の域を遥かに超えた動体視力を手にしていた楓でさえ、捉えることができなかった。それに、飛んでいく斬撃のひとつひとつが、的確に核へ向かって飛んでいく。それはまさに、スナイパーであった。
(真祖の力……。いや、これは度重なる戦闘で得た経験値……)
雷風は刀を鞘の中に収めると、楓の方を向いて話した。
「楓、お前に聞きたいことが山ほどある」
「私もあるよ」
「じゃ、楓から言え」
「うん」
楓は少し間をおいて喋った。
「あの戦闘技術はいったい、どこで手に入れたの?」
「手に入れたというか、8割は教えてもらった」
「教えてもらった?」
「臨機応変に対応するのは自分の戦闘経験だ。それ以外は本当に教えてもらっただけだ」
「……誰に教えてもらったの?」
楓は、あれほど高速で刀を振り、正確に核を斬る程の高度な技術を雷風に教えた者について疑問を持った。
「誰に教えてもらった……、か……」
「言いたくなかったら言わなくてもいいけど……」
「いや、伝えた方がいいな」
雷風は楓の左右両方のこめかみを人差し指と中指で触ると、ロストエネルギーを使って記憶回路を繋いだ。繋いだ記憶回路を伝って、必要な情報を雷風は楓に送った。
(これは……)
楓は、自分の中に入ってくる情報を理解しようと頭を動かした。だが、雷風が送った情報の量は明らかに多く、楓は情報の整理をするだけで頭がいっぱいだった。
「それが教えてもらったことに関する情報だ」
「これが……」
「そう。今は理解するのに集中すればいい。その間は俺がこの区を護衛しておく」
「うん……、わかった……」
楓は考え込んだ。そしてその間、雷風はロストエネルギーを宮城野区と若林区の両方を覆うように広げ、探知を再開した。
(断罪者……、その先代……)




