78GF ついに始まる『文化祭』
9月17日、ビナーは成田国際空港に着いた。出発はフランクフルトから行っており、戦争中の国とは思えないほどの賑やかさであった。そして、ドイツから日本へ向かうとき、横にいた日本人にこう聞かれた。
「あなたも今から日本に帰るんですか」
と。ビナーは日本人なためよく間違えられるのだが、旅行目的である。だが、戸籍上では日本に住んでいることになっているため、YESと答えている。
(新幹線に乗るためにはまず東京駅に行かないとね)
ビナーは空港から出ると、タクシー乗り場にあるタクシーを捕まえ、東京駅まで走ってもらった。
「久しぶりなんですよ。日本」
「旅行者ですか? にしてはすごく流暢に日本語を喋りますね」
「まあ、日本人なので……」
(人じゃないけど……)
「あ、そうなんですね。だから流暢に日本語も喋れて、日本人顔をしているわけだ。納得です」
タクシードライバーはビナーが真祖の姫だということは全く知らないため、久しぶりに日本に帰ってきた日本人だと思っている。
「着きましたよ」
「ありがとうございました」
ビナーは代金を支払うと、東京駅の中へ入っていった。
(新幹線の予約も取ってもらってる。流石に自由席は日本と言っても治安が悪いって聞くから……)
ビナーは東北新幹線の指定席に座り、仙台へと向かった。
(窓を眺めれるところで良かった……。あの子、意外と私の性格わかってるのかな……?)
ビナーは窓から外を見ており、みるみる変わっていく景色に虜になっていた。山が見えると思ったら次には街が、そして大都会と、体を動かさずにこれ程速く進むのかと、ビナーは毎年思っているのだ。
(何年経っても日本の新幹線は安全で気持ちいいなぁ……)
ビナーは旅行を、何も考えずにしているわけではない。日本で名乗る名を全て「美澄 楓」としており、フランクフルトから成田国際空港に飛行機で移動する時も、成田国際空港から東京駅にタクシーで移動する時も、東京駅から仙台駅に新幹線で移動する時も全てだ。決して「ビナー」の名前を出してはいけない。まずまず、「ビナー」という名前はコードネームにしか過ぎないため、ビナーという名前を使っても戸籍が存在しないのだ。そのため、本名である美澄 楓を使っているのだ。
新幹線は仙台駅に着き、楓はそこで降りた。
(さて、1週間の余白が生まれてるんだよね……。これをどうやって過ごすかなんだよねぇ……)
(雷風を探すにしても、もしかしたら他の人造人間に自分の場所が逆探知される可能性もある。それにもし、雷風とコンタクトできたとしても周りに仲間がいるかもしれない。それがない時に会わないと……)
楓はホテルのチェックインを済ませると、仙台の町を、どこに何があるのかということを改めて把握するため走ることにした。だが、普通に走る訳もなく、ビルの屋上などを伝って走っていた。
(仙台の町はいつになってもいい町だね。人造人間もいない、上からの圧力もない、それに私を囲むものが何もない。軍人という職業からも今は解放されているわけだし、ドイツにとって悪いことをしなければただの旅行。……私も本名を使って、この人達と同じく普通に生活をする日は来るのかな……?)
楓は心配になりながらも、どこに何があるのかということを把握しながら走っていた。
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9月25日、文化祭前日の学校は忙しかった。当日のリハーサルを行うために学校が総力を上げて確認する。生徒達も不備がないか1つ1つ丁寧に確認、接客の最終確認のため学年ごとに回って確認、そして何より、メンタル面のチェックは欠かせなかった。
雷風達は今、メンタルチェックをしている先生の手伝いのため、生徒達のスクールカウンセリングをしていた。
「森下、文化祭についての悩みとかないか?」
「そうだな……。上手くできるかなっていう不安はある」
「上手くできるか不安か。ならこう思っておけ」
「どう思うんだ?」
「『失敗しないと人にはなれない』ってな」
「ロマンチックだな……」
「そうか?」
「それと雷風、そろそろ下の名前で呼んでくれよ」
「下の名前か……。……わかった、龍翔」
雷風がそう言うと、龍翔は少し微笑んだ。
「じゃあな」
「微笑むな」
「ひでぇな」
龍翔が部屋から出ると、雷風は少し経った後にその部屋を出た。
(やっぱり全員、悩みは『上手くできるか不安』なんだな。まあ、まだ慣れてないことをやるのは不安だろうな……)
「おーい、雷風ー」
雷風は教室へ向かいながら思っていると、前から慧彼と盾羽が声をかけてきた。
「疲れましたか?」
「いや、疲れはしねぇけど……」
「まさかさ、悩みが全員同じってことについて考えてた?」
「なんでわかった?」
「私と盾羽のところもそうだったから。そして悩みは共通して『上手くできるか不安』ってこと」
「俺も同じだ」
「まあ、そうなる気持ちはわかるよね。私達も最初の仕事の時はそうなったはずだから……」
「まあ……、そうですね……」
「俺も最初はそうなった」
「そうなるのは全員同じなんだね……」
教室に入った3人は、帰る用意を済ませた。
「私部活あるからじゃあね」
慧彼は体育館へ向かった。
「……私達はどうします?」
「……じゃあ、広場で待っておくか。どの学年であっても広場を通らないと下校できないからな」
「そうですね」
雷風と盾羽は、広場のベンチに座って風月達が帰るのを待っていた。
「待たせた?」
「ここに来てすぐだったよ、姉さん」
「ならよかった」
「霞さん、先行受験したんですか?」
「一応早稲田受験はしたよ」
「それで……、……受かったんですか?」
「30言語喋れる私を落とす人なんかそもそもいないさ」
「受かったってことでいいんですか?」
「まあすごく単純に言えば……、そういうことだな」
「とりあえず良かったです」
「それよりも、1番大切なことがまだ残ってるからな……」
「そうですよね……。明日からは仙台市防衛ですね」
靴箱に移動し、靴に履き替え、上靴を靴箱に入れて校門を出る動作を話しながらしている盾羽と霞は、歩くのが少し遅かった雷風と風月に声をかけた。
「先に帰っておきますよ?」
「ああ。先に帰っておいてくれ」
盾羽と霞は先に家に帰った。それを見た雷風と風月は、体育館の方を向いていた。
「慧彼達の様子でも見ていこうよ、雷風」
「わかった」
雷風と風月は体育館に向かいながら、突然襲った記憶についての話をしていた。
「ねぇ雷風……、あの記憶って……」
「言いたいことはわかるよ、姉さん。あれは姉さんと出会う前の記憶だと思う」
「だよね……。それにネイソンが関与していたってことは……」
「それに俺が真祖だという真実もある。姉さんはどう思ってる?」
「雷風が雷風なら私は真祖でもいいよ。だって雷風だっていう真実は変わらないんだから」
「やっぱり姉さんってさ、俺に甘いんじゃないのか?」
「甘くしてるつもりは無いんだけどなぁ……。やっぱり甘くなっちゃうのかなぁー」
「やっぱり姉さんは優しいよ。前から何も変わってない。あ、いい意味でね」
「この流れで悪い意味あるの?」
「念の為だよ。念の為」
体育館前に着いた雷風と風月は、慧彼と白夜、雫の3人が相手チームを圧倒している姿が見えた。それを見た雷風は、安心したような顔を浮かべた。
(これならあいつらは大丈夫だ……)
雷風がそう思うと、雫が雷風と風月の方を向いた。雫は雷風と風月に手を振ると、練習へ戻っていった。
「あいつ、余裕生まれて楽しそうにしてるな」
「そうだね。まあ、それは雷風も同じだけどね」
「俺ってそんなに楽しそうにしてる?」
「見たらわかるよ。普通の人からしたら全くわからないけどね」
「何か通じてる感じ?」
「そんな感じかな」
雷風と風月は校門から出て家へ歩いて向かった。
「あいつらが楽しそうにしててよかったよ」
「意外に雷風ってあの子達のこと気にしてるもんね」
「楽しくやってもらいたいだろ?」
「まあ、そうだけど……」
話しながら下校している姿を、ビルの屋上から楓は見ていた。
「あれって……、まさか……」




