70GF 絡まって消えない1つの楓 その3
「……案外簡単に出れた」
「うん。とりあえず……、ベルリンに来たから大丈夫だとは思うんだけど……」
2人の子供は、ベルリンの中でも特に観光客が多いミッテ地区にいた。大量の観光客が歩道を埋め尽くす。2人の子供の視線からは、その観光客達の足しか見えなかった。そう、身長差がかなりあるのだ。2人の子供はしばらく考えた後、話し合った。
「ここに留まっておくのも手だと思うんだけど……」
「いや、ここで留まっていたらあいつらに見つかる可能性がある。だから俺達は常に行動しておかなければならない……」
「もし見つかったら……」
「実験体としてこれからも使われていく。幸い、俺達にGPSはついていない。だから今いる場所にすぐ来れるわけではない。けどいつかはここに来る。だからその前に行動を起こす」
「どうやって……?」
「船だ」
「船……?」
「正確には貨物船だ。貨物船の貨物、それに潜んで日本に逃亡する。俺たちは元々日本人だ。それに、日本にはいい人が沢山いる。俺たちを助けてくれるはずだ。それに、実験体が逃げたとしても海外まで追ってくる可能性はゼロに等しい。だから、その貨物船にたどり着いたら勝ちだ」
「けどさ、その貨物船はいつ出るの?」
「それを探るために、今から港町のハンブルグへ向かう」
「ハンブルグに貨物船は来るの?」
「多分だが来る。それに賭けるしか今は無い」
2人の子供は、どうやってハンブルグに行くか迷った。
「とりあえずベルリン中央駅に行かないと始まらない……」
「けどさ、子供だけで乗れるの?」
「多分無理だ。そこでだ、観光客の日本人を探して同行させてもらう」
「なるほどね。同行させてもらったら料金を払うこともなく、更に子供だけでは乗ることが出来ないという弱点も補える」
「なら早速行動しようよ」
「そうだな」
2人の子供は、ミッテ地区で日本人観光客を探した。すると、意外と早く日本人観光客が見つかった。
「あの、すみません」
「どうしたんですか?」
日本人観光客はしゃがんで視線を合わせ、話を聞いた。その日本人観光客は、かなり礼儀正しく面倒見の良い性格をしており、側には子供が1人いる状態でも話しかけてくれた。
「ハンブルグに行きたいんですけど……、子供だけだと電車に乗れない可能性があって……」
「なるほど……」
その日本人観光客は立ち上がって考えた。
「お願いします!!」
2人の子供はそう言って日本人観光客へ懇願した。すると、その日本人観光客は2人の子供の頭を撫でて言った。
「わかりました。ハンブルグまではお金を出します。ですが、帰りは他の人に頼ってくださいね? 私達はそこまでしてあげることができませんが、他の日本人観光客さんたちはしてくれるはずです。では、私の子供と話しながら着いてきてください」
「あ……、……ありがとうございます!!」
2人の子供は深い礼をして感謝した。
その後、2人の子供はベルリン中央駅に着き、ハンブルグまで無事に連れていってもらった。
「ありがとうございました!!」
「いえいえ、こちらこそ子供と色々話してくれてありがとうございました」
「最後に名前だけでも聞いていいですか?」
「名前ですか……。鬼頭 風樹です」
「ありがとうございます。では、お気をつけて」
「そちらこそ」
2人の子供は、鬼頭家に別れを告げた。
「あの人、本当にいい人だったね」
「多分、あの人程いい日本人はいねぇよ」
「そうだね」
2人の子供は、急いで港へと向かった。すると、貨物を貨物船に乗せようとしているところが見えた。2人の子供は走った。あそこの中に入れば自由になれると思った。そう願っていたのかもしれない。だが、その思いはすぐに打ち砕かれるように現実を見せつけられた。
「残念だったな」
目の前にはネイソンがいた。
「逃亡をしたいのか。……なら1つ、お前らに選択肢をやろう」
「選択肢?」
2人の子供はネイソンを睨みながら聞いた。
「どちらか1人だけこの貨物に乗せて日本に逃がしてやる。もう1人は我々のモルモットになってもらう」
究極の二択だった。自分が行けばもう1人がモルモットにされる。もう1人が行けば自分がモルモットになる。それだけだったが、女の子供が即決してネイソンに言った。
「私が残る。せめて、君だけでも逃げて」
「いや……、舐めてんのか?」
「真剣だよ」
子供の顔とは思えない程その顔は真剣であり、覚悟を決めた顔だった。それに気づいた男の子供は、素直に現実を受け止めることにした。
「……わかったよ。だが1つ、約束だ」
「約束?」
「そう。約束だ」
「約束の内容って?」
「それはこうだ。『絶対に生きて、笑顔で再会する』それだけだ」
「……わかった」
女の子供は笑顔でそう答え、ネイソン達に連行された。
(生きててくれよ……)
男の子供は貨物に1人で入り、静かに日本へ向かった。
2週間が経った頃だろうか。男の子供は飲まず食わずで貨物に入っていた。まだつかないだろうか、まだつかないだろうかとずっと心の中で思っていた。体は限界であり、動くことは出来ない。日光も浴びず、酸素も尽きてきている。完全に密閉されている空間であるため、酸素にも限界がある。だが、男の子供は約束を守るために耐えた。自分が交わした『絶対に生きて、笑顔で再会する』という約束、絶対に守り抜かなければならないと思う強い根性が、男の子供を耐えさせた。
(着いたか……)
貨物が持ち上がった。そう、東京港に着いたのだ。貨物の扉は開けられ、少し経った後に男の子供はバレないように外へ出た。そして、男の子供は歩き続けた。江東区から中央区、港区、渋谷区、目黒区と移動を続け、世田谷区までたどり着いた。
(遠い……。俺……、どこまで歩いてんだ……)
雨が降っていた。その中でも歩いていたが、衣服がどんどん重くなっていき、歩くのも精一杯になってきた。そこで男の子供は多摩川にかかる橋の下で休憩を挟んだ。
(やばい……、寝る……)
その時、男の子供から記憶がストンと抜け落ちた。そして同時に寝た。
男の子供が起きると、まだ雨は降っていた。そして、目の前には1人の少女がいた。
「ねぇ、そこの君」
「?」
寝たが疲れが取れず、声が出なかった。そのため、首を傾げて自分かどうか示した。
「君に親はいないの?」
親の顔など知らない。知っているわけが無い。自分は捨て子であり、そしてネイソンに拾われ、実験体になり、ドイツから逃げ出してここにいる。そんな自分に親なんているわけがない。だが、男の子供にはその記憶がない。だから、自分が何者なのかすらわからない。そんな中、男の子供は首を上下に1回振ることで肯定した。
「そうなんだ……。じゃあさ! 私の家来ない? 楽しいよ?」
そう聞くと、男の子供は考える前に顔を上下に1回振っていた。
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記憶が繋がる。自分の失っていた記憶と、共有していた記憶が全て。その時に生まれた強烈な痛みが、雷風を襲っていた。
(まだ痛い……)
意識が徐々に戻りつつある。そして、完全に完全に意識が回復した時、目の前には昔の姿とは変わった、老けた顔をしているネイソンがいた。
「思い出したか」
「おい」
完全にネイソンが喋り切る前に、雷風はネイソンに質問をした。
「俺と一緒に実験を受けていた、あの女の子はどこに行った」
「あー。……今どこにいるなんて俺も分からない」
「……は?」
「俺は奴を、ドイツ軍に売った」
「……糞野郎が」
「なんとでも言うがいいさ。もう、すぐにお前は死ぬというのに」
「死なねぇよ。約束を果たすまでは……」
ネイソンは奥へどんどん逃げていく。だが、雷風は追いかけてはいけないと察した。すると、上から巨大な足が天井を突き破って現れた。
「鬼頭 雷風を確認した。お前を今から殺す」
雷風は、ネイソンに深い復讐心を抱いた。




