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断罪せし暗殺者  作者: ひょうすい
第4章 グラジオラスは存在を明確に表し始める
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68GF 絡まって消えない1つの楓 その1



 産まれてすぐに捨てられた。それは誰の子なのかわからなく、死にかけの状態で路地裏で泣いていた。次第に泣く声すら上げられなくなり、路地裏で朽ち果てて死ぬ社会の負け組なのだと思った。



 「赤子か。期待はしないが使えるな」



 その時、一人の男の声が聞こえた。外国人だが日本語を流暢に話す。男は少し若く、28歳のように見えた。産まれて少ししか経っていないため、考えること、話すこと、動くことが出来なかったのだが、本能がそうなのだと感じた。幸い、周囲の環境が見え、聞こえ、感触があるだけマシだと思った。

 その男は名前のない自分を拾い、キャリーケースに入れた。外の空気と中の空気を自動で入れ替えてくれる機械を内蔵している防音のキャリーケースであり、赤子1人を入れるには丁度いい大きさだった。センサーを通すと普通の荷物が入っていると誤認され、普通に通せる優れものだが、普段使いには少し不向きである。

 思考することが出来ない赤子は、その中でじっとすることしか出来なかった。だが、外の音が聞こえるのだ。外から聞こえることはなく、中からは聞くことが出来るという不平等なキャリーケースの中にいる赤子は、周囲の声で日本語を学んでいた。



 「ネイソン・ブラッドレール、今帰った」



 連れ帰った男の名前はネイソン・ブラッドレールと言う。名の知られていないドイツの研究者である。

 ネイソンはドイツ語でそう言い、周囲もドイツ語で話し始めた。赤子はドイツ語を学び始めた。

 人間は、生まれ育った環境の語学を自然に覚えるという。それは幼少期に色んな語学を聞いていると、色んな語学を覚え、そして語学の学習能力が格段に上昇するらしい。それに今の赤子は当てはまっており、ほんの数十時間で覚えたのだ。だが、喋るのにはまだ時間がかかる。喋れないと感情をうまく伝えることができないことを、この赤子はまだ知らないのだ。



 「白銀、少し来てくれ」


 「わかりました」



 白銀 誠。ネイソン・ブラッドレールの考えたプロジェクトに直接関与している研究者であり、ネイソンに色々助言もする博識な人間である。



 「日本で拾ってきた子だ」


 「実験に?」


 「そうだ」


 「こんな赤子を何の実験に使うんですか?」


 「何の実験だと? 前回の会議の内容を忘れたのか?」


 「いえ、忘れていませんが……。……まさか、本当にあれをやるつもりですか?」


 「ああ。赤子の状態の子供は成長するスピードが著しく速い。だからそれを利用して、ロストエネルギーの真の能力と赤子を限界まで改造して人智を超えた力を手に入れさせる実験。真祖化実験(しんそかじっけん)だ」


 「ですが……、それにはもう1人の実験体が必要なはず……」


 「そう。だから性別の違うもう1人を連れてきたのだ」


 「なら良かったです。真祖化させるには王と姫が必要ですからね」


 「エネルギーとして覚醒させるには2つの媒体を共鳴させないといけない。実験体自体に繋がりは全く必要ないが、何せ媒体がないと始まらない。とっとと始めるぞ」


 「いえ、それにはまだ時間が必要なようですよ」


 「どうした? 白銀」


 「この子達が生まれてからどれだけ経っているか調べないとそれはまずまず成立しません。半年以上が経過していないと……」


 「忘れていた。そうだったな」



 その時、2人の赤子は別の部屋へ連れていかれた。そして検査を数時間行い、ネイソン達が常日頃研究を行っている部屋へ戻された。



 「1人は半年が経過してましたが、もう1人はまだ93日しか経過してませんでしたよ。危なかったですね。また実験の媒体を探しに行かないといけませんでした……」


 「感謝する。白銀」


 「とりあえず今が2月23日だ。つまり、5月20日まで待てばいいわけだ」


 「そうですね」


 「白銀。それまで設備の点検を欠かさずやれ。いいな?」


 「わかりました。他の者達にも伝えておきます」



 白銀は他の研究者たちにも伝えた。一方、2人の赤子は状況を理解できるわけがなく、ただそこにいるしかできなかった。



 「赤子は同じ出身地でなくてはならない、赤子は違う性別でなくてはならない、赤子は生まれて半年から1年の間の子でなくてはならない、赤子は少しの友情を築かなければならない。条件は沢山ある……。だが、これを成功させなければならない……」



 2人の赤子は、そう言うネイソンを間近で見ていた。ネイソンは赤子の前で愚痴を零すかのように言い、少し感情的になっていた。



 「科学者として、これを成功させれば戦争に貢献するに違いない。俺はこれで成功させて世界に名を挙げ、巨額の富を築き、歴史に名を残す……。そのためなら俺は犯罪にでも手を染める……。……それが俺の道だ」



 弱みを見せて尚、自身を奮い立たせる光景に圧巻された2人の赤子は、少し脅えながらもこれが大人の決断なんだと思った。我が道を進んだ先にある覇者の光景。それを見ようと足掻く1人の男の姿は、覇道を進もうとしていた。だが、1人の男であるネイソンは知らない。決して近道だけが、望む所へ辿り着く方法ではないのだと。そして、近道をすれば必ず失敗をすると。



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