60GF シモツケなこと
7月22日、8時47分。慧彼と盾羽は喫茶店でコーヒーを嗜んでいた。慧彼と盾羽のいる喫茶店は行きつけの店であり、この時間帯は人がいることはほとんどないで秘境なのである。しかも日曜日ということもあり、日曜日の朝から外に出ようとする大人はほとんどいないのである。そのため、その喫茶店には慧彼と盾羽しかいないのである。
「いつものお願いします」
「私もいつもと同じメニューでお願いします」
「承知いたしました」
行きつけということもあり、いつものメニューで通じるのだ。
「さて、とりあえず夏休みにすることは決まったね」
「はい。まず、慧彼さんの妹として死体を人造人間として構築されている慧羅さんのこと。そして、雷風君の正体について。これですね?」
「そうそう」
「まず、慧羅さんを人造人間に変えたネイソン・ブラッドレール。彼は現ドイツの大統領。そして、何も功績を残していませんがすごく有名な科学者。それが何故か」
「人造人間についての論文を発表したから……」
「それである可能性は高いです。学会にそれを見せた時、非人道的と反対されたから引き下げられ、有名になったということですかね……?」
「けどさ、引き下げられたんだったら有名にならないよね……?」
「そうなんですよ。そうだとしたらネイソン・ブラッドレールがあのように有名になり、ドイツの大統領になれるはずがないんです……」
「君達、何か困ってるのかい?」
喫茶店の店長が慧彼と盾羽の元へ現れた。店長は70代前半の白髪の髪をしたおじいさんであり、謎に貫禄がある見た目である。
「すんごく困ってますね……」
「ネイソン・ブラッドレールが有名になった理由……、知りませんか?」
「ネイソンが有名になった理由……。ちょっと待ってよ……」
店長は思い出そうと上を向いて腕を組んだ。
「思い出した思い出した。ネイソンは大量の寄付を困った国にしてたんだよ」
「……寄付ですか?」
「そう。それの額が大きすぎてドイツの国民から心配されてた。それでも諦めずに寄付を続け、自分の身が滅びる直前まで続けていた。それを見たドイツの国民は彼を信用し、ドイツの大統領選で大統領になったんだよ」
「パッとしない理由だけど……」
「それがもし本当として、学会に論文を発表したということを知ってはいますか?」
「ネイソンが? 彼は確かに科学者だった。けどねぇ……、……そんなことしたか?」
店長には、ネイソンが論文を学会に発表し、それを学会が引き下げたという記憶がなかった。
「いえ、わざわざありがとうございます」
「そうか……。まあ、悩み事解決するといいな」
「はい、頑張ります」
店長はキッチンへと戻っていった。
「知られてない……」
「……わかりましたよ」
「え?」
盾羽は何か分かったように慧彼に話しかけた。それに驚いた慧彼は、少し嘘だと思ってしまった。
「ネイソンは学会に提出したこと自体を隠蔽している……。それに、学会にとっても公表してはいけない程残酷な内容だったから、人造人間の製作方法の論文を発表したという事実を双方の同意の上で隠蔽している……」
「けど、それには理由が……」
「それの理由が大統領ですよ。それほどの禁忌を犯した人間がドイツの大統領だという事実を国民に知られてみてください。パニックでは済みませんよ。テロやデモが横行する羽目になるかもしれません」
「それに、学会側に国際政治に精通する人がいたのでしょう。その人が学会内で口にしたことで発表が隠蔽された。それにはネイソンも賛同し、口裏を合わせている……」
「ネイソンと学会の人達は世界政治を安定させるために隠蔽しました。けど、それが日本に。いや、世界全体に大きな影響を与えていることを学会の人達は知らないんです」
「白銀 誠か……」
「20年前に出所し、白銀 誠という弟子をとってロストエネルギーを発見した。そこから人造人間を製作し、学会に発表した。そしてそれを隠蔽し、困った国に大量の額を寄付することで善人を演じ、ドイツの大統領に成り上がった……。……みたいな感じですかね」
「もしそれが本当だとしたら……、戦争中のドイツはどうなるんだろ……」
「それが今、一番危険なリスクなんです。だから、今が1番ネイソンの真実を公表してはいけない。そういうことです」
「とりあえず、その情報は世間に公表させずに行動しなきゃいけないってことだね」
「もしこの町で戦闘が起こった場合、マスコミに報道される前に戦いを終わらせないといけません。つまり、速攻で敵を倒す。それだけです」
その時、喫茶店のドアが開いた音がした。ドアを開けた時にはベルが鳴るのだが、まさにその音が鳴ったのだ。慧彼が座っているところからは、入ってきた者が誰なのかがわかる。
「……」
慧彼は黙ったまま、喫茶店に入ってきた者をただただ見ていた。移動するその者を、慧彼は目で追う。盾羽は慧彼のその姿を見て不審に思ったのか、入ってきた者を見た。
(慧彼さんと似てる……。身長は同じくらいですかね……?)
喫茶店に入ってきた者が振り返って慧彼達の方を見ると、盾羽は目を見開いてその者を見た。
「襲う気はないよ。お姉ちゃん」
「そう……」
「座ってもいい?」
「いいけど……」
盾羽は視界にいる者が誰なのか、話した内容を聞いた瞬間に理解した。目の前にいる者が、慧彼が殺した実の妹であり、ネイソン・ブラッドレールに死体を改造されて蘇生された、裁断 慧羅だと。
「裁断……、慧羅……」
「あ、知っててくれました? どうも、裁断 慧羅です」
慧羅は慧彼の横に座り、盾羽の方を見た。
「ここに来た理由は2つあります。1つは、マイマスターであるネイソン・ブラッドレールからここをオススメされたから」
「ここは火曜日以外毎日営業している、平日はとても繁盛する喫茶店。それに反して休日だけは何故か人が激減し、このような状況になる。マイマスターは普通に昔、常連だったからオススメした。それに従って私は来ただけ」
「そして2つ目、鬼頭 雷風に用があるから来た」
慧羅の言葉を聞いた時、慧彼と盾羽は一気に慧羅を警戒した。
「そんなに警戒しなくてもいい。ただただ話がしたいだけ」
その時、店員が2つの料理を持ってきた。
「モーニングDメニューです」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
店員は料理を机にそっと置き、足早に裏へ戻っていった。話している姿が、周りから見ると威圧が強いように見えたのであろう。そう考えると店長は肝が座りすぎているような気がするが……。
「残念ですが、雷風君は現在やることがあるので……」
「やること?」
「そこまでは教えられません」
「それは残念。協力しようと思ったんだけど……」
「雷風は何でも1人でやろうとする人間だからね、手伝おうとするだけ無駄だと思う。よっぽど出来ない場合は私たちにまず頼む。慧羅、あなたのことを雷風は信用出来ないと思う」
「ならいいや。とりあえず、ここの料理は絶対に食べたい。違う席に座るよ」
「そうしてくれた方が店側は喜ぶよ」
慧羅は別の席へ向かった。
「とりあえず、私達はさっとに食べてさっと帰りましょう」
「そうだね」
「ですが、嗜むのも忘れずに」
「忘れないよ。逆に嗜まなかったら喫茶店に来てる意味がないからね」
「それもそうですね」
慧彼と盾羽はコーヒーや料理を嗜み、足早に帰った。慧羅が喫茶店に来るとは思ってもいなかった慧彼と盾羽は、慧羅が後ろを追ってきてないか確認をしながら帰宅した。
「ただいま」
「ただいまです」
「おう、おかえり」
雷風はリビングのソファでくつろぎ、風月と白夜、雫の3人はスマホゲームを楽しみ、霞はベランダでタバコを吸っていた。
「それで雷風君、やることというとは終わりましたか?」
「進んだっちゃ進んだ。けどな、肝心なところが進まねぇ」
「肝心なところですか?」
「ああ」




