57GF 人ならざる者のアプリコット
「……殺す」
慧彼は小さな声でそう言うと突然、目の前にいたはずの慧羅と名乗る者がいなくなっていた。
(……どこにいった?)
一方、慧羅と名乗る者は上空にいた。
(危なかった……。流石にもう能力を使うしかないか……)
慧羅と名乗る者は背後の空気を固くし、足場のように斜めに配置した。それを蹴って慧彼の方へ全速力で移動し、持っていた槍を使って慧彼の核を突き刺して殺そうとした。
(上か)
慧彼は、慧羅と名乗る者が上から攻撃をしようとしていることに気づき、間一髪のところで上へ避けた。
(あの時点で上へ避難できるってことは……、空間に関する能力……。それにもし空中に瞬間移動したとして、そこからはただ落下することしか出来ないはず……。……なら宙に足場のようなものを作ってる?)
慧彼は空間に関する能力だと予想し、宙に1本槍を生成し、その上に乗った。槍が落ちることはなく、ただただそこに留まらせていた。
一方、地面から慧彼を見上げていた慧羅と名乗る者はどうやって攻撃しようかと考えていた。
(能力を発動させたんだったら……、これも使えるはず……)
慧羅と名乗る者は手の上で能力を発動し、解除させた。
(テスト完了。これなら有効打を与えれるはず……)
慧羅と名乗る者は能力を発動させ、慧彼より高い場所へと瞬間移動した。
(瞬間移動……、まさか……、……空間を削ってる?)
慧彼はそう思い、自身より上で浮いている慧羅と名乗る者に、両手に持っていた槍を慧羅と名乗る者へ向けて投げた。一方、能力を発動させようとしていた慧羅と名乗る者は、発動させる前に槍が飛んでくると考え、持っていた槍で防ごうとした。だが、その瞬間に槍は慧彼によって消された。
(このタイミング……、性格悪い……)
慧羅と名乗る者は咄嗟に空気の壁を生成し、飛んでくる槍を完璧に防いだ。慧彼は、その防御方法で完全に慧羅と名乗る者の能力を把握した。
(空間を削り取ったり、空間の断面の強度を高くすることで壁や床を生成させる能力か……)
慧彼は自分が乗っている槍を自分が乗ったまま発射させ、慧羅と名乗る者に当たる直前に上へ飛んだ。勢いはそのまま斜め上に飛んだことで、慧羅と名乗る者の背後を完全に取ることができたため、慧彼は槍を大量に生成して慧羅と名乗る者へ一斉掃射した。
(槍をそのまま飛ばした!?)
慧羅と名乗る者は驚きながらもその槍を掴み、槍の勢いを完全に殺した後に、背後から飛んでくる大量の槍をひとつひとつ叩き落とした。
(昔と変わらず大胆なことするねぇ……、お姉ちゃん……)
慧羅と名乗る者は大量の槍を全て叩き落とすと、慧彼が後ろを振り向きながら大量に槍を生成し、それを自分の方に飛ばしてくる姿が見えた。慧羅の手元にあった槍を使いそれを全て叩き落とした後、慧彼はすぐに着地したことを見て、空間を削って慧彼の目の前まで瞬間移動した。
(それをすることは既にわかってたよ。慧羅)
慧彼は目の前にいる者を慧羅だと認めるしかなかった。繊細かつ大胆な行動をする慧羅の姿を、幼少期の記憶を合わせて見てしまったのだ。だが、慧彼は慧羅を落ち着かせるしかないと思い、動きを止めようとした。
慧彼は上へ飛び、慧彼のいたところで槍を振る慧羅を見た。そこに慧彼は上から飛び蹴りを放ち、地面に叩きつけた。
(上……!!)
慧羅は地面と激突し、少し宙に浮いたところを慧彼に飛び蹴りを放たれ、ビルの外壁へと飛ばされた。
「なんで生きてるの? 慧羅」
慧彼は上から慧羅を見下ろす体勢で見た。
(お姉ちゃんにはもうバレてるかも……。……言うしかないか)
「私は確かに死んだ。うん、確実に私は死んだ。お姉ちゃんに頼んで殺してもらった。けど、私の亡骸は燃え尽きる前に回収された」
「回収? 誰に?」
「ビルドを作った者の先生、ネイソン・ブラッドレールに回収された」
(ネイソン・ブラッドレール……。まさか……)
「ドイツの大統領?」
「そう。何を思ったのか、マイマスターは私をドイツまで運んだ。そしてたくさんの人体実験を行い、擬似的に蘇生が完了した。銃で脳味噌を撃ち抜かれたのにね。私もびっくりした」
慧羅は立ち上がった。そして慧彼の耳元に近づいて、こう静かに話した。
「鬼頭 雷風。彼は人間じゃない、もっと高次元にいる生命体だ」
慧羅は姿を消した。慧彼は周囲を見回したが、どこにもいなかった。その時、慧羅は猛烈な殺意が湧いた。
(ネイソン……、私はあいつを殺す……)
すると、雷風が慧彼の元へ走ってきた。
「おい、どうなった?」
「……いや、去っていったよ」
「そうか。……じゃ、夕飯の買い出し行くぞ」
「う、うん……」
慧彼には、ネイソンへの殺意と慧羅の言葉に対する動揺の、2つの感情が入り交じっていた。それに全く気づかずに、夕飯を何にしようか考えている雷風の姿を見て、慧羅の言葉を疑った。
(雷風がもし、人間ではないもっと高次元にいる生命体だとして……、それがなんでこんなに人間生活に溶け込んでもバレないんだろ……。……実際言われるまで全くわからなかったし、嘘なのかな……?)
信じようとはした。だが、雷風の言動からは高次元にいる生命体だという証拠が全くなかったのだ。高次元にいる生命体の特徴が何なのか。それが疑問で仕方がなかった慧彼は、歩くスピードを徐々に落としていた。
「おい、考え事か?」
雷風は慧彼に向かって言った。だが、その声は慧彼には届かなかった。そのため、雷風は慧彼に近いて肩を軽く揺らした。すると、慧彼は正気を取り戻したかのように雷風の方を見た。
「え? 何?」
「いや……、……考え事してたのか?」
「まあ……、……してたね。けど大したことじゃないからいいよ」
「そ、そうか……。じゃあ行くぞ」
雷風と慧彼はスーパーへ向かった。




