56GF クサギは残酷に動くもの
7月21日、16時28分。雷風は夕飯の支度をしようとスーパーへ向かっていた。すると、あることに気づいた。
(……エコバッグ忘れた)
手元を見て、何も持っていなかったことから気づいたのだが、気づかなかったらそのままスーパーに入っていたと思い、急いで家に帰ろうとした。
(……上か)
上から何かが降ってくる。雷風はその気配に一瞬で気づいた。それは人型であり、雷風に向かって高速で降ってきていることは確実であった。雷風は上を見ることなく落下地点から離れ、着地と共に落下地点の方を向いた。
一方、慧彼はビルの屋上にいた。常に2人で外出しなければいけないというルールが雷風達の中にあるため、雷風の付き添いとして慧彼も同行していたのだが、雷風が慧彼に「離れて動け」と言ったために、慧彼はビルやマンションの屋上を伝って移動しているのだ。
慧彼も上から降ってくる者に気づいていた。その者は雷風に明確な殺意を向けており、慧彼は立ち止まって警戒し、雷風の方を見ていた。
「お前が鬼頭 雷風か」
車道に着地すると同時に、瓦礫が宙を舞った。瓦礫はその者を守るように舞い、雷風からはその者の顔が全く見えなかった。その状態で話されても、雷風はただただ警戒してその者を見ること以外、できることが無かった。
「まあ……、……そうだな」
「そうか」
「お前の名前はなんなんだよ。聞いたんだから聞かれるくらい、別にいいだろ?」
「まあ……、いいが……」
その者が名前を口にした。その時、慧彼はビルから飛び降りた。
「裁断 慧羅だ」
慧彼は明確な殺意を慧羅と名乗る者に向けて放った。慧彼は能力を発動し、アンバーの瞳をマルーンの瞳に変化させた。宙に大量の槍を生成し、雷風に当たらないように慧羅に向けて一気に放った。それを慧羅と名乗る者は後ろに下がって避けた。
慧彼は着地すると同時に雷風の元へ近づき、一言だけ告げた。
「あいつは絶対に殺す。なんとしても」
「そうか。じゃあ家帰ってスーパー行ってくるわ。夕飯はコロッケだ」
雷風はその場から姿を消した。
慧羅と名乗る者は慧彼に話しかけた。
「久しぶり。お姉ちゃん」
笑って話しかけてくるその者に、慧彼は悪寒と悲しみと、恨み、殺意を同時に向けた。自分が殺した愛する妹。その名前を侮辱という意味で使う目の前の者を、慧彼は許すことなど決してできなかった。
「……どこでその名を知った?」
「え? 声が小さくて聞こえないよ」
「……どこでその名を知った!!」
慧彼は怒り、慧羅と名乗る者に近づいた。すると、同じ距離を保つかのように後ろへ下がるその者。
「え? 生まれた時に、私のお姉ちゃんである裁断 慧彼に殺された父と母から名付けられたんだよ。生まれてすぐに知ったよ」
「からかってる?」
慧彼はドス黒い声で、体から大量のロストエネルギーを放出した状態で、慧羅に向けて威圧を放った。首を少し傾げて、ピリついた顔をして、慧羅を見た。その姿は歩行者に留まらず、車に乗っている者達も会話を止めて慧彼を見るほどの威圧であり、この空間には誰もいたくなかった。
「からかってなんかないよ。ただただ事実を述べただけ」
「事実を述べるだけでもからかうことはできるんだよ。私の知る慧羅はこんなに性格悪くなかったよ!!」
慧彼は空中に槍を大量に生成し、それを一気に慧羅と名乗る者へ向けて放った。慧羅と名乗る者は、最初に来た槍を掴み、その後に来た大量の槍を掴んだ槍で叩き落とした。そしてどんどん来る槍の中から1つの槍を慧彼の方へ走りながら掴み、残りの槍を全て叩き落とした。
全ての槍を叩き落とした後、すぐに上へ飛んで槍を慧彼に向けて放った。だが、槍は慧彼が生成したものであり、それを消す権利も慧彼にある。慧羅と名乗る者の手から離れた瞬間に槍を消滅させ、2つ目の槍も同様にした。無防備になった慧羅と名乗る者に、慧彼は脇腹に回し蹴りをした。
(……強い。けど、能力を発動させるまでではないか……)
慧羅と名乗る者はそう思った。慧彼は確かに強い。だが、能力を発動するまで強い敵ではないと思ったのか、能力を発動させることは無かった。
一方、慧彼は怒りに満ち溢れていた。そのため、慧羅と名乗る者を殺すためになら何をしてでも殺すと誓った。目の前で対峙している者が慧羅だと、慧彼は信じられなかった。信じたくなかった。信じてはいけないと思った。死人が生き返ることはない。決してない。何度も生き返って欲しいと願った。だが、それは叶わぬ幻想であった。それ知っているから、目の前で慧羅と名乗る者がいることに怒りが隠せなかった。
(……なんで今なんだよ!!)
慧彼は槍を大量に生成し、慧羅と名乗る者へ向けて放った。
一方、慧羅と名乗る者はビルの外壁でうまく受身を取り、慧彼の方へ走った。その道中、大量に槍が襲ってきたため、さっきと同じく槍を1つ掴み、自分の方へ飛んでくる槍を叩き落としながら走った。スピードこそ落ちるものの、それが一番安全に近づく手段なのだ。
(同じ手は通用しないよ。お姉ちゃん)
慧羅と名乗る者は慧彼に近づき、槍で1突き核にくらわせようと槍を突き出した。慧彼はそれを見越して、槍を突き出す瞬間に上へ飛んだ。慧羅と名乗る者より後ろへ行くことで、慧羅と名乗る者の体制が崩れると思ったのだ。そして空中で槍を生成し、慧羅と名乗る者に向けて放った。後ろからの攻撃のため、慧羅と名乗る者はすぐに振り返って、槍で叩き落としながら後ろへ下がった。
(数で攻められるのはちょっときついかもな……)
そう思いながら後ろへ下がっていると、慧彼が鬼の形相で突進してきた。慧彼の両手には槍があり、いつでも刺せるような体勢になっていた。その速度は後ろに下がっている慧羅と名乗る者とは段違いに速く、一瞬で追いつかれた。
「……殺す」
慧彼は小さな声でそう言うと突然、目の前にいたはずの慧羅と名乗る者がいなくなっていた。




