205GF ケルンの痕跡
10月3日にあったケルン事変は、ケルン大聖堂近辺を滅茶苦茶にした。その痕跡は、5日が経った今でも消えることはない。
ロストエネルギーで歪に隆起した地面は、太古累代の地層から影響を与え、地表の形を変えた。ロストエネルギーで生成された、ケルン・メッセ/ドイツ駅を丸ごと消し飛ばした推定標高300mの火山は、アルプス・ヒマラヤ造山帯の一角を成すように、地球に影響を与える。
大量の人造人間がそこで散ったことにより、ケルン一帯ではロストエネルギー汚染が発生し、5年は並の人造人間では近づけないようになった。ケルンの地下では、今でもシェルター内で避難を続けている人がいる。が、今のヨーロッパに逃げ場などはない。北に逃げてもイギリスが、東に逃げてもロシアが、南に逃げてもイタリアがいており、唯一の逃げ道であるフランスに行こうにも、ケルン自体がロストエネルギー汚染の影響で地上に上がれないため、必死に地下を掘り進めていくしかない。が、それすらも博打である。マントルから地上に向かって、マグマが常に地上へ向かっている場所が複数存在する。そのため、掘り進める方向を失敗した時点で死亡が確定するという、ケルンにいた者はほぼ確実に死亡する状況に追い込まれていた。
雷風はケルン事変の時、人間がいることを知っていた。そのため、その人たちを救おうと、汚染の影響を受ける前にフランスへ避難する計画を密かに立てていた。
「こ、これは……」
ケルン事変で何があったのかは知っていた楓だったが、想像以上にケルンが荒廃していることを今知り、驚愕していた。開いた口が塞がらない。
「これが、ケルン事変の影響だ」
雷風自身も、こうなった原因を作った1人であることを自負している。だからこそ、人を救うために行動したのだ。
「戦争は、できればしてほしくないところではある。だって戦争の先に生まれるのは、結局悲しみしかないからな」
「悲しみしか生まれない……」
悲しみしか生まれない。その誰にでもわかるような言葉で、楓は様々な想像をする。
「悲しみがあったその先に、人は様々な答えを見せる」
「答え?」
「そう。復讐と放棄、そしてその両方に当てはまる『連鎖』だ」
殺されたことによって生まれる悲しみは、復讐として形を変える。天災によって生まれる悲しみは、放棄として形を変える。そして、その2つは色んな姿へ形を変えながら、結局辿り着くポイントは、復讐と放棄の「連鎖」なのである。
雷風は楓を連れ、人が避難している巨大シェルターへ向かう。その途中にもたくさんの戦闘の痕跡があり、2人はそれを噛み締めながら歩む。
「……で、雷風はなにをしてるの?」
雷風は歩きながら、ロストエネルギーを発生させている。楓には、汚染地域外からロストエネルギーでトンネルを作っているように見える。
「これか? フランスに逃げるための経路を作ってあげてる。これがないと、普通の人間は当然、一般の人造人間すら死に至らしめる」
「ロストエネルギー汚染になりうる要素を弾いてるって感じ?」
「まあ、そんな感じだな」
「……ちなみに、その汚染になりうる要素ってのはどういうやつ?」
「恐らく、人造人間内に入っている、有毒物質を除去するリモーバル機関だろうな。人造人間が死んだ瞬間、スターベンに姿を変えてうんぬんかんぬんって、前に釧路で見たような気がする」
「気がするって……」
リモーバル機関。人造人間の核に内蔵されている、体内にある有害物質を消滅させる。その代わり、人造人間の死亡と共にリモーバル機関はスターベンと呼ばれる気体の有毒物質へと姿を変え、大気中に解き放たれる。そして、リモーバルが大気中の2%の濃度に達した時点で、人間の体は瞬く間に崩壊し、死に至らしめる。
雷風が今、空気中のスターベンをその場から一時的に除去し、人が死なない生命線を築いている。人造人間の特性を完全には理解していなかった楓は、雷風がしている作業を手伝うことしかできなかった。
「それ知ったのが釧路なの?」
「そうだな」
雷風は、釧路で戦ったことを思い出す。
「釧路って、人造人間においてそんな大事な場所だったんだ……」
「まあ、重要ではあったな。どこかの誰かさんが拠点にしちまったせいでな」
「どこかの誰かさん……?」
「ネイソンだよ」
「なるほど。あのジジイね」
楓はネイソンがやりそうなことを思い浮かべると、色々な状況が浮かび上がってきた。
「ネイソンがまた新しい何かを作っていた?」
「そう。名前は死体人形っていう、死体を利用した人造人間だった」
「だったってことは、もう片付けたんだ」
「そうだな。そこでネイソンをこの手で殺した」
「……それっていつ頃?」
「7月後半くらいか……?」
名取、仙台での戦いと、釧路での戦いを思い出す雷風。
「スターベン蔓延地帯はだいたいいけたか」
「じゃあ、これから救助ってこと?」
「そうだな。そのままフランスまで突っ切ってもらう」
「……ねぇ、雷風。それって結構距離あるんじゃない?」
「結構どころじゃない。めちゃくちゃ距離ある。けど、それは頑張ってもらうしかない。暫くフランス、ドイツに戦火は訪れないしな」
雷風と楓は、人間が避難していると言われる地下シェルターへ向かう。その間も汚染から防ぐためにトンネルを作り続けていた。
地下シェルターは、ケルンにある地下鉄の駅と駅の間にある非常扉の向こう側にあった。雷風と楓は非常扉の目の前に立ち、扉を勢いよく開ける。
「誰だ……!?」
「……構えないで? 味方だからさ」
咄嗟に銃を構える避難民に、雷風はそっと両手を前に伸ばして落ち着かせる。
「そりゃ、そんな強引に入るからでしょ」
「そうか?」
「絶対そう」
すると、ケルン事変の際に助けた人者がそこにいた。
「あ、あの時の……」
「ん? 誰?」
「ここで起こった騒動の時、助けてもらった者です」
「あー、あの時の」
「みんな、この人は敵じゃない。何せ、ケセドとコクマーを倒した人なんだからな」
その者がそう言うと、避難民は態度を変え親切に扱うことにした。
「ここからあんた達を出しに来た」
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トンネルを利用し、避難民たちを誘導してフランスへ向かってもらった雷風と楓は、ケルンの街並みを改めて見る。
「これも人類史に残る、負の歴史になるんだろうね……」
「まあ、この惨状はな」
荒れ果てたケルンを見て、改めて戦況の過酷さを知る。
かつて仲間であったケセドとコクマーが、死力を尽くして戦った末の結果であることはわかっている。愛国心もそれなりにあったが、それでもこの街を散々にする程暴れなければならなかった。その相手であった雷風も、そして、その原因を作った戦争の首謀者も、この惨状を糧に、戦争をしないと誓わなければならない。私もまた、この惨状を見て、これ以上みんなをあんな目に遭わせたくない。もう二度と、こんな目に遭う人をいなくさせるために、私は戦う。
「もうそろそろ日も暮れるし、帰るか」
「あ、待って。フランスで寄りたい場所があるの」
「わかった」




