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断罪せし暗殺者  作者: ひょうすい
第7章 三正面作戦
204/206

204GF 仏を守る責務



 命とは、その者が有したたったひとつの、かけがえのないものである。

 何のために、それを享受するのか。

 何のために、それを使うのか。

 何のために、それを知るのか。

 何のために、それを奪うのか。

 悟りを開いて尚、その解釈は統一されることはなく、これまでの経験が価値観を変える。価値観は良い意味でも悪い意味でも、人生を大きく変えていく。



 命は畏怖として、壊されてゆくものでもある。



――――――――――――――――――――――



 まず雷風と楓が向かったのは、フランス中央部に位置するオルレアン。

 1428年10月12日から1429年5月9日、ジャンヌ・ダルクという名が後世に語り継がれるようになったオルレアン包囲戦が、オルレアンで行われた。イングランドが優勢だった百年戦争で、初めて大きな勝利を挙げた地である。「そして、ジャンヌ・ダルクの処刑場所もここである。」

 1つの英雄がここで活躍し、散った。そんな場所で2人は、ジャンヌ・ダルク教会を目の前にして曇った空を見上げている。



 「天気はどんよりしてるのに、気分はなんだか晴れてる。なんでだろ……?」


 「気分だけはジャンヌ・ダルクが晴れさせてくれてるんだよ」


 「天国からかな?」


 「それは知らん。……もしかしたら、天国からじゃないかもしれないしな」



 死んだ者はどこに行くかなんて、現世にいる者はわかるはずがない。……が、どのように解釈するかは自分次第。雷風と楓は、今まで自分達が殺してきた命の数々を思い浮かべ、この地で捧ぐ。



 (もう、過去と清算する時なのかもな……)


 (もう、あの過去とはおさらばかな……)



 どこにいるかも分からない聖女ジャンヌ・ダルクに、2人は心の中でそう問いかける。返事は帰ってくるはずがない。ジャンヌ・ダルクはここにはいない。が、見守ってはくれるだろう。

 振り返ると、そこにはジャンヌ・ダルク像がある。かつての活躍を称えると共に、人々の後悔が募った錯雑の像である。

 神の言葉を信じ、勇敢な顔をしているジャンヌ・ダルクだが、決して揺るぎない人間ではなかっただろう。「聖女」「神の子」そう崇められ、同じ人として扱ってはくれない。そんな聖女としての人生を自ら望んだのだろうかと、俺は疑問に思う。平々凡々な俺達とは違い、立派な人間だったんだろう。だから、戦いにも積極的に参加し、勝利に導いたのだろう。

 ジャンヌ・ダルクがどのように歩んだのか、私はあまり知らない。けど、この像からどれほど崇教されてきたのかはわかる。フランスのために尽くし、殉教したのだと。マルタと並ぶレベルの聖女ぶりだと言うことは知っていたけど、その影響が実際に及んでいる姿を見るのは、初めてだった。神を信じ、国を導いたその姿を、私は見習わないといけないのかな……。17年も過ごした、実質祖国を裏切った私も……。



 「……じゃ、行こう」


 「ああ」



――――――――――――――――――――――



 ヴェルサイユ宮殿。かつて、ルイ14世、15世、16世の3世に渡って住み続け、ナポレオンもそこに住み、更にたくさんの貴族が訪れていた、フランス王国の絶対王政を象徴するような建築物である。また、世界遺産にも登録されており、豪勢な見た目と釣り合うような豪勢な歴史を持つ。

 ヴェルサイユ宮殿内にあるル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ、またの名を「王妃(おうひ)村里(むらさと)」に、雷風と楓はいた。



 「ここが、マリーアントワネットが建てさせたとされる場所か」


 「池のほとりなんだね」



 宮廷生活の厳しさから逃げるために作られたこの場所は、マリーアントワネットの心を休ませたとされる。彼女が送ったとされる「農民の生活」は、本来の農民の生活とはかけ離れたものであり、困惑させていたとされる。また、マリーアントワネットは「フランス革命の行く末を全て見せられた後」に処刑されたため、「後悔はなかったが、せめてみんなの声は聞きたかった」と、後に処刑人シャルル=アンリ・サンソンが遺している。余談だが、「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」という発言は、マリーアントワネットのものではない。

 マリーアントワネットが実現したかった農民の生活。それは、王族貴族の生活とはかけ離れたかったが故の妄言。もしくは、地位闘争に疲れ、農民の生活に憧れたが故の齟齬なのだろう。



 「マリーアントワネットって、14歳で結婚したらしい」


 「14歳? まだ中学生じゃん」



 スマートフォンでマリーアントワネットを調べて、楓に教える雷風。当時の王族はそれほどに地位闘争に明け暮れていたのだろうと、楓は少しその状況を寂しく思う。



 「14歳なんだから、もうちょっと自由に生きてほしかったけどね」


 「……楓も不自由だったろ」


 「いや? 軍人の訓練を除けば案外自由だったよ」



 芝生に座り込んで、湖に反射する灰色の空をそれとなく見る2人。虚ろにも見えるその目は、何を映しているのだろうか。



 「フランスの女性偉人って、だいたい処刑されてるのな」


 「確かに。ジャンヌ・ダルクは火刑で、マリーアントワネットはギロチン……、怖くない?」


 「火刑は知らねぇけど、ギロチンはその時革命的な処刑方法だったらしいぞ」


 「あれだよね。痛みが一瞬しかないから苦痛を与えないとかどうとか」


 「確かそんな感じだったな」



 すると、雷風はスマートフォンで調べ始める。



 「ちなみに、火刑は凶悪犯にしか使われない処刑方法だったらしい。ジャンヌ・ダルクはフランスを裏切ったとして、魔女と判定されたらしい」


 「ジャンヌがいなかったらフランスは確実に負けていたのにね……」


 「ジャンヌ・ダルクが裏切ったっていう事実はなくて、後で無罪に判定が覆ってるらしいぞ」


 「その結果の殉教……。虚しいね」



 輝かしい歴史と、その輝かしい歴史に隠れた暗黒の歴史は、フランスという国を象徴するものと言わざるを得ない。が、それを受け継いでいかなければならない。それを含めて、これまで守られてきたフランスを、次は自分達が守らなければならない。そう感じた2人は、緊張感を持つようになった。



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