201GF 泡沫の記憶 -悪夢-
鬼頭 雫。羅刹天。私にはその前にも名前があった。
惑星ウィザードという、魔法がとても栄えた星に、私は生まれた。別名、魔法星。そこに住む者は「魔導士」と呼ばれ、惑星ウィザードの大気環境もあり、通常の人間よりも寿命が500年ほど長い。
惑星ウィザード初代皇帝の子孫として、私は生まれた。名前は霜峯 繭。沢山いる次期皇帝選挙候補の1人である「霜峯 翔也」の第3子で、末っ子だった。
初代皇帝の霜峯 縣真は、惑星ウィザードを繁栄させ、惑星ウィザードという惑星全土を掌握した皇帝である。その名誉もあり、沢山の妻を娶り、沢山の子を産んだ。私はそのうちの道を辿った、沢山あるうちの1人である。
初代皇帝は魔法の才能が輝いており、努力も怠らなかった、全世界において5本の指に入るレベルの技術を持つ魔法使いだった。その才能は子孫にも受け継がれており、私の兄弟も、その才能を若くして宿していた。--が、私はそれを宿していなかった。それに気づいたのは、11歳の頃だった。
「魔力の爆発的上昇、まだ繭だけ来てないわよ」
母はプレッシャーを毎日、与えてきた。初代皇帝の子孫だということもあるだろう。兄弟は、8歳の頃には既に魔力の爆発的上昇を経験しており、それを駆使して魔法の技術向上に充ててきた。が、私にはそのチャンスがない。
「お父さんの次期皇帝選挙に影響するでしょう?」
母にとって、そんなことはどうでもよかった。今回の次期皇帝選挙に出馬する候補者は8人。その全てが私の叔父である。母は父を選挙に当選させ、皇后になることが目的だろう。少しでも、父の顔に泥は付けさせないつもりなのだろう。母についてはよくわかっていなかったが、これだけははっきりしていた。
『父が皇帝になる上で、私は邪魔なのだと』
私はそれを理解し、その上でこの状況を呑んだ。
「母上にとって、父上とはどんな存在ですか?」
母について、私はあまりにもわからなかった。よく知るはずの人なのに、未知の存在と何も大差がない。未知の存在よりも長い期間を共にしていることもあり、余計、母については恐怖による禁足感を持っていた。
母は兄弟には甘く、私には途方もなく厳しい。愛の欠片も感じたことはない。その原因はいったい、何なのか……?
「あなたは、私たち家族にとって、ただの足枷でしかない」
ああ……、愛なんて、欠片もなかったんだ……。この瞬間だけ、私は少し母という存在に期待してしまった。私は限りもなくバカなのだと理解した上で、母含め、家族についての期待を全て失った。
「そうですか……」
その夜、私は霜峯家を去った。
私は、仮にも皇帝の孫という立場。俗世に出ることはほとんどなかったため、路頭を彷徨っていた。記憶が曖昧な頃、この時の記憶だけが残っていたのだろう。期待を背負って生まれた癖に、その期待は全て失う運命にあったのだと。そして、期待は冷笑に変わり、蔑む。
(魔法……)
空を見ると、隕石や宇宙由来の未元物質の落下を防ぐための、何重にも隙間なく敷き詰められている防御膜があった。この星を廻している全ては魔法。この星にいる限り、魔法から逃れることはできなかった。
霜峯家から出てから1ヶ月が経った。両親は私がそもそも存在していなかったことにし、国民にもそれを刷り込ませ、洗脳する。「最初から、私という存在はいない」「霜峯 翔也の子供は、最初から2人しかいない」と。
「私がここにいる意味なんて、とっくにないんだ……」
といっても、この星から出る術はなかった。星を囲む防御膜は、さっきも言った通り何重にも、隙間なく敷き詰められており、通ることなんてできない。それに壊そうとしても、そもそも魔力で通常の防御膜とは比にならないレベルの魔力が込められているため、壊せない。仮に壊せたとしても、1枚壊した瞬間、魔法警察が壊した者を魔法を行使し全力で捜査し、追い詰められ捕まる。防御膜破壊は国家安全保障法違反として、死刑が確約されている。そのため、壊したとしても死ぬのは確定している。逃げ場など、そもそもこの星にはなかった。
1年、2年、3年と、私は惑星ウィザードを転々と歩きながら、無名の放浪者として生活していた。見捨てられた魔法も、少しずつ扱えるようになってきた。私の兄弟は、既に皇帝直属魔法警察隊の入隊は確実らしい。こう見れば、才能の差は歴然としていた。
とある居酒屋にて、私は酒を飲まずにのんびりしていた。
「酒、飲まないのかい?」
「アルコールの耐性はあまりないので……」
「そうかい? じゃあいいんだが……」
「この空気が好きだから、ここにいるんだ」と、口にするのは恥ずかしい。だから言えずに、ただただ適当に言い訳をして、居酒屋で時間を潰している。
「いらっしゃい」
「あー、そこのカウンターの端っこにいる子、ちょっと寄越して」
唐突に、居酒屋に入ってきた全身が白い女の人は、私を指したような言葉を店主に言う。
「呼ばれてんぞ。何か因縁か?」
「いや、全く知らないです」
「ほんとにか?」
「はい」
「……まあ、とりあえず行ってやれ。危なくなったらここに入ってこい」
「わかりました」
私は白い女の人の元へ向かった。
「じゃ、そこの席座ろっか」
初めてだった。私を名指しした人は。母ですら、私を曖昧な感じでしか呼ばなかった。
私は女の人の正面に座ると、女の人は頬杖をついて一言。
「ここからは小声で話すよ」
女の人は声を小さくして、話し始める。
「あなた、霜峯 繭でしょ?」
「……なんで知って?」
名前を知っている。つまり、私が皇帝一族の人間だと知っている者。目の前の人は、私にとって危険人物だと理解した。
「待って、警戒はしないで。攻撃する理由はない」
「そう言われても、私には攻撃する理由があります」
「はぁ……」
女の人は溜息をつくと、一瞬にして、どこからか剣を生成し、私の首元に当てる。
「殺そうとすれば何時でも殺せる。けど、私には攻撃する理由はない」
女の人は剣を消す。
「だから、話くらいは聞いて」
異常な圧だった。声にやる気はなくても、殺意は微塵も感じなくても、何かを経験した、非常に重厚な圧を感じた。私を包み込み、支配されている感覚だった。
「単刀直入に聞くよ。あなた、この星から出たいんでしょ?」
女の人は、そこでニヤリと笑う。
「どうやって……?」
出る方法など、ない。魔法でも、この星を出た瞬間に感知され、死刑となる。逃げる方法など、この星にはない。
「私ね、この星の人間じゃないから」
女の人はそう言うと、立ち上がって唐突に私の手を引き、金を机に置いて颯爽と居酒屋を出た。
「私に掴まってて」
言われるがまま、私は女の人の手を掴む。掴むしかなかった。
「じゃ、ちょっとだけ目、瞑っといて」
「わ、わかりました……」
言われた通り、目を閉じた。
「はい、目を開けて」
何も変わらない、というより、1歩も動いていない。何が起こったのか全くわからなかった。
「ようこそ。自然の惑星、地球へ」
惑星ウィザードは夜だった。それなのに、目の前に広がるのは、フェーン現象によって青く広がる空。そして、雄大で青々とした、野原がどこまでも広がっている。地平線が見える。
「魔法のない景色はどう?」
「魔法のない、景色……」
信じられなかった。魔法のない、自然が溢れる姿を見れるとは、思いもしなかった。『皇帝の孫』『霜峯家』『両親』その全てを、完全に気にしなくても良くなった。そう思うと、自然と涙が零れる。
「泣くほどだった?」
「それはもう……」
「まあ、君の誕生日プレゼントには、丁度良かったんじゃない?」
今日は私の誕生日、言われるまで気づかなかった。何年も気付かずに放浪していただけの人間に、誕生日などただの記号でしかなかった。
「せめて、名前くらい聞いてもいいですか?」
「私? リーレ・スターベン。じゃ、私の信頼できる人の元に送ってあげる」
その言葉を最後に、私は神と思えるリーレさんとの会話は終わった。
続いて目の前にいたのは、医者特有の白衣を着た青年だった。
「リーレさんが言ってたのはお前か。……にしても、本当に座標ピッタリに送ってくるのな。……あ、お前は気にしなくてもいい」
青年は私の背中を押し、大きな入れ物に私を入れる。
「魔法が嫌なんだってな。じゃ、俺がそれを丸ごと奪ってやるよ。魔法のない世界に、魔法なんて必要ない」
「……え?」
「理解しなくてもいい。が、ひとつだけ言う」
入れ物の蓋が閉じ始める。
「魔法の才能は、初代皇帝よりもあると、リーレは言っていた。才能がいつ開くかは、お前次第だ」
「魔法に裏切られたんじゃない。お前はただただ、大器晩成型なだけだ」
その言葉を機に、私の記憶はぶつりと終わりを告げた。




