200GF 泡沫の記憶 -遡上-
「んなもんかよ!!」
「うっさい!!」
目の前で激闘が繰り広げられ、その衝撃波によって前髪が激しく揺れる。が、前髪を揺らす当の本人は、戦いを一切見ずに考察を始める。
(魔法円っていう情報があるのなら……)
どこからかわからないが、いつの間にか雫が、自身の能力について「魔法円」と口にしていた。そのため、俺達はそれをまるで当たり前かのように使っていた。が、よくよく考えてみると、魔法円なんておかしい話であろう。ロストエネルギーという未知のエネルギーを、様々な用途で使えるようになった今、魔法円という超非科学的現象をすんなり受け入れていたのがまずまず、まあおかしい。この能力にした天城 神月は何を考えてたんだろうか……。
過去に雫の記憶を閲覧した時に得た情報と、今手元にあるフェイルチーターの情報を照らし合わせると、雫は言葉の通り「魔法円を生成し、それを行使する能力」を持つ。が、俺は、今判明している雫の能力を「大きな元の能力の、たったひとつの追加効果」なのではないかと考える。スマートフォンで言うと、数ある機能のうち、今判明している情報が「通話機能」しかないということだ。
科学社会となっている今、俺はひとつの可能性が思い浮かぶと同時に、今までの全ての研究がパーになってしまうということが頭の片隅に過る。じゃあそれはなんなのか。答えは単純。『魔法』である。魔法円という単語から連想される言葉。魔法円という言葉を、もう少し一般化された単語で表すと「魔法陣」となる。
魔法陣と言えば、魔法を発動する上で大事な要素の一つだと、幼稚園児や小学生、中学生、高校生の間の子どもは誰しもが思い浮かぶだろう。特に厨二病患者は。が、もし本当に魔法なのであれば、この世に魔法が存在してしまうことになる。
人造人間が持つ能力というものは、必ず、何かを生成するか、操作するかのどちらかに属する。その2択に共通することは、「この世に存在するもの、こと」。雫の能力が魔法を操ることなのだとしたら、そうなってしまうということだ。恐らく、ネイソンであっても、この事実を聞いたら正気になれないだろう。3時間くらいは逆立ちをしているだろう。なぜなら、今まで解明してきた科学の全てが、全く新しいものによって、その全てが否定される可能性が現れたからだ。魔法が与える森羅万象への影響は、ロストエネルギーの前例によって危惧されているだろう。だからこそ、この世の全ての科学者は狂喜乱舞するか、自殺か、放心状態のどれかを選ぶ。
恐らく、雫の能力が魔法を使うものだというのは当たっている。ほぼ確実にこれだろう。が、そうなると必要なのは「魔力」だ。魔力はロストエネルギーで補完可能なのか。これが最も大きな、最も重要な論点である。雫は能力を発動する時、確かにロストエネルギーを使っている。が、それがただの習性だとしたら? 全く関係ないにも拘らず、身体を強化するとかいう無駄なところにロストエネルギーを使っていたらとすると? そういう癖になっていたらどうする? 様々な疑問が頭の中に浮かび上がる。「じゃあなぜお前は使えるんだ?」と思うかもしれないが、もし、俺もロストエネルギー、ブレイクエナジー、ラーシエンとはまた別に、魔力(仮称)を持っていたとすれば? そうなると、また話は振り出しに戻る。魔法に関する記憶を見ただけ、記憶を基に俺が魔力(仮称)を使って魔法を使っているだけの可能性がもちろん存在する。その場合、俺も無駄にロストエネルギーを使っていることになる。
今まで話した全てのことを確かめるためには、今目の前で戦っている雫を、徹底的に観察しなければならないということ。が、今、目の前で起こっている戦いは、既にアクセルモードの全速力の速度に到達しており、今の俺には到底目で追える速度ではなくなっていた。流石に、光にも届き得る速度を目で追えるわけではない。
「どっちにしろ、あいつらには戦わせて正解だったな……」
目の前ではとんでもない速度で火花が散る。夏の夜であれば、打ち上げ花火と間違われてもおかしくはないほど。--雷風はこの状況下で、2人の戦いを観察するために、
「大和、駆動」
アクセルモードに突入する。同時に目にロストエネルギーを集中させ、普通では見えないロストエネルギーでも見える状態にする。
「吹っ飛べ」
アクセルモードに入った瞬間だった。雫は目にも止まらぬ早さで魔法円を形成し、身体を下から上へ通す。雫はその瞬間に白夜を、盾代わりにしていたアトミックアニーごと蹴り飛ばす。その瞬間、雫は一切ロストエネルギーを使っていなかった。
(あれは能力なんかじゃない。魔法なのか……。……魔法なのかはわからんが)
ロストエネルギーによって発生する能力とは全くの別物であると、今の一瞬で結論付けた雷風は、そのまま観察を続ける。
もし、本当に魔法なのだとして、天城 神月によって人造人間にされるより前に、魔法を覚えたのだろう。そこで重要になるのが、さっきまとめたあの記憶のこと。
『--家、5人家族。父はいなく、女手一つで4姉妹を育てていた。私はその中で末っ子であり、名前は--。家の内装は今の日本と大して変わらない様式だけど、一度外を出てみると、そこには大量の魔法円があり、魔法円を使って人々は生活していた。
外は常に黒い空に覆われており、人は少し間隔を空けて巨大で透明なドームを構築し、その中に都市を形成している。そこは地球ではない、太陽系でもない、天の川銀河でもない、別の遠い、遠い銀河の星。その名は惑星--。
--学校の3年生だった私は、かなり成績の良い児童だった。成績の良いといっても、どれが得意科目だったのか、どれが苦手科目だったのか、どれが好きな科目でどれが嫌いな科目だったのかは覚えていない。成績がいいという結果しか、私の記憶にはなかった』
これのこと。「--家」、「名前は--」については後にして、「惑星--」ということは、少なくとも雫はこの星の人間ではなく、魔法もこの星に元々存在するものではなく、過去に失われたロストテクノロジー、又は科学よりも先進的な次元に存在する概念なのか。そして、「--学校」ということは、推測に留まるが、「魔法について学ぶ何かしらの学校」だということ。仮に魔法学校としておこう。魔法学校で学んだということは、少なくとも魔法の扱いに慣れているということ。体がそれを無意識に覚えているとすれば、今の状況と合点がいく。……かなり無理矢理だが。
この推測……、いや、もう少しイキった言い方をしよう。この考察が合っているのなら、あとは雫の記憶を戦いによって戻すだけで、能力の開発が成功する。……これは白夜の時より難しい。何せ、未知の領域の話だからな。
「観察はいいか……。あとは記憶が戻るまで、白夜に頑張ってもらうだけ……」
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あれから4時間が経った。白夜も、雫も、ロストエネルギーが限界まで使われ、一時期なオーバーヒート状態となっている。共に床で倒れ、意識は何とか保っている状態。その状態の雫に、雷風は話しかける。
「大丈夫か?」
「ら、雷風……?」
何とか保っている状態、正常とは言っていない。怠惰な雷風が止めなかった結果がこれである。
「そう、雷風。鬼頭 雷風」
すると、雫は何かを思い出したかのように上半身を勢いよく起き上がらせる。
「記憶、ほとんど思い出したよ」
「本当か!?」
「うん。白夜のお陰かな」
雷風と雫は、仰向けで倒れている白夜を見る。意識は混濁としているのか、それとも明瞭としているのかは、パッと見ただけではわからない。が、これほど長く戦ったことに満足しているのか、口角は上がっている。恐らく、あれは本当に喜んでいるのだろう。他の皆にも見せてあげたいくらいである。
「じゃあ、聞かせてくれ。思い出した記憶の全てを」
「……わかった。けど、15年分もあるよ?」
「ああ。構わん」
その瞬間、ベルシー・アレナの入口が勢いよく開いた音がした。
「あ、雷風。やっぱりここかぁ……」
声の正体は、雷風が最も愛する存在。愛することを強制された者の声。
「楓? なんで連れてきてるんだよ……」
「いいじゃん。賑やかで」
楓の後ろには、慧彼、盾羽、霞、風月、ダルタニャン、アトス、アラミス、ポルトスの姿があった。フランス陣営の全員が今、ベルシー・アレナに揃った。
「まあ……、ギャラリーが増えたが構わず話してくれ」
「わ、わかった……」
話を聞くと同時に、ベルシー・アレナの空気がどっと静寂に包まれた。




