199GF 遠い、遠い、遠い記憶。
白夜は3分も時間をかけ、雫が戦闘モードに入ると無意識で戦うことにやっと納得する。が、そうなると、またひとつの疑問が生まれる。それは「能力の開発」である。
「能力の開発って何?」
「能力の開発か? お前で言うと、エネルギーを操る能力を使った加速能力。簡単に言ったら、アクセルモードとアナイアレーション」
身近に出てくる例を用いると、白夜は簡単に理解してくれた。
「まあ、白夜に関しては新しい概念を、ロストエネルギーを元にして創り出すだけでよかった。だから簡単だった」
「それって簡単なの?」
「いや、難しい。けど、雫に比べたら数段階も簡単だ」
サラッと言う雷風を前にして、白夜を驚きが静かに、漸次的に襲う。驚きは白夜の喉元を襲い、一気に口の外へ脱出する。
「ま、まあ……。規模感が分からなさすぎてどんなリアクションとればいいのかわかんないけど、『やばいんだろうなぁ……』ってのはわかるよ」
語彙力を喪失しつつある白夜を外に、雷風は既に能力の開発に頭を切り替えていた。
「……て、無視かよ!」
雷風はルーアン市街地戦の頃を思い出していた。唐突に頭の中に流れた、非科学的現象が当たり前とする街並みの記憶。そして、その現象を雷風もその場で使えたということ。更に、その時に使っていたフェイルチーターは、雫のものだということ。
あの記憶は確実に自分のものではないと、そう確信していた。ネイソンと戦った時に思い出した全ての記憶の中に、そんな非科学的な記憶はなかった。というより、そんな記憶を入れ込む隙間がなかった。ということは、この記憶は楓のものか、雫のものということになる。
現在、楓とは、風月や雫とは別回路の記憶回路、思考回路を共有している。ちなみに、一時的なものである。そのため、基本的に楓の記憶と思考は雷風に筒抜けになっている。もちろん、その逆も然り。が、楓の記憶を見ても、そこにはない。
(あの記憶は雫のもんか。……どこで見た?)
知ろうとするが、現在、雫との記憶回路と思考回路のパスは途切れている。その原因は精神状態と考える。今の雫は、6月の雷風よりも精神状態が悪いのだろう。かなり心の内で抱え込み、その結果として記憶回路、思考回路共にシャットアウトしている。
「雫、昔の記憶って覚えてるか?」
「昔の記憶?」
唐突に聞かれた質問は、大雑把かつ具体的なものではなかった。が、雫はどの頃の記憶なのか、だいたい予測がついた。
「まあ……、あるよ。実は、無意識に戦ってる間に、徐々に記憶が蘇ってた。……まだ一部だけど」
「一部でもいい。今はとりあえず教えてくれ」
「わ、わかった……」
雫は頭の中にある、改造される前の記憶を全て捻り出し、話を始める。
「私が何歳の頃かはわからないけど--」
『--家、5人家族。父はいなく、女手一つで4姉妹を育てていた。私はその中で末っ子であり、名前は--。家の内装は今の日本と大して変わらない様式だけど、一度外を出てみると、そこには大量の魔法円があり、魔法円を使って人々は生活していた。
外は常に黒い空に覆われており、人は少し間隔を空けて巨大で透明なドームを構築し、その中に都市を形成している。そこは地球ではない、太陽系でもない、天の川銀河でもない、別の遠い、遠い銀河の星。その名は惑星--。
--学校の3年生だった私は、かなり成績の良い児童だった。成績の良いといっても、どれが得意科目だったのか、どれが苦手科目だったのか、どれが好きな科目でどれが嫌いな科目だったのかは覚えていない。成績がいいという結果しか、私の記憶にはなかった』
「今、覚えてるのはこのくらいかな」
雷風は、その微かに覚えている記憶を頼りに、情報の整理を行った。が、それでも記憶の欠損が大きく、決定的なものがわからない。
「なあ、雫」
「どうしたの?」
「無意識の戦いをすれば、記憶が蘇っていくのは本当か?」
「まあ……。確証はないけど、私の中ではそう結論づけるだけのものがあるの」
雷風は、雫の確かな自信を持った顔を見て、白夜の方を向く。
「よし、白夜」
「……んぇ? あ、はい。なんすか?」
絶対に今の会話を聞かず、ぼーっとしていたであろう返事をする。
「さっきの話……、聞いてなさそうだな」
「That's right.」
「じゃ、簡潔に伝えるわ」
白夜は何が何だかわからない感じで聞く。
「ロストエネルギーが尽きるまで、雫と接戦で戦え」
「任せて」
1秒も立たない間に白夜は戦闘体制に入り、雫が戦闘体制に入る前に回し蹴りを放った。
「油断してんじゃねぇよ」
壁に激突した雫は、突然のことすぎたが攻撃されたことに苛立った。
「あー、はいはい」
(今は怒って無意識に戦うのが最善……。逆の意味でのアンガーマネジメントしないと……)
意識して怒ること、それはかなり簡単であり、難しいことである。表面的に怒ることはとても簡単であるが、本心から怒るということは難しい。雫はそれをわかっていた。しかし、これをしなければ目的は達成されない。その事実にも苛立ちながらも、その怒りを増幅させた。
「ぶっ殺す」
再び始まる2人の激突。雷風はその間に、必要な情報を頭の中で整理していた。
(必要な情報は、魔法円から発せられる謎の現象の仕組み。そして、それを構成する元の物質……)




