196GF 慢心が故の呪縛
仏独戦争は苦い後味を残して終戦した。この結果に満足した者は、少なくともフランス側にはいない。ドイツ軍を離反した楓ですら、この結果に満足しなかった。逆に、少し怒りを残したまま終わった。
翌朝、雷風達はある作戦を立てるために会議室に集まっていた。
「俺は今、めちゃくちゃ怒ってる」
雷風は地図を広げながら、全員に語り掛ける。
「だから俺は、イギリスとイタリア、ロシアの3ヶ国に対して同時に侵略する作戦を立案する」
雷風の言ったことに対してあまりリアクションしない慧彼と白夜、霞、雫、ポルトスに対し、一度頷いたものの、すぐに雷風の顔を見て驚く盾羽、純粋に驚いているダルタニャン、アトス、アラミスの3人、そして全てを知っている楓、風月と反応がそれぞれ変わっていた。
盾羽はその発言を正面から受け止めると、溜息をついて雷風のやりたいことの全貌を理解する。だが、ダルタニャン、アトス、アラミスは何がなんだかよく分かっていないため、雷風は説明を始める。
「作戦名は、『三方向同時攻撃作戦』と言ったところだな。略して三正面作戦」
雷風が考えた作戦の全貌はこうだ。
『大前提として、本作戦の対象はイギリス、イタリア、ロシアの3ヶ国とする。
フランスの防衛には三銃士が担当することにする。ドイツから長期間防衛しきった実力があるためである。
第一工程として、鬼頭 雷風と美澄 楓が最速でロシアを無条件降伏させる。理想時間は10時間。そのため、2人で超電撃戦を展開する。その間に瑠璃 霞、鬼頭 風月をイギリスへ、裁断 慧彼、護神 盾羽、満月 白夜、鬼頭 雫をイタリアへ進軍準備を終わらせておき、出来れば進軍を開始する。
第2工程として、超速度で無条件降伏させた鬼頭 雷風はイギリスへ、美澄 楓はイタリアへすぐに向かい、戦線に合流する。三正面作戦を二正面作戦へすぐさま移行する。
第3工程はイギリス、イタリアのどちらかが無条件降伏すれば、すぐにまだ戦っている戦線へ合流する。
全ての工程に共通することは、フランスの防衛ラインを絶対に突破させないことである』
これが書かれた資料を全員の端末に送った雷風は、広げた地図を用いて説明する。
「フランスからロシアの首都、モスクワまで俺達は主要都市を全て落としながら向かう。その中で、必ずロシアの主要戦力である枢要罪の人造人間が現れる。まあ、見つけ次第全部倒しながら向かう。ロシアの件は俺と楓に任せてくれ」
淡々と話が進んでいるが、ダルタニャン達はまだ話の整理がついていない。
「待て待て。お前ら2人でロシアを降伏させるのか? しかも無条件?」
ダルタニャンは顔の前で指を組み、両肘を机に置いて話し始める。
「無条件降伏がどれだけ難しいことかわかってるのか?」
「ああ。敵の戦闘能力が完全になくなった時に使う唯一の手段だろ?」
「まあ、間違ってはないが……」
ダルタニャンは雷風の作戦に対して苦言を呈する。それにはいくつか理由があるが、そのひとつが無条件降伏を強制させるということ。これには圧倒的な武力を必要とする。例え真祖と真祖の姫だとしても、ロシアの武力を完全に捩じ伏せるのは不可能だと考えた。最高の質より圧倒的な数が有利となる戦争では、不利だと考えた。
「ロシアは核を持ってる。お前らが侵攻したとなったらその瞬間に核を撃たれて先にこっちが負ける」
「それに関しては大丈夫だ。これを見てくれ」
雷風は全員の端末に、更にひとつの資料を送った。そこには、ロシアの保有する核の数と、核の保管場所と実験施設の場所がロシアの地図に書かれた主題図があった。
「ここに書かれてあるのが、今ロシアにある核の全部だ。総数18273基。その全ての発射権を俺が占領した。万が一、発射された用に目的地を優先的に主要都市に設定してある」
「用意周到って訳か」
「んで、第2工程は俺達の速度が結構関係すると思っている。まあ、この辺は問題ないと思う」
すると、慧彼は雷風に質問する。
「私達はただただイタリアに進軍することを考えたらいいの?」
「そうだな。イギリス侵略組とイタリア侵略組は自分達の作戦のことだけを考えてくれて構わない」
「OK〜」
慧彼と盾羽、白夜、雫の4人は立ち上がり、イタリア侵略について考えるために違うデスクで話し始めた。霞と風月も同じようにまた違うデスクで話し始める。
「さて、俺達に関しては方針を決めるくらいでいいか。後は枢要罪を片付けて、モスクワを降伏させるくらいしか必要事項がないからな」
「寒さ対策しないと」
「いつも着てるコートで問題ないはず……。どんな寒さでも対応したはずだからなあれ」
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「さて、イギリス侵略か……。どうする?」
霞は風月に全体的な方針を聞く。だが、風月もまだそこまで決めているわけではなかった。
「どうするって言っても……、雷風が来るまでは2人だし、あまり目立った行動はしたくないよね」
イギリスに行ったことがある霞は、ロンドンまでかなり手薄なことを思い出す。
「……もしかしたらだけど、ファルマスから上陸したらノーリスクでロンドンまで行けるかもしれない」
「……ファルマスってどこ?」
「イギリスの南西部の端っこ」
地理に弱い風月に教えた霞は、潜伏するように進軍することに決めた。
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「まさか自分達から進軍するとは思わなかったよ」
「しかも自分達で作戦考えるとはね」
慧彼と白夜は楽観的に今の状況を見て話しているが、盾羽と雫はこの状況をかなり深刻な状況だと考え、真剣に話を進めようとしていた。
「慧彼さん、白夜さん。実はこれ、結構重要な作戦ですよ」
「え? ガチ?」
白夜は思わず横にいる盾羽の顔を見る。盾羽はかなり真剣な顔をしており、続いて雫の顔を見るとまた真剣な顔をしていた。最後に目の前の慧彼の顔を見ると、慧彼もいつの間にか真剣な顔になっていた。
(いや、慧彼はなんでだよ)
「12星座だっけ? 2体くらいなら相手にできそうだけど……」
仏独戦争で経験したセフィロトとの戦いは、間違いなく彼女達を強くした。だが、セフィロト達の敗因のひとつは今、彼女達が抱いている慢心である。
雫は純粋に思ったことを発する。慢心もあるが、雫からすれば経験則であるため、この答えで案外あっているのかもしれない。だが、白夜は雫の発言が少し引っかかった。
「雫。もしさ、12星座の中で私みたいな縦横無尽に動き回り続けられる、超スピードタイプがいたらどうする?」
「え……?」
白夜の予想した通りの反応だった。
「12星座の中にはめちゃくちゃ強い奴らがいるかもしれない。じゃないと、あのホドがあっさり負けるとは思えない」
白夜は、自身が認めた程の速さと硬さを併せ持つホドが、あの戦火であっさり散ったとは考えられなかった。楓の中継映像が現実のものだとしたら、よっぽど強く、そして速い敵がいたのだろう。
「雫のその言葉、撤回させる。来いよ」
白夜はギロっとした、今にも雫を殺しそうな目で挑発する。慧彼と盾羽はどういう状況なのかよく分からなかったが、とりあえずその流れに任せることにした。
「いいよ。白夜のそういうとこ、初めて見た」
「じゃ、今から移動だな」
話を全て聞いていた雷風は白夜と雫の喧嘩を見届けるため、ベルシー・アレナに向かった。




