182GF マジノ線攻防戦 その3
慧彼がカールスルーエ郊外に到着すると、見覚えのありすぎる者が視界に入る。直接戦ったわけではないものの、自分より強い味方2人を相手に終始圧倒していた存在。そんな怪物の姿が脳裏に深く焼き付いていたため、姿を見ただけで少し後ずさってしまう。
(マルクト……)
気づかない間に後ずさっていたことを足元を見て初めてわかった慧彼は、知らないところで怖気付いているのかと心の中で自分に聞く。だが、自分に聞いたところで帰ってくる回答はわかっている。怖い。それ以外の回答がない。
これまでの戦いを思い出して、自分が弱い存在なのだと充分に思い知らされた。だから私は、マルクトという大きな壁を前にした今、恐怖の感情が全面に溢れ出すんだろう。雷風は私を殺す気で戦ってはいない。だからどれだけ力を使おうが殺される未来はなかった。けど今、マルクトと対峙すればいつ殺されるかわからない。私より強い盾羽とアラミスが2人がかりで戦っても劣勢になる相手を、私が1人で戦っても無駄死にするだけ……。
「慧彼さん、行きますよ」
その声が聞こえたと同時に、立ち尽くす慧彼の背中に痛みが襲う。慧彼は痛みを与えた者の正体を確認しようと顔を上げると、既に左には盾羽、右には風月がいた。
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霞が突っ込んでいった後、盾羽と風月はマルクトを見つける。まだ戦っていなかったが、ただ立っているだけで遠いのに強さが肌で感じれる。その近くに慧彼がいる。
「あれ、慧彼じゃない?」
「確かに。というか、なんで突っ立ってるだけなんでしょう……?」
「さぁ……? 怖いとか……?」
すると、盾羽は慧彼を少し観察すると、何も言わずに慧彼の元へ向かった。風月はそんな盾羽を見て、雫とポルトスに伝える。
「ここは任せた」
風月も盾羽の後を追い、慧彼の元へ向かった。そこでは、盾羽が慧彼の左に立っており、背中を叩いて声をかけていた。盾羽の励ましの言葉が聞こえたため、風月もそれに続けて自分なりに励ます。
「不安な気持ちは……。まあ、わかるよ。実際、盾羽も少しばかり不安に思ってるそうだし、そんな話を聞いて私も不安に思ったりしてる」
2人は不安に思っている慧彼の気持ちは充分わかっている。なぜなら、自分たちも不安に思っているから。抱いている感情は同じであり、覚悟も完全に決まったわけではない。それでも戦おうとするその気概は何故なのか。慧彼はそう疑問に思ったが、答えは意外と簡単だった。
「2人で無理なら、3人で戦えってことね」
「そういうこと」
3人はマルクトの方を見ると、マルクトの横には人造人間が立っていた。マルクトと話をしているようで、戦術の共有でもしているのだろうか。敵は2体いると考えた慧彼は深呼吸をし、盾羽は目を1度閉じて気持ちを整理し、風月は刀を途中まで抜いて刀身を見る。
「イェソド。ここは俺がやらないといけないみたいだ」
「ですがマルクト様……!!」
「いい。お前がここにいても3人は相手できんだろう」
「ですが……!!」
「とにかく邪魔だ。とっととパリを潰してこい」
「……わかりました」
イェソドはマジノ線に向かって全速力で走り始めた。ソニックブームを起こすほどの速さで走るが、それを止めようとする風月。風月は咄嗟に居合の形を取って刀を抜き、斬撃をイェソドに向けて放つ。だが、それをケセドの能力である爆発で消す。
「悪いな。イェソドだけを向かわせたわけではない」
慧彼達は周りを見渡して、セフィロトの内誰がいないのか1度確認をする。マルクトはその時間をくれた。
セフィロト。それは旧約聖書に登場する10(11)個のセフィラと22個の小径を体系化したものである。セフィラ、小径にはそれぞれ名前がついているが、セフィラの名前が人造人間の名前として使われている。それぞれ「王冠」「知恵」「理解」「慈悲」「峻厳」「美」「勝利」「栄光」「基礎」「王国」「知識」となり、それに応じた人造人間が存在する。
現在残っているセフィロトはケセド、ゲブラー、ティファレト、ネツァク、ホド、イェソド、マルクト、ダアトの8体。そのうち視界に入っているのがゲブラー、ホド、マルクト、ダアト。盾羽と風月はティファレトが霞に連れ去られていったのを知っているのと、イェソドがマジノ線の方に向かっていったことを合わせると、まだ何も分かっていないのはケセド、ネツァク。セフィロトの情報すらろくに明かされていない中、共有された少ない情報の中で盾羽は一瞬で理解した。
「ケセドとネツァク、……ですか」
「まあ、そうなるわけだ」
あまりの理解の速さに驚いた2人は盾羽の顔を瞬時に見るが、盾羽はマルクトの顔を警戒しながらずっと見ていた。それを見て瞬時にマルクトを警戒するが、マルクトは依然動かない。
「ケセドとネツァクにも『パリに向かえ』って言っている」
マルクトは何故こんなに情報を漏らすのか。盾羽はその点が引っかかっていた。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「なぜ、あなたはそんなに情報を漏らすんですか?」
盾羽のした質問を聞いて、ようやくその事実に気づいた慧彼と風月。それまでセフィロトのここにいない構成員について考えていたため、脳の判断が追いついていなかった。
盾羽の問いに対して、マルクトは余裕を持った状態で答える。
「お前達に言おうが言わまいが、状況は変わらんからな。知らずに死ぬより、知ってから死ぬほうが呪いは残りづらいだろ?」
そう言うと、マルクトはゆっくりと戦闘態勢に入った。




