176GF ハンブルグ急襲作戦 その2
季節外れの冷たい風が頬を撫でる。髪が少しなびき、白夜が着ているコートの裾は風に身を任せて揺れている。鋭い眼差しで睨み合うハンブルグはどこか寂しげな様子で、2人が放つ緊張感が街を包んで離さない。
ホドの周りで蠢いている飛蝗は大通りを埋めつくし、灰色のコンクリートであった筈がいつの間にか黄緑色と黄色に変色させている。カサカサという音が絶えず耳の中に入ってくるため、この静寂の中ではとても目立つ音だった。ホドはそんな飛蝗を自身の体に向けて一気に集めると、ホドの外見がみるみる変貌していく。見ているだけで気持ち悪い光景で、白夜はその光景を見て気持ち悪いと思っていた。
(今って前……、見えてない?)
「……って言うかさぁ!!」
そう思った瞬間、白夜はアトミックアニーを構えた状態で引き金に人差し指をかけていた。ロストエネルギーをアトミックアニーに込めながら思いっきり引き金を引くと、ついさっき放った以上の火力で光線が放たれた。光線は瞬く間にホドと群がる大量の飛蝗を丸ごと包み込み、奥へと突き抜けていく。
「キモイキモイキモイキモイ!! 死ね死ね死ね死ね!!」
虫嫌いな白夜はアトミックアニーに込めるロストエネルギー量を増やしていき、火力もどんどん上げていく。早く消えてほしい。だからホドごと飛蝗を焼き払う。白夜は飛蝗を全て焼き払うために光線を放った。
10秒ほど経った頃だろうか。白夜はやっと引き金から指を離してアトミックアニーにロストエネルギーを込めるのをやめた。光線が消えたため、今まで光線を撃っていたことで見えなかったホドの姿を見ることができる。飛蝗が消えていればいいと思いながらホドがいるはずの場所を見ると、そこには異形の人造人間が立っていた。
「さてと。断罪者 満月 白夜、戦いを始めようか」
バッタのような黒い足で肘に槍のような突起がついており、全ての間接が異常に強化された黒い仮面を被った筋肉質の男がいた。そこから聞こえる少し曇った声がホド本人の声であることから、恐らくそれがホドである。
「……ちょっと待って。ツッコミどころが多すぎる」
「ツッコミなどする必要ないだろ?」
「あるわ!! しないと始められん!!」
「なら話せ。聞いてやる」
白夜はホドの話し方が癪に障ったらしく、少しイライラしながらもツッコミどころを何個か指摘した。
「まずひとつ。その姿は何?」
「さっきの飛蝗だ」
「……え?」
「え?」
困惑。白夜の今の脳内は恐らくこの2文字で埋め尽くされているだろう。飛蝗は体を覆う鎧にはなりゃしない。しかも変色しているため、飛蝗が変わったとは考えにくい。
「あの飛蝗はロストエネルギー製でな、いくらでも色も変えれるし形も弄れる。まあ、この鎧は能力によるものだがな」
ロストエネルギーの飛蝗という事実を知った瞬間、白夜の中で感じていた恐怖の1つが薄れた。それとは別に、その回答のおかげでツッコミどころのほとんどが解消された。だが、ツッコミどころがひとつだけ残っている。
「その鎧……、ダサくない?」
「俺に言うな」
ホドはバッタのような足を使い、瞬く間に白夜の目の前に現れた。白夜は目の前に現れた拳を何とか避けようと、体を全力で捻った。その際、鎧を構成する飛蝗がしっかりと見えたため、もう一度嫌悪感を感じて光線を放った。光線は見事なまでにホドを包み込んだが、 ホドがいたあたりから光線が大きく膨らんでいる。
「流石に一筋縄ではいかねぇか」
白夜は光線を発射するのをやめると、そこにいたのは胸部の装甲が剥がれたホドで、剥がれた分の装甲が飛蝗に戻り、盾として生成されている。盾は再び飛蝗の姿に戻り、ホドの胸部へと向かっていく。
「形を弄るってのはこういうことだ」
白夜は想像以上の速度を見せられたことで、アクセルモードになることに決めた。
「アクセルモード、突入」
《極秘コマンド『加速』確認。アトミックアニー、アクセルモード突入》
持っていたアトミックアニーはハンドガンのような形に変形し、背中からは黒い翼が生える。白夜はハンドガンのような形に変形したアトミックアニーを、刀のような形に変形させる。
《推測。個体名ホドは、アクセルモードでの通常速度と同速度を出す可能性があります》
白夜はアトミックアニーからの警告を受け、アクセルモードの状態で全力で走り、ホドとの距離を一気に詰めた。アトミックアニーの射程内に入ると、白夜はホドの背後にすぐ回り、瞬く間に何十回も斬撃を放った。だが、それは全てホドに読まれていた。白夜はホドが纏っていた装甲で作った盾に斬撃を放っていたに過ぎず、ホドに斬撃はひとつも届いていなかった。何十回もやって気づいた白夜は、圧倒的な移動速度でホドの周りを不規則に移動しながら斬撃を放ち続けた。
(全部対応してる……)
ここまで対応能力があるとは思わなかったため、白夜は軽く引いていた。だが引いてばかりじゃいられない。そのため、斬撃を放ち続けながら一瞬だけアナイアレーションを発動させた。白夜の体感時間速度は通常時間速度よりも遅くなったため、白夜からすれば時間が遅くなったように感じる。
さっきとは比にならない速さでホドの周りを回り、斬撃を加え続ける白夜を相手に、ホドはその速度に対応しようとは思わなかった。では、どうやってこの猛攻を止めるのか。ホドはそれまで盾にしていた飛蝗を装甲として元の位置に戻し、核の部分をロストエネルギーを凝縮させ頑丈にした。飛蝗で構成された盾とは比べ物にならない硬度で、隕石として降ってきても地球が一方的に崩壊するであろう。核の周囲は硬いことは知りながらも、白夜は思い切って空気を巻き込みながら振りかぶる。その次には白夜の右肩に大きな振動が襲っていた。
(硬ッッッッ!!)
弾き返されたアトミックアニーを見て思わず目を見開く白夜は、斬れる気配が微塵もしなかったホドの核の周囲を評価し、少し距離を離した状態でアクセルモードを解除した。
「思わず硬化したが、ちょっとでも反応に遅れてたら死んでいた。ヒヤッとしたぞ」
声色一切変えずに話すホドに白夜は「感情がついているのかな?」と思いつつも、アトミックアニーを両手にそれぞれ構えて様子を見ていた。すると、ホドは白夜の嫌なものを理解したかのように鎧を解除し、鎧を飛蝗の形に戻し始めた。その飛蝗は鎧に使っていた量を遥かに凌駕し始め、推定5000匹の飛蝗がホドを完全に覆った。そんな飛蝗めがけて、白夜はアトミックアニーをしっかりと握って走り始めた。それは覚悟から来るものではない。恐怖心の反動である。




