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断罪せし暗殺者  作者: ひょうすい
第6章 仏独戦争
171/206

171GF 帰還



 俺はきっと、何かを信じて戦ってきたのかもしれない。最初は世界の平和なんて関係なく、ただただ悪人を裁き切るっていう断罪者の目標を信じて戦った。人造人間っていう存在を改めて知った時、俺は姉さんしか信じれなくなったが、諭されてあいつら仲間を信じることができた。断罪者の在り方、その真意を知ったつもりでいたが、あいつらはそれ以上の仲間を信じるっていうのを知っていた。戦闘経験は深くあったが、人生経験自体は浅かった。

 断罪者という特殊な環境下に身を置いていたため、俺は思い出を作るという人生経験が限りなく欠如していた。学校あるあるの課外授業や修学旅行、体育祭、文化祭などの学校行事。家族旅行や友人と遊ぶこと。それら全てを俺は経験したことがなく、人並みの道徳を体験することはできなかった。だが、人が何年もかけて地道に積み上げていく道徳を、あいつらは短期間で俺に教えてくれた。俺と楓は場所こそ違えど、似た境遇なんだ。じゃあ、次はあいつらに任せるんじゃなくて、俺がやるべきなんだって。

 今まで信念を元にして、それに基づいて理論的に物事を考えていた。世界を平和にするためなら容赦なく悪人を殺したり、その行為を邪魔する者も殺したりした。それは断罪者の責務かつ理論的に行われる行為だったからだ。それもある意味、人間らしいと言えば人間らしかったのだろう。けど、今は俺の意思を汲んだ行動をしているのだと思う。楓を救いたいがため、義勇軍全体の行動とは関係なく独自に行動している。本来なら楓は敵だから殺さなければならないが、俺は楓を殺したくないし、なんなら助けたいという思いがある。

 今は助けたいっていう思いだけで動いている。それが吉と出るか凶と出るかはわからない。けど、何かあればあいつらは俺に連絡をくれるはずだ。信頼している。だから俺は今、俺にできることをするだけだと。




      「俺は楓を助けたい」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ビナーの(コア)にロストエネルギーを流し続けて15分が経った。ビナーは完全に原型を取り戻しており、体中をロストエネルギーとラーシエンが循環しており、意識だけが戻らない状態となっている。雷風は胡座をかいて右腕でビナーの背中を支え、左手でビナーの右手を握っていた。



 「……ら、雷……、風……?」



 すると、ビナーの口から小さく声が聞こえた。雷風は即座に反応してビナーの顔を見る。ビナーは少しだけだが目を開けており、視界明瞭でないため目を慣れさせているように見える。



 「無理すんなよ」


 「そう……?」



 立ち上がろうとしていたため、雷風はビナーに無理に立ち上がることを制止した。ビナーはその体制のまま、雷風の顔を見て話し始める。



 「……精神世界で見たんだけど、白髪に赤い瞳の雷風の姿があったの」


 「俺が……? 今なってるか?」


 「いや、今は黒髪黒眼だよ」



 ビナーは雷風の容姿の変化を質問した。雷風は戦闘中に容姿が変化したことに全く気づいていなく、逆にそんなことがあったのかと支配されていたビナーに聞く始末。



 「……雷風はさ、なんで私を助けてくれたの?」



 ビナーは、心の奥底で思っていたことを質問する。この思考をマルクトに読まれ、支配されると共に精神を汚染されていた。



 「なんでって……、……守りたい人を助けないとか矛盾してるだろ?」



 平然とした顔で言う雷風。だが、ビナーにとってその言葉は心の中にあったモヤモヤを解消した一言であった。ビナーは雷風に抱きつき、顔を埋もれさせて声を曇らせながら言う。



 「……ありがとう」



 雷風はそんなビナーを見て、かつてない優しい眼差しを向けて言う。



 「ああ。どういたしまして」



 必要以上に自制していたのか、そして、その自制が一瞬にして崩れ落ちたのか、ビナーは今まで心の中に留めていた感情を一気に表に出して泣き始めた。雷風はそんなビナーの頭を撫でていた。

 2分ほど経ってビナーは泣き止むと、雷風はずっとしたかった話をする。



 「亡命の話。してもいいか?」


 「……いいよ」



 目の周りが赤くなりながらも、ビナーは立ち上がって答える。雷風も立ち上がり、更地となったルーアンを歩きながら話す。



 「とりあえず、まず内閣総理大臣に電話する。ちょっと待っててくれ」



 そういい、雷風はスマホを取り出して電話をかけた。その相手は内閣総理大臣本人。日本時間で午前1時4分という深夜の時間ということを雷風はわかった上で電話をかけた。ビナーは雷風が電話をかけてる最中にそのことに気づき、大丈夫なのかと聞こうとする。だが、雷風は言おうとするビナーの口を右手で止める。

 電話が繋がったため、雷風はスピーカーモードにして会話を始める。



 「こちら鬼頭 雷風。例の件だ」


 〔例の件ね。にしても、結構大人な声になったじゃん。親として喜びを隠せないや〕


 「親ヅラすんな」


 〔義母をそんな扱いしない〕


 「はいはい」



 ビナーは、雷風がそんなテンションで内閣総理大臣と話していいのかと思った。元々マネジメントの断罪者として活動していたというのもあるだろうが、それにしてもフランクすぎないかと。それに加え、このまま聞き取れば内閣総理大臣が義母という解釈になってしまう。そのことがどうしても気になったため、聞くことにした。



 「えーと……、義母ってのは……?」


 〔あー、言うの忘れてたね。私、鬼頭 風樹。ベルリンで私たち会ったことあるんだけど……、覚えてる?〕



 すると、ビナーが幼い頃の記憶が頭の中に過ぎる。実験施設からの脱出の際、ベルリンからハンブルグまで電車で送ってくれた人だ。



 「ええ。覚えてます」


 「俺が鬼頭姓なのはこの人が引き取ってくれたから」


 〔風月ちゃんが滅茶苦茶押してきたからだけどね〕



 ビナーはへぇーと言わんとばかりに驚いたような顔をしているが、2人は関係なしに話を続ける。



 〔さておき、例の件でしょ?〕


 「ああ」



 すると、風樹はこれまでお気楽に話していた雰囲気とは変わり、かなり真剣な雰囲気に変わって話を始める。それは電話越しでもわかることであり、ビナーは息を飲んで話を聞く。



 〔美澄 楓。あなたは亡命の意思はある?〕


 「……はい」



 ビナーは覚悟を決めた顔をし、雷風はそんなビナーを真剣な眼差しで見つめる。



 〔その一言が聞きたかった〕



 風樹はそう言うと、電話を切る。



 「あいつっ……。まあ、いいか」



 雷風はスマホをコートの内ポケットに入れると、ビナーの顔を改めて見て言う。



 「……おかえり」


 「うん。ただいま」



 雷風と楓は、パリに向かってゆっくりと歩き始めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 一方、ドイツ軍最高司令本部会議室にて、マルクトはビナーの体内に仕掛けていた支配核(ルーラーコア)が破壊されたことで、意識が戻っていた。



 (身体スペックは真祖と同スペックが必ず解放されるはずだったのだが……。支配が足りなかったか……。それ以上に真祖としての情報にはあんなものはなかった……!!)


 「クソがっ……」



 目の前で変化した容姿、その瞬間に身体能力が急激に上昇したこと。その意味が全くわからなかった。



 (勝つ算段はあった。だが、予想以上に奴が強かった。ビナーを失ったのはでかいな……)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 美澄 楓。日本時刻で午前1時8分54秒、ドイツから日本へ亡命すると共に国籍変更。ドイツ軍を辞めると共にフランスへの義勇軍へ参加。実質的な裏切り兵となった。



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