110GF 遠距離雑魚殲滅コンビ
雫は、風月に集中している雷風を静かに見ていた。ほんの一瞬の隙を見逃さないために、雷風の目の前に魔法円を展開できるように、常に演算を行っていた。
雷風が風月の首に刀を当てたとき、そこが一瞬の隙だと雫は判断した。雫は雷風の目の前に魔法円を展開し、瞬時に光線を放った。だが、放つことはできなかった。
「甘い」
光線を放つ寸前に、雷風は魔法円自体を切断していた。そのため、構築していた魔法円は原型を留めることができなくなり、魔法円はロストエネルギーにまで崩壊した。
慧彼はその姿を見て、咄嗟に雫をフォローしようと、雷風に向けて槍を大量に放った。
(あの槍、結構厄介なんだよな……)
雷風はそれを防ごうと構えた瞬間、慧彼のすぐ近くにいた雫は、背中に魔法円を展開し、光線を放ちながら走った。それは推進装置のような役割を果たしながら、周囲に危害を加えないように光線の照射距離を限りなくゼロにまで近づけていた。その分、威力の底上げはかなり強いものになっており、雷風の目の前まで瞬く間もなく近づいた。
雷風は、雫の動きを目で追えていた。そして、それを超越する速度を出すことも造作もないほどであった。そのため、雫よりもよっぽどめんどくさい槍の処理を優先した。
(え……、無視?)
雫は雷風のいた地面をロストエネルギーを込めて殴り、地面に大きなヒビを入れたと共に大きな地響きを起こした。
(痛い)
地面は硬かった。
雷風は向かってくる槍を全て叩き落とすと、槍を飛ばしてくる主である慧彼を先に始末しようと考えた。その様子を後ろから観察していた雫は、させまいと後ろに下がりながら光線を雷風に向けて放った。
(行かせるか)
(次はそっちか……。めんどくさいやつら残しちまった……。まあ、めんどくさいやつら同士、どっちからでもいいか)
雷風は走ろうとしていた足を止め、雫の方をギロッと睨んだ。後ろに下がろうとしていた雫は、迎撃するには体勢が悪い。雷風はそれを狙っていた。一気に180度回転し、光線を躱しながら一瞬で近づいた。追加で光線を撃つ間もなく、腹を思いっきり蹴られた。雫は為す術なく、壁に叩きつけられた。
(速すぎる……)
援護するように、慧彼は槍を生成、放出しながら雷風の元に一瞬で近づいた。前傾姿勢になっている慧彼は、雷風の背中を狙うつもりで勢いよく180度回転し、背中に当たるように足を押し出した。だが、それをまるで読んでいたかのように雷風は屈んで回避。
(避けられることは承知。その上での行動だよ)
雷風の前方には槍の先端が大量に見えていた。慧彼は蹴りと同時に槍を展開し、雷風を挟み込んで攻撃する作戦を瞬時に立てていた。
(臨機応変に対応できてる。だが、それを確実に実行できるまでの実力がまだ足りん)
雷風は上に跳びながら槍を全て叩き落とし、雫と慧彼の現在地を改めて把握した。
(この方向から見るに、雫はもう戦線復帰して前方、慧彼は後ろに下がったか……。相変わらずの二正面作戦を俺に強いるか……)
雷風はそう思い、心の中で少し笑った。それは慧彼と雫に気づかれるものではなく、密かに気持ちを高ぶらせていた。
雷風はそのまま着地すると、前と後ろを囲まれている。二正面作戦とは、主に戦争において使われる用語であり、地理的に離れた場所に存在する2つの戦線で同時に戦うことを言う。それを、雷風は囲まれていることの表現として表した。実際、ナチス・ドイツは大戦末期に二正面作戦を強いられ、敗戦している。ナチス・ドイツという強大な力を持ってしても、二正面作戦というものはとても危険なものであるのだ。それを、心の中でだが笑っている雷風は、完全に勝てると思っているのだ。はっきり言おう。おかしい。
地上にいた雫は、雷風に向けて一発光線を放った。それを雷風はいとも簡単に刀を使って逸らす。その後、攻撃をされないまま雷風は着地した。
(なにか狙いでもあるのか?)
雷風が警戒しようとした瞬間、自身の周囲には宙に浮く槍が無数にあった。槍の先は全て自分の方を向いており、殺意マシマシの攻撃を今から行うのだろうと予感していた。
(慧彼の能力、結構殺意エグイのな)
そう思いながら、周りから飛んでくる槍を1つ1つ全て叩き落としていく。だが、雷風は違和感に気づく。
(……尋常じゃないくらいには多くね?)
そう、通常は50〜100本の間の量で適当に決めて放出しているのだが、今回は500本という通常の最高数値の5倍の量を放出しているため、処理するのにも5倍の時間を要する。つまり、次の攻撃への余裕がかなりできるというわけだ。その時間を使って慧彼は2本の剣を手に持ち、更に次の攻撃を何パターンか予測していた。
雷風が最後の1本を叩き落とした瞬間に、慧彼は上から剣を振り下ろした。それを防ぐかのように、雷風は下から刀でそれを受け止める。そして、雷風はそのまま慧彼の振り下ろした剣を弾くように、刀を上へ振り上げた。
(この体勢なら……)
慧彼は剣を上に投げ、宙に浮いた剣を消した。そして今、後ろに下がれるような体勢と同時に、もうひとつの剣を雷風に向けて投げれる体勢でもあった。つまり、重心が後ろにありながら、剣を下投げできるような体勢ということだ。慧彼は剣を投げ、雷風に向けて飛ばした。
(あの圧倒的に不利な体勢を逆に利用した……)
雷風は素直に感心した。自分があの状況なら同じことをしていただろう。自分にできることを精一杯するということは、社会でも学校でも戦いでも同じこと。少なくとも自分はそう思っている。
飛んできた槍を叩き落とした雷風は、後ろから飛んでくる光線を上へ飛びながら前宙を行うことで、光線を真っ二つにして回避した。
(あれやばすぎでしょ)
雫は6個の魔法円を同時展開し、スパイラル状になるように光線を放った。スパイラル状にすることにより、足りない威力を補うことができる上に、当たる幅も広くなるのだ。それに対抗するように、雷風は空中で回転を自然にやめ、スパイラル状になっている光線を上へ逸らした。
(意識を逸らしたらすぐに攻撃……)
慧彼は雷風の方へ大量の槍を放った。雷風はそれを叩き落としていると、降下が始まった。降下途中でも慧彼は雷風を補足し、槍を放つことをやめなかった。
(あいつ、これが効果的ってわかってるのか……)
(なんかイラついてそう……。……もっとやろ)
慧彼はただただ、雷風のイラついている姿が見たいがためにやっているだけであった。
〔私が気を引く。だから追撃の準備してて〕
雫が無線で慧彼に伝えると、慧彼は槍を放つのをやめた。そして、追撃の準備をしていた。
雫は雷風の前後左右上下、雷風を中心として球状に魔法円を展開していた。逃げ場などない。なぜなら、全方位囲まれているから。落下する速度より、光線が放たれる速度の方が何千倍も速かった。だが、雷風はそれから脱する方法が頭に浮かんでいたのだ。
(魔法円は空中に固定することでロストエネルギーを安定化させ、4つのエレメントを再現させることで実体を得て、ようやく光線が放てる状態になる。しかも今発動させてる魔法円は、その過程をすっ飛ばして生成してると考えられる。だが、それなりに威力はある。俺が弾く時に地味に反動が発生してる。しかも3mくらいしか離れてないってことは、反比例して結構威力は増すはず……。なんとか下の魔法円を潰せば脱出は簡単。それを捌くのをどうするかだな。……まあ、ゴリ押しでいいだろ)
雷風は瞬く間の考察で、ゴリ押しという方法が頭に浮かんだ。そして、それを実行することにした。全方向から連射される光線を、全て弾いていく雷風。腕には徐々に疲労が蓄積されていくが、完全なる疲労には程遠かった。
(あれ? 案外いける……? 距離の分で反比例の式がちょっと狂ったな……)
雷風は自分の真下にある魔法円を破壊し、その周辺にある魔法円も潰して退路を作った。現在の落下速度に追いついてまた魔法円の球を作ることができないと思ったのか、雫は全ての魔法円の展開を解除した。
雷風が着地した瞬間、間髪入れずに慧彼は槍を大量に放った。
(もし疲労困憊だったら死んでるぞこれ)
雷風はそれらを全て刀で叩き落とし、慧彼の元へ走った。慧彼は持っていた剣を使って迎撃しようと考えたが、能力の新しい使い方を今思いついたため、それを実験してみることにした。慧彼の顔は、少し笑っていた。
(笑ってる……? どういうことだ?)
雷風は笑っていることに疑問を感じたが、気にせずに慧彼の元へ走って向かった。
雷風が慧彼の元へ着き、刀を振ろうとした時だった。刀の振る先に槍を生成し、空中に固定することで雷風の刀を止めた。その間に慧彼は雷風と距離を取り、上へ飛んだ。
(よし、これは通用した)
(こんな使い方あるのかよ……。……今思いついたな?)
雷風に即気づかれた慧彼であった。
雫は、慧彼が上に飛んだことで「何をしようとしているのか」ということを理解していた。そう、「突進するんだ……」と。そのため、雷風に向けて光線を大量に放ち、慧彼への意識を少しだけ自分に向けた。
(これでなんとかなるかな……?)
雫は慧彼の近くに足場用の魔法円を展開し、慧彼は魔法円を使って雷風に向かって飛んだ。それと同時に槍を大量に生成し、逃げるための動きを大きくさせた。
(甘い。考え疲れたのか……?)
雷風は慧彼だけ避けて、槍を全て叩き落とした。そして慧彼が動く前に、雷風は刀を首に当てた。
「とっとと観客席行け」
「え、冷たくない?」
「総合評価してほしいってか?」
「え、してよ」
「……わかった。しゃーねぇな」
慧彼は満足したのか、観客席に戻った。
雫は1人、残された。目の前には雷風。仲間はいない。そして、今の雷風の目は……。
(よし、とっとと終わらすか)
殺す気満々だった。そして次の瞬間、雷風は雫の後ろに回っており、首には刀があった。
「……先に言うけどさ、やろって言ったの雷風だからね?」
「まあ、そうだが……。今の動き見えなかったらだめだな」
「適当に理由つけたね今」
「黙りやがれ」
こうして、呆気なく戦闘訓練は幕を閉じた。
ダルタニャンが観客席から降りてきて、その後に続いて全員が降りてきた。
「じゃ、ちょっとお前らのスペックが知りたい」
「スペック? 身長とか体重とかか?」
「そういうことだ。まあ、身体測定ってやつだな」
ダルタニャンの急な提言により、身体測定が行われることになった。対象は断罪者一行、そして三銃士一行である。もちろん、ダルタニャンも身体測定を行う。公正さを保つためらしい。




