108GF 集中砲火
「私がどうしようが、あんたには関係ないでしょう……」
話しながら宙に無数の水滴を生成し、固定する霞。その水滴はどんどん大きくなっていき、それはバスケットボール程の大きさになっていた。
「が!!」
強く発した言葉と共に、水滴は鏃のような形に勢いよく変形し、ものすごい速さで放たれた。その間は瞬きをする間より短い刹那の間で行われたものであり、それは全て雷風に向けられていた。
雷風は霞との直線距離上を走っていた。霞とはかなり離れていたが、僅かな空間の湾曲で水滴の存在には気づいており、それが雷風を襲おうとしているのも気づいていた。それでも、雷風は平然と走っていた。
(水を鏃状に変形させて俺に向けて放った……、か。俺に向けて放たれていて、空間が僅かに湾曲しているのがその鏃状に変形させた水なのだとすると、目の前から向かってきてるのがそれだってことだ。多分、俺の走る速度が上がらないと予測した上で、軌道を逸らして四方八方から刺すってことだろう。それに、ある程度の速度上昇は許容範囲内だと思う。じゃあ……、許容範囲外の速度を出せばいいってことだな)
雷風は速度を7倍にまで引き上げ、周囲に衝撃波を発生させた。霞は軌道を完全に逸らすことが出来ず、雷風は刀で正面に円を描くように回すことで水を全て叩き落とした。
霞は雷風の速さと、それによって発生する衝撃波に驚いていた。霞は自分の背後に、また同じようにバスケットボール程の大きさの水滴を生成し、湾曲を発生させないようにそれを円盤状にした。
(空中での水の変形は刹那に等しい時間でできる。……近くならだけど。遠くなればなるほどタイムラグは発生する。それを解消するために生み出した時限式水形変化なんだけど、なんせ演算が複雑な上に、間違った演算結果を導き出したら変なことになる。間違える自信はないからいいんだけど……)
霞は少しの不安がありながらも、高速で演算を行った。演算を行うと、「雷風が範囲内に入った瞬間、水が鏃状に変形して襲う」という仕組みなら簡単に生成できることがわかったため、それを瞬く間に完成させた。それを円盤状の水滴達に組み込み、自動発動の装置が完成した。
雷風は、霞が水滴を円盤状にして、そこへ小細工したことに気づいていた。だが、足を止めようとは全く思わなかった。なぜなら、その水滴をどのように動かして雷風に攻撃するのか、だいたい予想がついていたからだ。
(多分あいつは、俺がある一定の範囲に入った瞬間に水滴を変形させ、俺を襲うっていうプログラムを仕込んだんだろう。そういう予測ができてるんだったら、それを回避する行動をその場で取れればいいってことだ)
霞は雷風の有効射程範囲に入る直前に、上へ跳んで避けた。雷風は、音を置き去りにする程の速度で走っているため急停止は不可能であり、設定した範囲に入ることは確定していた。
雷風は、霞の設定した範囲内に侵入した。水滴は瞬く間に円盤状から鏃状に変形し、雷風に向けて放たれた。
(予想通り。もし自動追尾弾だとしても、元を壊してしまえば問題がない)
雷風は鏃状に変形した水滴を迎え撃ち、刀を正面で円を描くように振り回すことで、水の形を維持するロストエネルギーを切って霞の支配下から解放した。
「今!!」
霞は大声でそう言った。雷風はその声が聞こえる方角から、誰に向けて言ってるのか推察した。雷風が向いている角度が0度だとすると、135度上の方向から鮮明に聞こえた。
(その方向から鮮明に聞こえるってことは、俺がいる方向にいる者に向けて言っていることになる。まあ、霞がその者の顔を見て言っていた場合だが。俺の仮説通りなら……)
雷風は正面を見ると、背丈を超える大きさの薙刀を持った盾羽が前傾姿勢になって待機していた。空中には大量の先の尖った盾が、雷風を貫くように配置されており、それを一斉に発射させた。音速をゆうに超える速度で雷風に向けて放った盾羽は、地面を強く蹴って走った。
「やっぱりお前らは変わんねぇなァ!!」
「いえ、変わってますよ」
盾羽は走りながらそう言うと、雷風の真上には大量の槍があった。そこで雷風は、慧彼達が何をしようとしていたのかということをようやく理解した。
(俺の退路を徹底的に潰している。そしてこの瞬間、俺の周囲には何もない)
その時、不思議と笑えた。自分でも不気味だと思った。だが、笑えたということは、この状況を打開する術が思いついたからだと、自分の行動について考察した。おかしな話だが、自分ではそれをおかしいとは全く思わず、まるで他人が行ったようなことについて考察するような新鮮さを感じていた。
(不思議とこの状況を完全にぶち壊す術が思い浮かぶ……。あいつらはこんなに頑張ったが、俺には通用しないってことだな。現実は非情だなぁ)
「笑ったその瞬間を待ってたよ。雷風」
風月の声が聞こえた。自分の完全に行動を読んでいたような、そんな風に聞こえる台詞を吐いたような気がした。だが、それは気のせいではない。自分でもわかる、変えることのできない現実である。
(これは姉さんの策か……)
雷風はすぐに風月の方を見た。風月は既に居合の体勢に入っており、刀を瞬時に抜き、雷風の核めがけて振った。風月は能力を発動し、作った斬撃を雷風に向けて飛ばした。
「まだ攻撃は来るよ」
(マジかよ……!!)
雫は今、雷風を挟んで風月の反対側にいた。魔法円を大量に展開し、雷風に照準を合わせて風月の出す合図を待っていた。そして今、刀を抜くという合図が出た。雫は躊躇うことなく、雷風に向けて放った。
(囲まれたか……)
「こんな程度で、俺を負かせれると思うなよ?」
雷風は未だに笑みを浮かべていた。その笑みは、勝ちを確信した時に出てくる、余裕の笑みにそっくりであった。




