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出会いがあってもそれがいいものとは限らない

「さよなら、浩二さん」

「美沙子おおぉ!! 待ってくれええぇ!!」

「……」あー、なりたりこんだー。

何回離れちゃくっついてんだろ、あのカップル。バカップルか。

 イチャイチャしてたと思えば喧嘩して離れてまたくっついて、かと思えばまた離れて。

 正直、さっきから人待ちでしかない俺にとってウザい以外何でもない。いやウザウザ。早くどこかに消えてほしい。

「ほ、ほら……さっきからあそこのヤクザみたいな人がこっち睨んでるしさ、一緒に旅行いこうよ美沙子―……」ヤクザみたいってなんだ。目つきの話かコラ。

「誰が見てたって関係ないでしょ! いっつも人の視線ばっかり気にして……だからヘタレだって言ってるのよ!」

「そんなー……」

「だいたい、なんでさっきからジロジロ見てくるのよ!! そこのアナタ、訴えるわよ!」

 うーわ。ついにこっちに飛び火しちゃったよ。

 絡まれるのはごめんだ。中指を立てて逃亡。

「なっ……ちょっと、待ちなさいっ!」

 きゃー逃げろーニゲロー。

 人ごみを、避ける。避ける。

 ちょっと逃げた先で一休み。あーいてて。

 長時間座ってたせいで腰とケツが痛い。少し歩くのもいいだろ。

 と、言いつつ何度も見たことのある売店をみてもなー……。溜め息。

「いつになったら来るんだよ、そのアリサって子は……」

 Gパンにねじ込んだ紙切れを引っ張り出して広げる。

 広げた紙を歩きながら読む。てくてく。

 紙には、女の字とは思えないカクカク文字で「アリサ・ユーリエヴナ・アヴェルチェフ」と。そしてアエロフロート・ロシア航空、第一ターミナル北ウイング、到着時間。

 接続語ゼロ。そりゃ、なくても分からないわけではないけども。なー。

 せめて、そのアリサって子がどんな容姿なのかーとか? どんな服を着てるかーとか? 「教えてくれよ姉貴……。」

 と、その時人と肩がぶつかった。慌てて頭を下げる。



「あ、すいま」「すいませんすいませんすいませんっ!! ほんっとうにごめんなさいー! ししししし失礼しますー!」……。

 ぶつかったサラリーマン風のお兄さんは俺の顔を見た途端に頭を下げまくって走り去っていった。ってあのー。

 別に、今のアレは俺が怖いからとかじゃないよね? もしそうならめっちゃ傷付くのですが。

 細く長く息を吐き出して、新しい居場所を探して足を速める。

 四条操。そろそろ中3。主な特徴として、背が高い。

 あと顔が怖い、らしい。主に目つきが。

 友人に言わせると「ヤクザか殺人常習者かヤク吸ってる奴の目」らしい。もちろん本人はそこまでひどい顔つきとは思わない。ただ目つきがちょっときついだけだよ、うん。もしくは二次元よりの特徴をもってる人、ってだけだよー。中身はすっごいチキン野郎だし。だし?

 それに、今は姉貴から借りたスカジャン着てGパンはいてるから、ちょっとそれっぽく見えるだけ。頭はヤクザらしくないツンツン頭だし、どっちかといえばヤンキーだろ。な? な?

 ……大丈夫、問題はない。

 はずだ。

 自分で自分のこと言っててめっちゃ傷付いた。これからどうしよ……。

 落ち込みつつも少し離れた場所に座る場所を発見、ありがたく腰掛けさせいただく。ふぃー。

 座ってもう一度紙を眺める。耳からは人の会話と発着便のアナウンス。

 なぜ成田空港にいるのか。

 それは姉貴に脅は……頼まれたから。ネットで知り合ったロシア人(美少女、姉貴談)が家に来たいといってきたので迎えに行って来い、と。

 いろいろツッコミ入れたい所はあるものの、いまはぐっと我慢してとにかくアリサを待つ。大体親は承諾したんだろうか。まぁ今はどうでもいいか。

 紙をポケットにしまって、ぼーっと電光掲示板を見る。

「あーうー」あうあう。

 よく聞きもしないで成空まで来てしまったけど、アリサってどんな人なんだろ?

 姉貴がネットで知り合って、しかも国境をまたいでまで自分の自宅に招待するんだから最悪デヴという線はないだろう。極端にガリガリとか? 

 それこそ背は俺より高いのに骨と皮しかない、みたいな?

 俺よりでかいなら、2m近いとか? 怖っ!!

 なに考えてんだろ俺。ばっかでー。あはははー……はは……。

 そもそも姉貴曰く美少女らしいじゃん? だったら別に容姿関係で驚く必要はなさそうだし。なにしてんだばーかばーかアハハハハー。 

 ……さっきから俺の周りに人が寄ってこない。しかも避けるように歩いてるのだー。こんな空想してなきゃやってられないって。

 ガニ股で開いていた足を少しお行儀よく閉じたところでケータイを開く。ぽちぽち。

『今成田空港、めっちゃ暇―』

 友人の宛先にして、送信。ぽちっと。

 間をおかずに返信。

『高飛びすんの? 外国でも元気にやれよー』「だーかーらー!!」

 しまったやらかした。周りの視線が突き刺ささる……。イタイヨーヤメテーモーヤメテー。

 ごまかすように今度ばかりは意識して周りを睨みつけつつ座る。全身かゆい。

『ちげーよバカ。人待ちだ人待ち。いい加減顔が怖いとかでイジってきたらお前の頭に鉄くぎ打ち込んでから全身に針刺して手首切り落として殺すぞ』

 送信。よし、これでいいだろう。本当にロクな友達というものがいない。それって友達か?

 恥ずかしさまぎれにケータイを力強くたたむ。パンといい音がした。パン!

 同時に電子掲示板の表示が変わり、お目当ての便が到着した事を知らせる。

「……よし」、う、よ、よーし。

 こっからが正念場だ。果たして誰がアリサなのか。

 大きな声で呼ぶか? 「アリサーっ!!」って。

 ……恥ずかしさで憤死できるぞ。

 でもそれならどうすればいーのか? 

 ウェルカムな旗なんか作ってないし、はたまた姉貴が自分の代わりに弟の俺が迎えに行くなんてわざわざ伝えてるとは思えない……。

 状況だけみれば、絶望的じゃないの? これは。

 絶望シタ! 3時間も待ったのに誰を待っているのか分かってない自分にゼツボーした!

 と、思っている間にほとんどの人がいなくなってしまった。なにしてんだ俺―! 姉貴に殺されるぞ。しっかりしないと。

 これじゃどーにもならない。ここで恥を知らなければ、後で鉈か金属バットで殺される。殺されるなら恥じたほうがマシだ。というわけで叫ぼう。



「あ!」「アノ……」あああっ!?

 叫ぼうとした矢先に背中をひっぱられた。なにすんだこの野郎。

 怒鳴ってやろうとも思ったが、振り向いて怒鳴るのはやめようと思った。

 金髪と白髪を足して2で割ったようなストレートの髪。高そうなカシミアのコートを羽織って首にはぐるぐると何重にも巻いたマフラー。

 でっかいグラサンをしてるので顔はよく分からない。男子校に通ってるせいで女性のかわいさ認定基準がぶっ飛んではいるけど、ど……なんていえばいいのかわかんない。女性を褒める関係の国語辞書は残念なほど薄っぺらい俺だから。

 どう考えても外人さんだなー、と呑気な事を考えた。

「アノ……エト……」

 必死に何かを伝えようとするのはわかるけど、それがなんなのかわかんない。

 ここはこっちから何が聞きたいのか言ったほうがいいだろうか? でも俺英語しかできないんだけどなー。英語圏の人ならいいけど。

「あー、きゃんゆーすぴーくいんぐりっしゅ?」わぉ、すごーい日本語みたいな英語―。

 だけど相手は頷いたのでまぁわかったのだろう。よかったほかった。ほかほか。

 で、だ。

「次になに言えばいいの……?」

 英語の能力なんてたとえ中1から勉強してやったとしてもたいして話せるわけじゃない。むしろ話せない。

 言うまで言ったはいいけど、これからどうすればいいのか……。えっと、「私に御用ですか」って言えばいいんだから……。

「えー、はう……はう……」

「?」

「はううう」そんな目で俺をみるなああああああ。

 英語なんて話せないんだっての! って。

「そうだアレだ。きゃんあいへるぷゆー?」

「アー……イ、イエサー」

「いえさー?」は?

 もしかして、この子バリバリ西欧人オーラあるのに英語無理なの……? え、一体何人なのさこの子は。

「うぇ、うぇあーあーゆーふろむ?」

「Россия」うああああこの子ロシア人いぎゃあああー。

 よくわかんないけど、ばろっしーあとか言ってるから多分ロシアだー。英語の質問をロシア語で返すかな、普通。 

 でも逆を取れば、それだけ英語が無理、って事なんじゃないのか?

 なんなんだこいつは……。そんなんで少なくともアジア系の顔してる俺に話しかけるなよ。

「アノ……ニモツ、ナイ……サガス、テツダウ、オネガイシマス」

「そんだけしゃべれるなら最初からもっとビシっといえよ!」

 なんで俺がこんなにがんばんなくちゃいけないんだよ! ああ!?

「ゴ、ゴメン……ナシ」

 しまった。めっちゃビビった顔で間違った謝り方をされた。なして。

「あー、ごめん。つい」やべぇ気まずい。

 もともと顔が怖いんだからなるべく怒らないようにしないと。でも笑うと般若みたいとか言われるから笑わないようにして、と。

 結果的に感情ゼロの無表情で目のまえのグラサン少女に手招き。要するにロストバッケージってことだ。そんなん航空会社に問い合わせろって。

 だから、まずは航空会社の人に聞いてみよう。どうせすぐ近くだし。

「えっと……とりあえず航空会社の人に聞いてみようか」

「……?」

「えっと、だから……」

「ニモツ、タカシメル、キク?」たかしめる……。

「あー、うん」

「……アリガト」ぽそっ。

 …………。

 ヤヴァいな。新世紀ヤヴァンゲリオン。略してヤヴァ。

 べっ、別に焦ったとか顔が紅白まんじゅうでいうところの紅みたいとか、そういうわけじゃないんだからね! かんちがいしないでよね!

 なんてコト言ってる時点で、すでに気は二転三転してるわけで。

 後ろにグラサンがついてきているのを確認しつつ。



 気がついたら航空会社のところにいた。声をかけてみる。

「すいませーん」

 受付にいたお姉さんにかくかくしかじか。最初のロストバッケージという単語の時点でパソコンとかちかちやりだしたお姉さんはなぜだか首をかしげている。

「お客様のお荷物は、たしかにこの空港に届いておりますが……」れれ?

「そうなんですか?」

「はい。たしかに搬入済みとのことなので、もう一度お確かめください」

「はーい」このー。俺に恥かかせてくれたなー。

 これが姉貴なり友達ならば即刻怒鳴り散らす所だけど、俺のちょっと後ろでめっちゃそわそわしてるのを見ると、むしろ慰めてあげたい。こんなんになってる女の子に怒鳴れる奴っているのか?

 仕方ない。「あのー、すいません」

「はい、な」「実は私、ロシア語しゃべれないので直接後ろにいる本人に教えていただけませんか? 本人そうとう困ってるみたいなので」

「あ、はい。分かりました」

 おねがいしますと頭を下げてからグラサン少女を招集。受付のお姉さんにロシア語で言ってもらう。やーすごいね。

 英語とかであればまだなんとなくわからないでもないけど、こうぐちゅぐちゅ口ごもるように言ってるとなに言ってるかわかんないぞ。

 でもなんかグラサンのほうが「そんなわけない!」みたいな感じで受付のお姉さんを威圧している。さすが西洋人。自分が間違ってるとはタダでは認めない。

 しかしお姉さんも仕事慣れしてるのか元々性格がアレなのか、グラサンの威圧を超える威圧と言葉で返してくる。それをグラサンがさらに返す。さらに返す。返す。返す。返す……。

 あれー? さっきまでのかよわい西洋グラサン少女の面影どこいったー?

 顔と顔が近くなる。肩を掴みあう。おでことおでこがごっつんこ。笑顔が消えていく。周りから人が消える。あ、気付けば鬼二匹。ってー。

「なーんで空港で何回も口喧嘩見なきゃいけないんだよっ!」

 さすがにここはキレてもよかったと思う。だからぶちっとした。

 もう完全につかみ合ってメンチビームの応酬になってる二人を引き剥がす。それでも掴みかかろうとするグラサンを捕まえる。うががが顎に頭をあててくるんじゃないいいい髪ががががががが地味ににににににににに痛いいいいいいいい。

 グラサンの頭を手で押さえる。舌を噛みかねない。

「で! 失くしたって荷物の特徴は!」

「は!?」

 受付の姉ちゃんもなんだか語気が荒い。そんなメンチビームでこの俺が負けるものか。

「だから、このグラサンが失くしたって言う荷物の特徴を教えてくださいって! 俺が調べるから!」

 しばらくお姉さんは鬼みたいな顔して固まっていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。

 こほんと咳払いをしているのはいいことだが、あいにくとグラサンのほうは怒りが収まらないのかまだジタバタしてる。いい加減どついたろかこのアマ。

「このガ……お嬢さんが言うには、赤いスーツケースだそうです。クマのシールを貼っているので見ればすぐ分かると」

 スーツケースに旅行先の思い出のシールを貼るのはわかるけど、クマのシールって。

 まぁいいか。「ありがとうございます」頭を下げていまだ怒り心頭のグラサンを引きずってその場を離れる。

 さんざんロシア語で喚かれてはいるがおあいにくさま。俺はロシア語がわからない。

 しかしうるさい。

「ちょっとは黙れ殺すぞ!」

 どうせ日本語もわからんだろ。普通は言わないことも言ったった。

「       !!」」ぐあがっ。

 ぐちーん。頭突きが顎にいいいいい。舌噛んだ。どうしてくれんだ舌が千切れたぞこの小娘が。

 もう叩いてもいいよね? いいですよハイアリガトウ。

 というわけでたたいた。もちろん女の子なのでグーだ。

「 !!            !?」めっちゃ痛がっている。ざまみろー。

 あースッキリした。スッキリした所で荷物の受け取り場へ。

 ベルトゴンベアがなにも運ばれていないのに動いている。

あのグラサンが本当のバカであれば、なくしたとか言うクマさんスーツケースは絶対ここにある。というかなければおかしい。

 コンベアの前で、直立。立ち止まる。

 どうせここで待ってりゃいつかは来るだろ。立てばいいんだ立てば。



 ゴトンゴトンゴトン……。ゴトンゴトンゴトン……。

 ゴトンゴトンゴトン……。ゴトンゴトンゴトン……。

 ゴトンゴトンゴトン……。ゴトンゴトンゴトンゴトッ。

 蹴られた。それも後ろから。顔にベルトコンベアの跡がついた。「闇討ちだ闇討ちDVだぞDVDだDVはんたーい」Dが一個多いよ うな気がするけどまぁ気にしない。

 グラサンが頭を抑えながら指差しご指名で叫んできた。まぁうるさい。

「ナンデケッタ!?」

「蹴ったのはお前だろうが。俺は叩いたんだ」

「ナンデタタイタタ!」

「たたいたた? お前が頭突きしてきたからだろ」

「ワタシ、ズツウ、シナイ!」

「お前の体調なんか聞いてないって。頭突きだ頭突き」

「タイチョウ、テキ、クル!」

「何言ってるかわかんねぇよ。お前のたいちょうって隊長か?」

「コノ、タイヘンヤロウ!!」

「変態野郎だ! 大いに変な野郎じゃないんだよバカグラサン!」

「アナタガチュキダカラー!!」

「それ言ってるの日本人じゃねぇよ! いい加減にしろボケ!」ぺしっ。

「マタタタイタタ! ウッタタタタタタタタエル!」

「たが多いって!」

「アイキルユー! ファッキュー!」

「英語使えるならもっと早く使え脳無し金髪バカ!」

「ウッロロロタエル、ダイコンインポヤロウ、チュキダカラー!!」

「……付き合いきれん……」

 疲れる。ここまで日本語できないなら日本に来るなよ。それとクマちゃんスーツケースもなくすなよ。

「あー、もうきっつ……」

「マダ、ファイチー、スル!」ふんふんっ。ファイチングポーズ。

「いい加減黙れって。どれだけ周りの視線を集めたいんだお前」

 周りを気にしないで叫びあってこその、この視線。オカーサーン。

 体が視線で火照るのを感じる。落ち着け落ち着け。どうせ見てるのはこっちのバカのほうだ。俺じゃない。

「ハナシ、キク! ダイコンイン」「さっきはスルーしたけど二度目はだめな」さすがに女の子の口からそんな卑猥な言葉は言わせられません。

 というか最初の時と印象全然違うなこいつ。最初のかよわい、かわいいキャラはどこいった。

「ムガーッ!」

「……」

 口をしっかり塞いで到着をまつ。何も載せてないけど、動いている。

 ということは。

 …………。



 ゴトゴト……。

 手から逃げ出したグラサンがまだぎゃーぎゃー喚いているが。

 あんまり関係ない。

 なんで動いているのか。

 荷物が残っているから。

 そう、例えば。

「クマのシール貼った赤いスーツケース、とかな」

 流れてきた荷物をベルとコンベアから取り上げる。

「アッ……」

「ったく」人騒がせな。

 どしっと重たい。床において転がす。

 スーツケースはグラサンの足に当たって止まった。しかしグラサンは動かない。

 まぁ、そりゃアレだろうな。ないない言って大騒ぎしたのに、結局あったっていう。

 ここで俺がマジギレしても悪くはないだろう、ということかな?

「エト、アノ……ソノ……」

 じゃ、ここでスカジャン着たヤンキー顔は、子猫みたいにぷるぷる震えて怯えてる西洋の少女を怒るのか、と。

 ……普通に考えれば通報されるなー。実際警察が来たことあるし。

「あー……」

 最悪警察がこないとしても、成田空港には警備員というのがいるわけで。

 まぁ、すでになんか国際問題になっちゃ困るなー、とりあえず取り押さえないとみたいな感じでさっきからまわりをうろついているわけでして。

 俺個人的にはゲンコツ一発で済ましたいんだけど、どーもそれをやったら在日の大使とか来そうだ。

 こういうときが一番、自分の顔が恨めしいよ。心の底から。

「人生、二次元みたいに終わればなー」

 なんて。

 手を伸ばす。

 グラサンが縮こまる。

 警備員が身構える。

 閉じた手を開く。

 開いた手を、グラサンの頭に置く。なでなで。

 すっげー女の子の髪だめっちゃサラサラだー。別に変態じゃありませんよ。

 降ってくるものがまとはずれだったのか、当のグラサンよりも警備員が驚いている。いい加減消えろよおまえら。

「自分の国と違ってわかんないこともあるかもしんないけど」

 ぽんぽんと軽く叩いて頭から手を離す。

「気をつけろよ」

 じゃー、ばいばい。

 手を振って背中を向ける。あー、なんかいいことした俺。自分で自分を褒めてやりたい。

「…………んー」

 ところで俺なにしに成空きたんだっけ?



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 しまったあああああああああああああああああ!! アリサ迎えに来たんだった! どうすんだよなんで人助けなんてしてたんだよおおおおおおおおおおおおお俺のばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかああああ……。

「アリサああああああああ! いるかああああああああ!! いたら返事しろおおおおおおおおおおお!」

 見つけないと、見つけないと! 冗談抜きでまたあばら骨折られる!!

「ハイ」

 っつ。

「は?」

 後ろから声。グラサン? 「いやお前じゃねぇよ」そもそもまだいたか。

 くいくい。またひっぱられる。

「え、なに? せっかくちょっとかっこよく別れようとしてたのに何? ずるずるひっぱちゃんうんですか? え?」これが現実っていいたいんですか? は?

 いかんキレそうだ。

「マダ、アル。タノミゴト」

「は?」スーツケース以外に何なくしたの? 財布? ケータイ? 人生?

「ヒト、サガシテル」

「日本人だからって全国の人知ってるわけじゃないんだぞ!」

「エット、ナマエ」「おーいバッカミッサオー」

 ……。

 魔王襲来。この声はどう考えても姉貴だ。オワタ。

「俺の人生オワてしまった……」

「?」

 ギギギ。こっちに近づく足音。

 振り向く。そこに別の誰かが立っているわけもなく。

 近づいてくるのは一人だけ。

 黒に近い緑色の髪。しかも腰より長い。

 ボロボロのタンクトップにショートパンツ。自分が女である事を一切自覚していないあの格好。

 四条綾音。俺の姉貴でしかないいやあああああああああ。

「姉貴……」「アヤネ!」

 どうしよどうしよ俺がいくら姉貴からもらった情報が少ないからって見つけられなかったなんてわかったらいやすぐわかるかいやでもわからないかもすぐ聞いてこない可能性もあるしでももし聞いてきたらきっとすぐにわかるからその時はあっという間に姉貴の拳が飛んできて今度はどこの骨が折られるんだよ。あばら? 足? 腕? 首はもうやめ「ありがとなーミサオ」「ひいいいいいいいっ!!」いやだああああああああまだ死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいいい童貞で死にたくはないいいいいいいいっ!!

 …………ん?

「やーわるかったなー。アリサがどんな子か教えてないなー、って思って慌てて駆けつけたけど……んだよちゃんとアリサと会えてるじゃん」

「ん?」

「まーこれから何年か一緒になるから。ご飯、今日から一人前多くしてくれな」

「んんー……?」

「どうした? ミサオ」

 グラサンが、姉貴と抱き合ってる……?

 う、ん……?

「ごめんなんかまだ追いつけてない。どーゆーこと?」

「は?」

「いや、だから……」

 グラサンお前もなんか言えよ。

「アリサ・なんとかかんとか・かんとかなんとかって」

「アリサ・ユーリエヴナ・アヴェルチェフ!」

「って、あの……俺まだ見つけてないん、です……けども」

 やばいいいいいいい自分でいっちゃったああああああ死亡フラグ確定じゃないかあああああああ!! にゃあああああああああああああああああ!

「うんお前バカ?」

「はい?」今の会話どこでバカ要素含んでたんだろうか。

「ちゃんと見つけてるじゃん。コイツだよコイツ」

「……いや、そこのグラサンはただスーツケースなくしたとかうるさいから付き合ってやっただけで」

「なんでそこで否定するかな。え、逆に聞くけどおまえひょっとしてこの子がアリサって分かってない?」

「はぁ?」

 てってっとー。

「すげー偶然。これ絶対映画になるって。ここから始まる、恋の物語……とか!」

「えっと、とりあえず黙れ胸無し妖怪」

「お前なんつった?」問われつつ蹴られた。弁慶様だって泣くところを鬼め。

 蹴られた痛みでなんとなく理解が追いついてきた。

「つまり、俺がぐだぐだスーツケース探すのを手伝ってやってたこのグラサンが……アリサ!?」

「よーやくおバカなミサオ君も理解できましたー! ぱちぱちぱちー!」

 今の言葉を最大公約数で理解しても褒め言葉じゃあない。決してない。

「バカにしてるとこありがたいんだけど、そこのバカはもっと理解に追いついてないみたいで」

「アリサをバカっていうなバカミサオ」

「分けわかんなさすぎてアホ面になってるぞ。はやく助けてやれよ姉貴」

 アリサが姉貴に話しかける。それを姉貴が返す。もちろん英語ではなさそうだ。

 ブツブツとしばらくつぶやいた後、こっちを見てきた。

 姉貴から離れて、一歩、二歩……。

 四条操の前で立ち止まり、顔をのぞく。

 グラサンがゆっくりと外される。

 人にしては長すぎるんじゃないかと思うほど長いまつ毛。カラーコンタクトで表現しきれないような灰色の瞳。なにもない白い肌。色の薄い唇。

 あらかたこんなものだろうか。とりあえず思った事を過剰表現してみた。まぁ西洋生まれの人って上手くいくと本当に人形みたいだってこと。

 お互いに視線が重なる。二人とも動かない。



 どれくらい、時間がたっただろうか。

 グラサン、いやアリサの手が動いた。

 これからしばらく一つ屋根の下で、突然外国からやって来た少女と暮らす。

 二次元みたいな話だ。でも、実際に起きてしまった。だから、これは三次元の話。

 そもそも俺の自己同一性が二次元よりなんだから、問題もないだろう。

 だからだろうか。

 頭が理解しても、あまり驚かない。驚けない。

 それ以上に、驚くような出来事が過去にありすぎるからだろうか。

 わからないが、とりあえずは「キャアアアアアアアアア!!」ビンタサレター。

 おいおい思いっきりやらたぞ。というかなんであんなに物事考えられたんだ自分。そうかアレが走馬灯というやつか。死ぬのか!?

「キウイー! キウイ、ヒト、イルー! タケステー!」

 きうい……? ああ、きもいか。なんで分かるんだろう俺。

 というかなぜ叫ぶ。

 思いっきり叩かれてひりひりする頬をさすりながら起き上がる。と、肩を叩かれた。

「お客様、ちょっと」

「……え!?」

 警備員だと!? まだいたのかおまえら!

「というか全部見てたならわかるだろ! 俺は無実だー!」

「そういうことはあとでお聞きしますので、まずはこちらへ」

「ちょ、……待てって! お前ら顔で判断してるだろ! 絶対顔で判断してるよな! おいー!!」

「そういうことはのちほど」

「まず話をきけー!!」

 がっしりと両腕を押さえられ、惰性でずるずると引きずられる。後ろから響く悪魔の高笑い。

 そうかー、これやれって姉貴がいったんだなー。道理で分けわかんない行動だと思ったー。アハハハハハハハ。

「ちくしょおおおお! 姉貴の胸無し野郎おおおおおお!! お前のスポーツブラ誰がパッド入れてやってると思ってんだくそおおおおおおおおおおおお!! お、覚えてろー……」

 最後ちょっと声が小さくなったのは別に姉貴コワイとかそういう訳じゃない。断じて違う。

 全身を使ってもがく、そんな俺のすぐ横を通り過ぎる、

「やっぱり旅行は今度にしましょ浩二さんっ。お食事にいきましょお食事っ」

「そうだね! 美佐子の為なら予約なしでも高級レストランの一番いい席をとれるよ!」

 バカップル。どうせアレもう少ししたら二人の意見が食い違って別れようとか言い出すんだ絶対。絶対だ!

 結局、人生は三次元。

 や、別に二次元であってほしくはないけど。

 たとえかわいい外国の女の子に声をかけられて一緒に彼女の荷物を探したとしても。そこでギザっぽくわかれようとしても。

 人生はねばーえんでぃんぐなのだ。別れようたってそうはいかない。人生だもの。ハッピーエンドは迎えづらい。

 警備員に引きずられて必死の抵抗を見せながら、頭の中ではそんな事をぼんやりと考えていた。

 

2009年 1月18日



 まだ、あの頃は楽しかった。いや、今も十分に楽しいけれど。

 でも今以上に関係は複雑じゃなかったし、もっと気楽に、毎日が楽しければそれでいいと思っていた。

 ただ、この2年で思いのほか考えや接する人、環境が変わってしまって。

 いつまでも、あのままじゃいられないんだと思った。

 そして、これからも。

 だからこそ、だからこそ、だから……うーん。なんだろ。

 毎日、バカ騒ぎで過ごそう……ぜ?

 どうやら、頭のほうは変わっていないらしい。それだけは確認できた。よかったよかった。


2011年 1月22日

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