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6 健康で文化(がくせい)的な最低限度の生活を営む生活のための買い物



 コーヒーメーカーが朝から仕事をしている土曜日。

 今日は、コーヒーの香りで一日が始まった。

 こういうところが、洒落乙とでも言うのだろうか。

 セレブっぽい。

 実家とはえらい違い。

 実家のコーヒーは普通にインスタントだったけどな。

 別にインスタントは嫌いじゃなかったわよ。

 でも、ホテルのようなきれいなお部屋で、コーヒーの香りで朝の目覚めを迎えられるなんて、なんて素敵なお休みでしょうか。



 今日は買い物に連れて行ってもらえる日。

 いや、連れて行かれる日。

 ちわまる君と伯父さんは、今日も平常運転で朝が早い。

 日の出とともに起きられるのがすごい。

 私は目覚ましがないので、現状無理。


 罪悪感を感じながら階段を降りる。

 パンが焼けるいい匂いもする。


「おはよう」

「おはようございます」

「パン焼く?」

「お願いします」


 オーブンの使い方は、なんとなく分かっていたけど、一度使っているところを見たかった。

 この家にトースターというものはなかった。

 トースターの代わりにオーブンがある。

 ダイヤルがたくさんついていて、使い方がちょっと面倒くさそうだった。


「チーズは載せる?」


 どうしよう。

 あの塊さんに手を付けるのか?

 メイプルシロップも捨てがたい。

 でも私に塊さんを開封する勇気はない。


「お願いします」

 パンの上でチーズが溶ける姿は美しいだろうと想像してしまった。

 そして、罪悪感で自分が固まりそうになりながらチーズ載せをお願いする。

 こんなことをお願いしてバチが当たらないか不安になる。

 二兄伯父さんにあの塊のビニールを剥がしてもらう。

 これでいつでもあの塊をちびちびと(かじ)ることができそうだ。


 二兄伯父さんは食パンとチーズを適当な大きさにカットするとチーズを載せてオーブンに入れる。

 自然な手つきでダイヤルを回すとオーブンに火が入る。


 ふとキッチンを見回すと、紙袋が見える。

「んっ?」

 紙袋には店名らしきものが書いてある。

 パン屋って普通カタカナの店名じゃない?

 紙袋には、ひらがなで店の名前が書いてある。

『お高いパン?』

 そう言えば、テレビで見たことがある。

 一本で千円越えのパンだ。


 二兄伯父さんがカットした厚さで計算すると、一枚百円越え?

『セレブ!』

 心の中で叫ぶ。

 食べられるものなら何を出されても文句は言えない私。

 『何』を出されても、の『何』がおかしい。

 なぜ一枚百円以上の食パンが出る?

 菓子パンだってスーパーじゃ百円以下で売っている。

 安い食パンなら一枚十円以下だ。

 実家じゃ普通の食パンがデフォだ。

 別にまずいと思って食べたことなど一度もない。


「もしかして、そのパンお高い奴ですか」

 あえて聞いてみる。


「ああ、昨日帰りに店の前を通りかかったら売れ残っていたから買ってきた」

 二兄伯父さんは、売れ残りを普通に買ってきたように話す。


「もしかして割引になっていたの」

 聞いてみる。

 このパンなら、割引額が半額でも高いと思う庶民代表の私。


「いいや。売れ残っていたから今日の朝飯にちょうどいいかなって。それだけ」


 いやいやいやいや。なんか考えが違う。

 売れ残りを定価で買うのか。

 そんな高級パン、いつ食べるシチュエーションがあるのよ。

 普通の家では、普通の休みの朝にそんなもの食べないわよ。多分。

 どこか高級ホテルの朝食で出てくるバスケットの中に、個包装のバターとかジャムとかが一緒に付いてくるシチュエーションなら、高級パンが出てきても、何とか理解できるけどさ。

 ある意味、人を殺したけど何が悪いんですか?と言っている人みたいだ。


 チン。

 そんな話をしているうちに、オーブンが加熱を終了した。

 私の頭は朝から過熱気味だわよ。


 きれいなお皿にトーストを載せてテーブルに置く二兄伯父さん。

 こんなに親切にされたのは久し振り。

 朝から高級執事付き?

 母親とみどりおばあちゃん、それに二姉叔母さんに知られたら殺されそう。


 今日は私にもコーヒーを出してくれた。

 よし、メイプルシロップをたっぷり入れるぞ。


 あれ?テーブルの上にない。

 キッチンを見回してもそれらしい物体はない。


 もしかして、この人砂糖(ブラツ)()らない(マン)

 世の中の人間すべてが砂糖なくしてコーヒー飲めるとは思うなよ。


 催促するのも気が引ける小市民代表の私。

 コーヒーをブラックのまま(すす)りながらチーズトーストをほおばる。

 サクサクした触感に甘みの強いパンの生地。

 少し溶けたチーズの味わい。

 黒さ程苦くない感じのするコーヒー。


 美味しい。

 パンが。

 とっても。


 英語で言うと、

  グッドテイスト

  ブレッド

  ベリーベリー

だ。

 尼東高校に通うことになっている人間とは思えない感想だけど。


 パンの旨さだけが際立つ。

 こんな贅沢をしている人がこの世にいたわけだ。


 ああ、チーズも美味しいよ。

 普通に、だけど。


 亜音にマウンティングするネタができた。

 私の心もブラックに染まる。ヘヘヘヘ。




★★★



 午前9時に家を出る。

 なぜかちわまる君も一緒だ。


 二台ある車のうち、大きいほうの車に乗る。

 私は何とか助手席をキープ。

 ちわまる君の乗車セットを後部座席に移したおかげだ。

 これで私が後部座席なら、少しへこむ。

 犬以下の同居人だよ。

 それはそれでネタになるけどさ。

 ただ、二兄伯父さんの車、後ろの座席も立派なんだわ。

 後ろの座席がコックピット?

 一人一人専用の座席。

 父親の車みたいに大きなシートで一列に三人乗れる座席じゃない。

 後ろの座席に二人しか乗れない。

 座席が高級そうだけど、ちょっと窮屈そう。

 高級椅子がそのまま座席になっている感じ。

 相撲取りならちょっと無理かも。いや、意外とすっぽり入って楽かも。


 そんなことを考えながら二兄伯父さんの運転で出発。

 スルスルと静かに進む大きな車。

 父親の車のように音で存在感を表現する車じゃない。

 見えないもの、聞こえないもの。そう、存在感をオーラで表現しているような感じの車。


 車の中はめっちゃ静か。

 これなら前の席と後ろの席とで会話が普通にできる。

 シートも高級感溢れる感じでステキ。

 高くなくても、いじらなくてもいいから、この車のようにノーマルの車に乗りたいな。



 車の乗り心地を味わっているうちに、携帯電話のショップに到着。

 行き先を言われなかったから、どこに行くのか少しドキドキしていた。

 もしかしたら、スマホ買ってもらえるかも、って少し期待はしていたけど。


 私たちは、ちわまる君を残して二人でショップに入っていく。

 二兄伯父さんは予約していたようで、すぐ座席に案内される。


「花蓮、欲しい機種ある?」

 ショップに着いた途端、こんなことを言われても心の準備ができていない。

 事前に言っておいてくれたのなら、パソコンなりスマホなりで検討していたよ。

 もちろん伯父さんから借りてだけどね。


「いえ、特にないです」

 私は自分のお金で買うつもりはない。

 だってお金がないんだもん。

 正確には、スマホを買って契約するほどお金がないので買えません、が正解だ。


「じゃあ、これ下さい。機種変で」

 二兄伯父さんはスマホを注文するとともに、一台の古いスマホをボディバッグから取り出す。

「下取りいたしますか」

 きれいなお姉さんが尋ねる。

「いえ、しません」

 二兄伯父さんは答えた。


「適当にケースとか選んでおいて」

 二兄伯父さんは簡単に言うが、スマホ初心者の私がどうやってケースを選ぶのかなんてわかりません。


 そう思ったけど、スマホケースコーナーは機種ごとに区分けされていました。

 色々あって迷うわ。

 大別すると、ただのカバーと手帳風のカバーなんですけどね。


 二兄伯父さんは契約続行中。

 ところで私のスマホの機種はなに?

 一応新機種の類ですか。

 同じ機種が、いくらするのか展示品を見る私。


 ?かなりお高くありませんか?

 最初に一瞬だけ安すぎると思ったことは内緒にしていてください。

 桁を勘違いしただけです。

 高いスマホ持っている友達だって、この金額の半分くらいだと言っていたはず。


 既に契約中の二人の間に入ることができずに、おろおろする私。

 本当にこの機種なの?

 テーブルを見ると間違いなさそう。


 一気に疲れました。

 お金を使うって、こんなに体力が欲しいことなんですね。


 スマホケースだけでも自分で買おう。

 お財布の中にある金額を思い出しながらスマホケースを必死に選ぶ。

 可愛いのが欲しい。

 でも安く上げたい。


 これにしようかな。

 私は第一候補を選んだ。

 可愛さ半分、コスパ優先で。


 座席に戻り、二兄伯父さんが契約している姿を眺める。

 二兄伯父さんが私を向く。

「ケース選んだ?」

「選びました」

「サービスだから、遠慮しないで好きなの選んで」


 失敗した。


「分かりました」

 すぐに選び直す貧乏人がいた。

 何を選んでも値段が同じで、しかも無料なら高いほうを選ぶ。

 きれいなお姉さんの前だって恥ずかしくない。

 イケメンの店員さんだったら少しくらい躊躇するかもしれないけど。



★★★



 朝からどっと疲れた。

 ちわまる君はお利口にして車の座席で寝ている。

 なぜか高速道路に乗っている私たち。


「次はどこに行くんですか」

 あまり遠いところは勘弁してほしい。

 さっきの携帯ショップでは、下手すると父親の給料の手取り額に近い金額が飛んでいったように聞こえた。

 入学祝いということで済まされたが、こっちは気疲れしてそれどころではない。

 嬉しさ百パーセント、気疲れ二百パーセントっていう感じ。


「机を買いに行く。ついでに食料も買う」

 サングラスを掛けたおじさんが簡単そうに言う。

 テーブルを借りられたらそれで私は充分なんですけど。

 何なら漫画のように、ミカンの段ボール箱で良いんですが。



 連れて行かれたお店は北欧風のお店だった。

 白が基調の机と椅子をあっさりお買い上げ。

 まさかのマットレスや布団まで。

 金額は、スマホと比べると本当に大したことはないような気がする。

 大きい車なので、机も椅子もマットレスも布団も全部すっぽりと入る。

 マットレスはセミダブルだって。

 誰がどう使うつもりなの?

 まさか二兄伯父さんが夜な夜な布団に潜りに来るの?


 でもそういう目的だったら、きっとダブルかキングかクイーンサイズでしょう。

 二兄伯父さん、今ダブルで寝ているんだもの。なぜか知っている私。


 他に好きなものを買えと言われたので、私は迷わず目覚まし時計を買い物袋に入れました。

「目覚まし時計が欲しかったんです」

 数百円で目覚まし時計が帰るなんて安い。

 三年持つかな?

 一年でも持てばいいくらいの気持ちで、とりあえず目覚まし時計を二兄伯父さんが押しているカートの袋に入れた。


「目覚まし時計?目覚まし時計なら何でもいいの?」

 二兄伯父さんが尋ねてきた。

 安すぎたからかな?

 二兄伯父さんだったら、一万円超えても普通に買いそう。


「まあ、安かったんで」

「何でもいいなら、(もら)いものでまだ箱に入っているのが家に余っているからそれ使ってよ」

 二兄伯父さんが言う。


 さすが、実家にないものは全てある家。

 余っているならそれ貰おうかな。

「良いんですか」

「もちろん」

 元の位置に並べ直して、数百円儲けました。


 お昼も北欧()調()でいただきました。

 こんな調度品を売る店で、食事まで食べられるなんて。

 緊張していたのか、気疲れしていたのか、味が分からなかったことだけは覚えている。

 食べたものも、名前をすぐ忘れてしまいました。

 とりあえず、買ってもらったばかりのスマホで写真撮ったけどね。




★★★




 お昼を食べた後は、普通のスーパーに寄りました。

 なんかお肉が安かったみたいです。

 そこでお肉とお酒などをお買い上げ。

 好きなものを選んで、と言われましたけど、気を使い過ぎて、缶詰を選んで終わりました。

 二兄伯父さんが居ないとき、一人でも食べられるようにと缶詰を選びました。

 ご飯の炊き方は分かったので、最悪ご飯と缶詰で凌げるようにと思ったのです。

 そもそも料理ができないのに、食材を選ぶなんてことはできません。

 私に主導権を握らせるのは、もう少しスマホで料理を勉強してからにして下さい。



「ここで買い物したら後は帰ろう」

 そう言われて、スーパーの次に入ったのが巨大倉庫。

 入り口で会員証を提示して入店。


 このお店は、テレビでは見たことありましたが、実際に入るのは初めて。

 大きい買い物カートにびっくり。

 そしてものすごい人出にもびっくり。


 好きなものを選んでいいよ、とまた言われましたが、心の準備ができていないので、私は丁重にご遠慮いたしました。

 何が欲しいのか、自分でも分かりません。

 お店の感想を一言述べよ、と言われたら、『ヒエー』で終わる自信あります。



 たった四店舗周っただけだけど、帰りは夕方でした。

 本当に疲れました。

 心が。


 もちろん身体も疲れました。早く寝たいです。

 板の間に敷かれた布団で結構です。

 フカフカのマットレスよりも気疲れしない布団が一番です。


 ゆっくり休みたいと思っても、購入したものを整理しないと休めません。


 マットレスと机は、二兄伯父さんが私の部屋に運んでくれました。

 私は椅子とお布団。


 寝床をセットしている間に、二兄伯父さんは夕食を作ってくれるそうです。

 とは言っても、お肉を焼いて、大きな倉庫で買ってきたものを並べるだけなんです。

 予想準備時間十五分かな?

 私は二兄伯父さんを待たせないように、必死にカバーを掛けたり寝る準備をしました。

 スポンサーを待たせちゃ駄目でしょ。


 一階に降りていくと、予想通り準備は終わっていました。

 二兄伯父さんは、赤ワインを飲みながら、テレビを眺めていました。


 なんと類先生の番組。

 渋い趣味。

 テレビの中で類先生は焼酎を飲んでいるのに、二兄伯父さんは赤ワイン。

 テレビよりも良いもの飲んでるんじゃありませんか。

 うちの父親なら、バラエティー番組を見ながら、類先生と同じようなものを飲んでいると思うけど。


 テレビの中で類先生はもつ焼きを食べていました。

 尼リーヒルズの某一軒家では、巨大倉庫で購入したお洒落な洋風の巻物と豪華なお肉です。

 世の中の人間百人に聞いてみました。

 類先生が食べているものと尼リーヒルズの某一軒家で出されている食べもの、どっちを食べたいですか?

 ポーン!

 尼リーヒルズ!

 これが世の中の一般的な答えではないでしょうか。

 少なくとも女子はみんなそうですよ。

 二兄伯父さん、テレビ見る意味あるんですか。



「整理終わった?」

 私を見て声を掛ける二兄伯父さん。

 終わらなくても終わりましたよ。

「もちろんです」

 私は椅子に腰かける。


「お茶、それともジュース?」

「ウェルチで」

 私は在庫処分することにした。

 ウェルチを選んだのは、贅沢ではない。

 二兄伯父さんが飲まないからだ。


 二兄伯父さんは、お酒以外だとお茶系統ばかり飲むのだ。

 つまりジュースは私専用。

 私が飲まなければ、消費期限が来てしまうのだ。


 ウェルチうま。

 巻物うま。

 お肉はジューシーで涙が出てきそう。


 今日は何記念日?

 誕生日だってこんなに物を買ってもらった記憶ないですけど。


「そうそう、目覚まし時計見つけたから使って」

 二兄伯父さんが小さめの箱を出す。

 S社のロゴが見える。

 可愛くないけど正確そうだ。

 電波時計って書いてある。


「ありがとうございます」

 お礼を言う私。


 まあお金を払って買いたいとは思わない目覚まし時計だ。

 だって絶対五千円はすると思う時計(やつ)だし。

 貰えるならラッキーっていう感じだけど。


 でもふと気が付きました。

 スマホって目覚まし機能あるんじゃないの。

ワクチン接種後生きていたら追加します。

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