1 プロローグ
とりあえずR15にはしています。
どっちとは言いませんが期待しないでください。
「おばあちゃん、今年も二兄伯父さん来ないの」
妹の亜音が尋ねる。
「仕事が忙しいんだって」
ちょっと不機嫌そうな顔になりながら、みどりおばあちゃんが答えた。
「残念。今年こそは溜まりに溜まったお年玉を貰えるかと期待していたのに」
残念そうな顔をしながら亜音が言った。
「亜音ったら。そんなはしたないこと言って。でもたまには二兄と正月を祝いたいわね」
母親である里美も娘である亜音を窘めながらも残念そうに言った。
「二兄が来られないのは、『アノオンナ』が悪いのよ。さっさと死ねばいいのに」
母親はそう言いながら、コップに残っていたビールを一気に流し込んだ。
「ふ~ん、アノオンナね」
亜音が母親の言葉を真似して言った。
この光景はほぼ毎年見られる我が家の恒例行事だ。
母親の実家に行って正月を祝うと、二兄伯父さんが来られないことと、アノオンナを呪う言葉がセットで出てくる。
二兄伯父さんは、空想上の親戚じゃないかと思う時がある。
だって今まで実物を見たことはないのだから。
当然お年玉を貰ったことはない。
大手商社に勤めていると聞いているので、いつか逢えたら、たくさんお小遣いがもらえるのではないかと亜音と期待しているのだ。
そして毎年失望させられる。
うちの親戚連中は、あんまりお金に縁のない人たちの集まりだと思う。
お金に大きく困った様子は見えないので、一応標準と言ってもいいのかもしれないが、金持ちグループでないことは確かだ。
その中で、空想上の産物に近い二兄伯父さんだけが、お金持ちと推測できるのだ。
「今年も誘ったのよ。でもあの子は、忙しいから帰れないって言っていたのよ」
みどりおばあちゃんが残念そうに繰り返した。
これも毎年何回も聞く言葉だ。
正月が毎年忙しいだなんて嘘に決まっている。
テレビでは世の中お休みモードだ。
商社マンなんて長期休暇を取って、絶対ハワイに行っているに違いない。
「義兄もたまには、こっち来いっていうの」
ちょっと乱暴な言葉で、父親の正幸が二兄伯父さんの文句を言う。
実の父親ながら、私は正幸のことがあまり好きではない。
しゃべる言葉がちょっと汚いのだ。
ヤンキー崩れの父親は、ヤンキー側から見れば格好いいのかもしれないけど、私から見ると品がなくて嫌なのだ。
年相応ではない金髪。
年相応のおなか。
年不相応の分別。
やたらと攻撃的に見える態度。
常識のない行動。
でもヤンキーまでは落ちていないところが救いだ。
友達の家に行ったとき、迎えてくれた友達のお父さんたちは、ちょっと老けてはいたが、上品で素敵だった。
うちのお父さんと取り換えっこして欲しいと思った。
そんな妄想を口にしていけないことは分かっているけど。
「正幸さんもそんなこと言わないで。あの子もきっと頑張っているんだから」
みどりおばあちゃんが私の父をたしなめる。
おばあちゃんは、二兄伯父さんの悪口を言われるのが好きではないのだ。
二兄伯父さんの悪口が出ると、真っ先に注意する。
「そうよ、あなた。居ない人の悪口を言うのはやめなさいよ」
母親も父をたしなめる。
母親も二兄伯父さん推しだ。
母親も二兄伯父さんの悪口を言われるのは好きじゃないようで、父がそんなことを言うとすぐに怒る。
「まあ、義兄が悪いっていうよりも、アノオンナが悪いんだろ。さっさと離婚すればいいのに。子供もいないんだから」
父は悪者を二兄伯父さんからその奥さんへと対象を変えた。
「私もそう思っているんだけどね。性悪女はうまく立ち回っているんだわ」
みどりおばあちゃんが同意する。
みどりおばあちゃんは、二兄伯父さんの悪口を言われるのは嫌いだが、その奥さんの悪口は大好きなのだ。
私はみどりおばあちゃんが好きだけど、悪口を言うおばあちゃんは好きじゃない。
そもそも他人の悪口が嫌いなのだ。
当然、父親の汚い言葉使いとか、悪口を言う姿が嫌いなのだ。
なので、こうやって注意されるとちょっと微妙だ。
父親のことを注意してくれるのは嬉しいけど、おばあちゃんが悪口を言うのは嫌なのだ。
「そんなのどうでもいいじゃん。たまには二兄伯父さんの家に行ってお年玉貰って来ようよ」
未だ貰ったことのないお年玉を夢見て、亜音がそんなことを言う。
「亜音ちゃん、二兄伯父さんの家は、アノオンナがいる限り、うちの親戚は入れてもらえないんだよ。住所は分かるけど、家の場所まで二兄伯父さんは教えてくれないのよ」
「そんなのスマホのマップで調べたらいいじゃん」
「亜音、そんなことおばあちゃんに言わないの。どうせあの女に追い返されるのが落ちよ」
母親がおばあちゃんに助け舟を出す。
うちの親戚は誰も二兄伯父さんの家に行ったことはないのだ。
アノオンナがいる限り、誰も二兄伯父さんの家に行けないのだと言われている。
だから二兄伯父さん空想説まで出てくるのだ。
でも密かに私と亜音は知っている。
みどりおばあちゃんは嘘をついている。
みどりおばあちゃんは、二兄伯父さんの家を知っているのだ。
以前、おばあちゃん家で探検ごっこしたとき、二兄伯父さんからの手紙を発見したのだ。
それは二兄伯父さんが家を建てたときに出した手紙だった。
その手紙には、二兄伯父さんの住所のほかに、ゼンリン地図のコピーが入っていたのだ。
まだ家が印刷されていない空白地帯に油性ペンでしっかりと印がつけられていたのだった。
そして手紙には、新しい家に遊びに来て欲しいとしっかりと書いてあったのだ。
なぜぜおばあちゃんがこんな嘘を吐くのか正直分からない。
アノオンナが関係しているのは確かなのだろう。
そのことを母親は知っているのだろうか。
手紙を黙って読んだことが、みんなにばれるのが怖くて、一度も聞いたことがない。
それだけじゃない。実は亜音と、二兄伯父さんの家を見に行こうとしたことがあったのだ。
部活の遠征試合で、二兄伯父さんの家に近くに行ったとき、駅から歩いて向かったのだ。
黙って見に行けばバレないだろうと思って。
駅から歩いてたったの五分ほどの住宅街はあまりにも庶民には眩しすぎて、二兄伯父さんの家に進めば進むほど怖くなり、結局手前百メートルくらいで引き返したのだった。
結構近くまで行ったつもりだったが、どの家が二兄伯父さんの家かなんて観察する余裕はなかった。
そこの住宅街は、私が見てきた住宅街とはオーラが違った。
高級住宅街だということは、子供である私にもわかった。
高そうなオーラを纏っている家が騒然と立ち並んでいるのだ。
そして駐車場に置かれている車は、ドラマに出てきそうな感じの車で、みんなキラキラしているのだ。
そんな高級住宅街を進めば進むほど、周りの雰囲気が、自分達貧乏姉妹に合わない感じがして、それ以上足が進まなくなってしまったのだった。
そのまま進んだら、警察に通報されるような気がした。
亜音は、
「なんか悔しいから野グソしてやろうか」
と高級住宅街に喧嘩を売りたがっていたが、そんなことをすれば間違いなく通報されるので、亜音の腕をつかんで駅に引き返したのだった。
さっき亜音は二兄伯父さんの家に行きたいとは言っていたが、本当はどうなんだろう。
あの時、一緒にたどり着けなかった私がそう思うのだ。
当然あの時の場違い感は亜音も感じていただろう。
そうでもなければ、置き土産を残してこようだなんて言うはずもないのだから。
「リリリリーン」
そんなことを考えていたら、一兄伯父さんのスマホが鳴った。
「二兄からだ」
周りに聞こえるように宣言してからスマホに応答する一兄伯父さん。
「えっ、奥さん死んだ」
一兄伯父さんの言葉は、おばあちゃん家に集まっていた全員を凍らせるのに十分な温度を持っていた。
ワクチン接種するのでビビって投稿しました。
チキンな私を笑ってください。