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~名門野球部の坊主君~

~名門野球部の坊主君~


坊主「強豪校に入学して三年間、汗水たらしながら本気で野球部に打ち込んできましたが、甲子園の地区予選決勝では個性的な特訓ばかりするアウトローなおっさん監督に率いられた初心者だらけの初出場チームに負けてきました」


ライル「あちゃー、いきなりすごいのが来たな」


ネネ「頑張ったのに悲しいね。でもそれは仕方ないよ」


坊主「……仕方ない?」


ネネ「あ、うん……。だってそれはそうじゃん。昨年優勝した強豪チームが主人公の所属する急造チームに負けてしまう物語って結構ありがちだもんね。

 強さ的にはゼロどころかマイナスの地点からスタートして、あれよあれよと言う間に成長していく主人公たちにとって、もともと強いところって物語の終盤で乗り越えるためのわかりやすい障害になるからかな?」


ライル「確かにそうかもしれないな。試合を見ている側からすると、弱かったチームが強いチームに苦戦しながらも勝つ展開って面白いもん。いわゆるジャイアントキリングだな。そもそも何が起こるか最後までわからないのがスポーツだし。

 まぁ、負けたからって気を落とすなよ。人生そんなこともあるさ」


坊主「いや、そうも言ってられない。あの戦いに勝った奴らは、とんでもないものを証明してくれました」


ネネ「なんです?」


坊主「……努力なんて関係ない!」


ライル「ひでー話だ」


ネネ「現実は努力家に冷たいものね。成功に必要なのは、才能とカリスマ」


ライル「そして金とコネ」


坊主「……たかが野球に負けたくらいでそこまでは言わないが」


ネネ「だけど高校時代は人生の縮図だといわれているよね……」


坊主「……え?」


ライル「まぁ、あれだな。よく考えてみろ、そんな急造チームにあっさり負けるお前らも悪い。ちゃんと練習した実力を発揮して勝てよ。いっそ奴らをコテンパンにして、『現実をなめるな!』とか笑いながら言ってやれよ」


ネネ「でも坊主君はフィクションになめられた(笑)」


ライル「しっ! 馬鹿、聞こえるだろ!」


坊主「ん?」


ライル「いや、なんでもない! 気にしないでくれ」


坊主「じゃあいいが……。俺だって本当は優勝して『これが努力の勝利だ!』とか言いたかった。でもな、俺たちは負けてしまったのさ。

 ふっ、どうせ現実はペロペロキャンディー」


ライル「……なめてる奴のほうが甘い思いをするってか。うるせぇよ」


坊主「だって正直者は馬鹿を見るんだぜ? な、お前もそう思うだろ?」


ライル「そんなことない。正直者だけが馬鹿を見るんじゃない。嘘つきとひねくれ者は自分が馬鹿を見たことに気が付かないだけさ。正直者は確かに馬鹿を見るが、ちゃんと他のものも見えているだろ?」


ネネ「にごりない正義とかね」


坊主「そういうこと真顔で言ってて恥ずかしくないのか?」


ネネ「……恥ずかしかった///」


ライル「おい、ネネ。お前が赤くなるなよ。俺まで恥ずかしくなってくるだろ」


坊主「ふふ、顔が赤くなるのもいい。我が野球部の部員たちのように、優勝候補の名前に上がってなかった弱小チームに負けて顔が青ざめるよりはましさ……」


ライル「なんかごめん。(ちょっと面倒だな、こいつ)」


ネネ「でもさ、どうして負けたんだろね。強豪校ってことは、たぶん坊主君たちのチームって、ちゃんと強かったんでしょ?」


坊主「……スポーツ漫画だけでなくバトル漫画にも言えることだが、努力や練習シーンが少ない作品で主人公たちが勝利するのは凡人の努力行為を否定しているようなものだ。結局勝利に必要なのは才能と運だって言いたいんだろ?」


ネネ「うん。(言いたいわけじゃないと思うけど、面倒だから頷いておこう)」


ライル「うーん。そういう見方ができなくはないだろうけど、負けたからって考え方が卑屈すぎやしないか? その理屈でいくとさ、お前が試合に負けたのは運が悪かったってことになるだろ。今さらあがいても無駄だから、いっそ犬に噛まれたと思ってあきらめたらどうだ」


坊主「やだ。悔しい。認めたくない」


ネネ「三年間も青春をかけてきたんだから、そりゃそうだよね」


ライル「しかしだな……」


坊主「なぁ、知ってるか? 世の中にはマネージャーが有名な経済書を読んだからって強くなるチームもいるんだぜ。顧客とかマーケティングとか、野球の強さには関係ないだろ。あれを読んで勝てる奴は他の本を読んでも強くなれるだろ。つーかもう本とか関係なく強いだろ。普通に野球の練習をすればもっと強いだろ」


ライル「言いたくなる気持ちはわかる」


坊主「経済書のおかげで野球の試合に勝てました……って、どこのカルトだよ」


ネネ「それだけ聞くと怖いよね。悪徳商法っぽい」


ライル「僕たちが優勝できたのは、皆さんの応援のおかげです!

 ……これなら感動できるけどな」


ネネ「その二つって何が違うのかな?」


坊主「つまり厳しい練習の裏づけがあってほしいのさ」


ライル「ふーん、練習ね」


ネネ「練習かぁ……。物語的には普通の練習描写って地味だけど、ちゃんと強くなるためには必要だもんね」


坊主「それにしても俺には理解できない。どうして主人公サイドは正攻法で勝とうとしないのか。ちゃんとした普通の練習だけじゃ満足できないのか? まさかテスト勉強もドラッカーに頼っていたんじゃねーの? 期末テストにおける顧客は私です! そんなもん当たり前だよ素直に勉強しろ!」


ネネ「あらぶってるねぇ。近寄りがたいよ」


ライル「……そう言うネネはどう思う?」


ネネ「んーとさ、たぶんだけど、普通の練習をするだけじゃ物語として面白くないからじゃない? 読者や視聴者にしても、地味な練習ばっかりでキャラに魅力のないチームを応援したくはないと思うけど。

 真面目なのは真面目でいいんだけどさ、やっぱりドラマがないと」


坊主「…………ドラマか」


ライル「ネネ、それだけは言っちゃ駄目だぞ。坊主ってことしかキャラがない人間に対して個性が重要とか言ったら残酷だから」


ネネ「あ、ごめんなさい」


坊主「魅力がないとか言わないでくれ……。確かに三年間ずっと彼女いなかったけどさ……」


ライル「ほら見ろ、いじけちゃったじゃないか。(こういうところ見るとメンタルトレーニングが足りなかったんだろうな)」


ネネ「ごめん元気出して。私じゃ何もあげられないけど」


坊主「だったら俺に女子にモテる方法……じゃない、勝利の秘訣を教えてくれ」


ネネ「え? えーと……助けてライル」


ライル「ここで俺か? 必勝法? そうだなぁ、お前もなんか読んで行けよ」


ネネ「あ、そうだよね! でさ、試合の前に坊主君は何か読んだの?」


坊主「独自の理論と哲学を持った監督がチームにはいたし、野球の技術書は何冊も読んだ。後は……そうだな、子供のころ野球の漫画を読んで感動した覚えはある」


ライル「あーあ、馬鹿だなぁ。ここぞというときに謎の強さを発揮する主人公チームに勝とうと思ったら、お前は野球と関係ないところから引っ張ってこないと駄目だぜ」


坊主「野球と関係ないところ? なんだそれ」


ライル「……たとえば孫子の兵法とか?」


坊主「ふーん。確かに中国の古典を活用したビジネス本は書店にあったな。敵を知り己を知れば百戦危うからず……だっけ? 孫子もいいこと言うよなぁ。

 けど何を読もうが読まなかろうが、どちらにせよ練習は普通に必要だろ」


ネネ「だよね」


ライル「んー、いっそ相手と同じ本を読んでリベンジしてみたらどうだ? 条件が同じなら勝つことも出来るだろう」


坊主「経済書を読んで野球が上手くなるのは、すごく限られた一部の人間だけだと思うんだが。具体的には作者が気に入った人間。またの名を主人公」


ネネ「だよね」


坊主「あとこれだけは言っておく。野球で強くなりたければ素直に野球の練習をするのが一番正しい。経済書? トンデモ練習? ええいふざけるな、『木によりて魚を求む』ということわざを知らないのか!」


ネネ「方法を間違えれば事は成就しないってことだよね、確か」


坊主「その通り!」


ネネ「必死の勉強アピールだ(笑)」


坊主「…………」


ライル「な、なるほどねぇ! ためになるなぁ! 勉強しない奴に限って、勉強のコツを知りたがるんだよな。一足とびに成績をアップさせたくて裏技を知りたがるんだよ。普通に毎日予習と復習やってろって思うけど」


坊主「受験勉強をおろそかにして、合格祈願の神社参りに熱心なアホとかな」


ネネ「確かに他力本願なそういうのってどうかと思うときもあるね。でもさ、気負ってないからこそ成功する場合もあると思うけど、どうなの?」


ライル「ビギナーズラックみたいな?」


ネネ「そうそう、それそれ。初心者ならではの強さって奴」


ライル「気負ってないからこそ得られる運もあるとは思うけど、さすがにそれだけじゃ決勝まで勝ち進めないから」


坊主「だよな。偶然だけじゃ勝ち残れないよな」


ネネ「わかった! おみくじ引いて、大吉のときだけ試合する!」


坊主「……実はもう引いてて大吉も出てたんだよな」


ネネ「え、そんなんで運を使い果たしたんだ(総量ちっさ)」


ライル「それじゃ運には頼れないな。よし、やっぱり哲学書や心理学の本を読んでいくしかないだろう。手に汗握る心理戦になった途端、ありえない強さを発揮するチームとかいいじゃん」


坊主「高校野球で心理戦ねぇ……。野球そっちのけで高度な心理戦に持ち込む展開は燃えるだろうけど、なんだか付け焼刃みたいな印象がする。だったら真面目に対戦相手のデータとか調べて、普通の対策を練ったほうが効果あると思うぞ」


ネネ「それが現実的だよね。夢はないけど一番夢に近づけそう」


坊主「そして実際にマネージャーが他の高校の野球部に関するデータを集めてくれていて、俺たち部員はそれを元に作戦を立てていた」


ネネ「じゃーどうして負けたの?」


坊主「決勝戦で当たったチームだが、奴らは毎年一回戦敗退の常連校で俺たちには十分なデータがなかった。正直、チームの誰も注目してなかった」


ネネ「あらら」


ライル「はっはっは、まぁ所詮はフィクションさ。だから坊主、お前が負けたのも幻想だぜ。勝ち負けなんて作り話の中での出来事なんだからさ、あんま気にするなって」


坊主「それはそれで悲しくなってくるが」


ネネ「悲しいどころか私たちの存在全否定じゃん。なにがフィクションだよー」


ライル「……そうだな、だったら話を変えよう」


ネネ「変えるってどこに?」


ライル「……次に奴らと戦うときのための対策会議だ」


坊主「奴ら……つまり、物語の幸運に恵まれた主人公たちのことだよな?」


ライル「もちろんそうさ。脇役や敵役として、主人公に勝つために出来ることを考えようぜ」


ネネ「……対策も何も、本当に勝てるの? そりゃ主人公が負けちゃう物語も世の中にはたくさんあると思うけど」


坊主「それを考える対策会議だからな……うむ、まずは主人公の特質を調べたいところだ」


ライル「やっぱり主人公が所属するチームって特別だよな。とって付けたような練習量にしては成長率が半端ないもん。……え? お前ら放課後にお茶飲んでいただけじゃん……とかさ(そういう和気あいあいとした雰囲気が好きだけど)」


ネネ「意味不明な特訓で必殺技とか覚えたりね(そういうの面白いけど)」


坊主「そうそう。練習そっちのけで遊んでいるだけかと思ったら、それでチームワークがよくなったとか言い出して試合に勝ち始めるの。ちょい待て、なんで個人の技量まであがってるんだよ! お前ら練習してないだろ!」


ライル「食べてやせるダイエットみたいな胡散臭さ」


ネネ「イチャイチャしているだけで強くなっちゃうカップルとかね。これが愛の力だとか言い出しちゃって(でもそういうの嫌いじゃない)」


坊主「お願いだから基礎練習は真面目にやってくれ! 基礎もなってないチームに負けたとなりゃ、俺たちは死んでも死にきれない!」


ネネ「よかったね、不死身じゃん(笑)」


坊主「……ごめん、普通に死ぬときは死ぬわ」


ライル「……あ! でも漫画とかだと、普通の練習だけをするチームってなかなか勝てないよな! つまり普通じゃない練習しようぜ! 合気道とか!」


坊主「作品によってはスポーツなんかやってないで、もういっそ武闘会にでも出場しろよと本気で思う連中もいるよな」


ネネ「でも特殊能力を出し合って戦うスポーツ漫画の方が私は好きだなー。主人公が特別じゃないリアリティを重視した作品って、それはそれで確かに面白いんだけど、結局は現実のスポーツを見ればいいじゃんって思っちゃうもん」


坊主「……え?」


ネネ「あ、ごめん。声に出てた?」


ライル「いや、俺は主人公がなかなか勝てなくて苦戦するリアルなスポーツ漫画も好きだぞ!」


ネネ「でも現実の方がフィクションみたいにすごいことってあるじゃん。記録を塗り替え続ける選手とかドラマチックな試合展開とか」


ライル「あるな……」


坊主「でもだからってフィクションで同じことをやるのは慎重にならなきゃだろ」


ライル「……そうか?」


坊主「せめて最初から最後まで手に汗握る接戦で、ずっと互角の戦いをやってのけたのならまだいい。けど序盤の大量失点を終盤で一気に取り返しちゃうような大逆転劇は興ざめだろ」


ライル「なるほど、試合の途中で覚醒する展開とかか。でも俺ああいうの好きだけどな、燃えるし」


ネネ「試合の前に覚醒しろって話でしょ。今までなんの練習をしてきたんだと」


ライル「あー、なるほどね。言いたいことはわかった」


ネネ「わかればよろしい(私もそういう展開が好きだけど坊主君が拗ねそう)」


坊主「あと一つの試合内でさ、負けそうになってて仲間同士で喧嘩、同じ試合中に仲直りして友情を確認、謎のレベルアップとかもやめてほしい。自分らで青春ドラマやるのはいいけど、真面目に試合やっている俺たちが恥ずかしいのなんのって」


ライル「それも青春っぽくて、俺は好きだけどな」


ネネ「殴り合いの喧嘩は試合前日の河川敷でやれって話でしょ」


ライル「あー、なるほどね」


ネネ「わかればよろしい(私も青春っぽくて好きだけど坊主君がね……)」


坊主「……ん、何か言いたいことがあるのか?」


ネネ「え、また声に出てた?」


ライル「出てない。誤魔化せ」


ネネ「……あ! それにしても盛り上げどころの友情パワーとかチーム全員の士気とかってすごいよね。格上の敵チームに勝っちゃうこともあるんだもん」


ライル「ついでに奇跡も後押しする。みんなの目に涙。物語はハッピーエンド」


坊主「……む。なんか腹立ってきた。俺たちって最初から負けることを望まれていたんだな」


ネネ「それはどうだろ。負けたチームも人気になっている作品も多い中、もしかして坊主君たちって単純に人気がなかっただけなんじゃ……」


坊主「……え?」


ライル「……あっ! でも逆に考えればさ、お前らはチームワークとか気持ちの強さで負けたんだろ! スポーツって案外そういうところあるからな!」


ネネ「そうだよ。プロで活躍するような強いチームでも、油断しているとアマチュアチームに負ける事だってあるもんね」


ライル「そうだぞ! 強豪だからって絶対に勝てるわけじゃないからな!」


坊主「……確かに、なめていたところはあった。それが弱さだと言われれば、否定することは出来ない」


ライル「ほら見ろ」


坊主「そうか……そうだよな……」


ネネ「ちょっとライル、あんまりきついこと言わないでよ。坊主君が落ち込んじゃったじゃん」


ライル「えっと、そうだな、ごめん……。けどまあ、元気出せよ。主人公の挫折から始まるスポーツ漫画は意外に多いと思うぜ」


坊主「……ん? と言うと?」


ライル「今度は大学野球編として、お前が主人公になるのを狙えばいい」


坊主「お、その手があったか! 主人公万歳! 今度は俺が祝福を受ける番だ!」


ネネ「……また負けてこないでね」


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