独白
死が何より恐かった。
子どもの頃から布団にこもれば死の向こうにある暗闇を感じては身体を丸め、母の子守歌に安心を求めていた。
そんな僕が永遠を求めてしまうのはしょうがなかったと思う。
どんな人生を送っても、どんな家に生まれようが多分同じように変わらない永遠を恋い焦がれていたと思う。
とにかく何か世の中に僕が生きたシルシを刻みたかった。
僕が尊敬する人の言葉を借りるなら「とにかくこの世に生まれたからには、何かひとつ足あとを残したい!」だ。
ただ、せわしなく毎日を生きて行く中で、そんな子どもの決心も頭の片隅に追いやられてしまった。
ただ早く安全に歩くことが大切なのだと自分に言い聞かせて。
だから大学も教育学部に入って、比較的頭が悪くても楽で安全な道を通った。
いや、頭の片隅にあった『生きたシルシ』をを子どもたちを育てることで残したいんだという事実に目を背けたまま。
そんな醜い人間が。
薄っぺらい人間の皮を被った、ニンゲン擬きが。
もう一度自分の醜さと向き合ってみようと思ったのはやっぱ死だった。
尊敬していた先輩の死。
大学の時に入っていた演劇サークルの先輩。
いつも自分を表現していて、キラキラする程まぶしくて羨ましかった憧れの先輩。
そんな先輩が冷たくなっていた。
先輩の葬式には雨が降っていて、二度と戻らない時間がまるで器から零れるように降り続けた。
どうしてなんだろう。
どうして人は死んでしまうんだろう。
先輩の死因は特に言及しない。大切なのは死そのものだからだ。
また僕の中で死に対する恐怖が膨張した。
それからしばらくして、今将来の選択肢を迫られている。
何になるか、何になりたいか。
少しだけハムレットに出てくる有名な台詞に似ているかもしれない。
「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」
なるほど。つまりは選択死なのかもしれない。
どういう風に死にたいのか。
とても大きな問題だ。
このまま教師になる道も別段幸福ではあろう。
だがしかし、良いのだろうか。
先輩の死に顔を見て思った。
教師になった僕は次の日死んでいても満足なのだろうか。
分からない。分からない。
僕は一体何になりたいのだろう。
いや、もう分かっていることなのかもしれない。
こうして筆を、いやパソコンをカタカタして文章をしたためているのだから。
自分の醜さを見つめるように書きだしていく。
僕の身体はまるで文字列だ。
難解でこんがらがっていて、そして目を凝らすと少しだけ見えてくる。
紐解いて溢れるものを形に変えていく。
少しだけ。
少しだけ死とはこんなものかも知れないと思えた。
自分の中から何かが抜けていって、代わりの何かが胸の穴に染みこむような。
満たされているのか、それとも消えてしまっているのか。
多分明日も憂鬱になりながら日々を暮らしていくだろう。
何になりたいかはまだ決められないが。
今日の僕を殺した僕は、明日何かになれそうだ。