二番目の男
27歳のサラリーマンの俺には、付き合って半年の彼女がいる。
きっかけは彼女からで、バレンタインに彼女から告白をしてきた。
元々気になってはいたし、彼女がどんな人間かは同じ職場で見ていたから、俺は特に断る理由もなくそれを受け取った。
それから4月程は、簡単な幸せが続いた。彼女と話すだけで俺は楽しかったし、多分彼女も楽しいと思ってくれていたと思う。社内恋愛だから、皆には秘密にしようと約束して、ふとした時に社内で目が合う瞬間が楽しかった。何度か体の関係も持って、結婚しても良いと思っていた。
だが、そこで簡単な幸せは幕を閉じた。
簡単な幸せが終わった後は、複雑な幸せが幕を上げた。
人間というのは、時におかしな勘が働くものである。特に自分が注意深く気にかけているもの程、微細な変化を逃さず察知してしまう。
だから、彼女が俺から気持ちが動いたのにはすぐに気づいた。いや、正確には「すぐに気づいた」と思っているだけなのだが。(それを本人に確かめたことはないから)
俺といる時の彼女の目から、6月までの色が消えたのだ。俺はそう見えた。
俺の話を楽しそうに聞いて、自分の話を表情豊かに話す彼女の顔も、どこか仮面のような硬さを持っていた。
さて、そんな彼女だが、勿論彼女が急に感情を失ってしまったから対応が素っ気なくなった訳は無い。
新しく同じ部署に配属されてきた男には、以前は俺に向けていた目を向けて、以前は俺と話していた時の顔で話していた。それを、見た。
漠然と、根拠は一つもなくても、あぁ、そうなんだな。と俺の中で理解があった。恋愛というのは、そういうものだ。
だからといって、その男を憎いとは思わない。心が移るのは、意図して行うことじゃない。
心を奪うのも、ほとんどは無意識的な行為だし、仮にその男が意識して彼女の心を奪っても、それを咎める事は出来ない。なぜなら男は俺と彼女が付き合っている事を知らないからだ。
いきなり仲良く話している所を踏み入って、「その女は俺の彼女だから話すのをやめろ」という権利も当然無い。
だから、俺は彼女から別れを持ち出されるまで待とうと思った。
しかし、彼女から別れ話をされることは、それから2月を待っても一度も無かった。
彼女はおそらく、キープしておきたいのだ。
女性は、男よりも若く結婚したい人の割合が高いらしい。売れ残りになりたくないという訳だ。
彼女にとって俺は、多分そういう都合の良い存在なのだ。滑り止めで受験する学校のような、多分そんな感じの。
しかし不思議と、俺はそれに腹を立てられなかった。きっと彼女が好きなのだ。好きだから、都合の良い存在でも彼女の恋人でいられる事に喜んでいた。我ながら、本当に馬鹿で、悪い相手を好きになってしまったものである。
何度か別れ話を俺から持ちかけようと思った事はある。
「こんな曖昧な関係終わらせよう」一言言うだけで、俺は晴れて自由である。
新しい恋を探すのも良し、誰かの分の責任は背負わず気楽に暮らすのも良し。多分、俺はそうした方が幸せだと分かっていた。
でも別れ話を切り出そうと考える度に、呪縛みたいに彼女の顔が脳裏を過って言葉を喉に沈めてしまう。
口先まで出掛かった言葉を飲み干して、俺は全く別の話を始めて、彼女はそれを仮面で笑う。