03 異種
褐色のオーガによる蹂躙劇を見ていた女は――混乱、困惑を抱きながらも、可能な限り状況を理解しようと努める。
(い、今のは――何だったの? ゴブリンが真っ二つに引き裂かれたのは、風の魔術か何か? でも、魔術が使われたような、そんな気配はしなかったし……それに、鉄の剣を手刀で斬り裂いた時もそうだった。となると、斬撃系の特殊能力を持った変異種?)
ほぼ妄想に過ぎない程度の推測では有ったが、何にせよ褐色のオーガが素手ながらも斬撃に近い攻撃手段を持っていることは認めざるを得なかった。
そして、何よりも女を困惑させたのは――褐色のオーガの行動の理由である。
(そもそも……どうして、アタシのことはスルーして、ゴブリンから始末したの? エサにするなら、先に殺せば良かっただけなのに、わざわざ生かしておいたってことは……)
この時、女の脳裏にはゴブリン等、複数の魔物に見られる生態が過ぎっていた。
魔物の中には、雌雄同体のものも珍しくなく、ゴブリンもまたその一種であり、交尾の際には精液と共に卵子も排出する。
そしてゴブリンには通常の生物のような雌に該当する個体は存在せず、基本的には異種の雌を犯し、複数のゴブリンで交尾を行うことで精液を混ぜ合わせ、受精させる。
この受精卵は異種の子宮内であろうと着床し、そのまま成長し、そしてゴブリンとして生まれてくる。
こうした生態から、ゴブリンが自身に交配可能な大きさの異種族の雌を襲って浚い、交配の道具として利用することは広く知れ渡っており――その異種族の中には、人間もまた含まれることも知られている。
また、ゴブリンの精液には神経毒に近い成分が多く含まれており、強い痒み、かぶれを引き起こしつつも、鎮痛作用に近い効果もあり、いわゆる痛みに関する神経伝達物質の働きを阻害する為、ゴブリンに侵された雌は気が狂ったように腹を掻きむしり、出血死する場合があることも知られている。
そうした理由から――女はゴブリンにだけは絶対に捕まりたくない、と思い必死に逃走していたのだが。
もしかしたら――この褐色のオーガもまた、ゴブリンに近い生態を持っているのかもしれない、と想像し、怖気が止まらなくなる。
(……オーガの生態は、まだしっかりとは解明されていないし、それにオーガもゴブリンも近い系統の魔物だから――その可能性は、十分にある)
つまり――女が褐色のオーガに見逃されたのは、生殖の為の道具として利用するためであると、その可能性が高い、と、女は想像した。
ゴブリンを始末した褐色のオーガは、一歩、また一歩と女の方へと近づいてくる。女は逃げるか、抵抗するか、あるいは自殺をするかで悩んでいた。だが――結局の所、褐色のオーガの強さに怯え、威圧され、何の行動も取れずにいた。
そして褐色のオーガが女の目の前まで来ると立ち止まって――女が思いもよらぬ行動に出た。
「ダイジョウブ、ダッタカ?」
片言ながらも、褐色のオーガは言葉を発したのである。
「……はい?」
女の頭には、さらなる困惑が浮かぶばかりであった。