02 圧倒的強者
女の横をゆらり、と通り過ぎると、褐色のオーガはゴブリンの真正面へとゆったり、ゆっくりと歩み寄る。
これに警戒することも無く、一匹目のゴブリンが棍棒を振り上げ、攻撃する。何の変哲も無い、重量と膂力に任せた鈍器の振り下ろし。
これを褐色のオーガは――肘を使って弾き飛ばす。
肘という部位は極めて堅い部位であると同時に、側面には分厚い筋肉が集まっており、これを使うことで棍棒のような鈍器、そして徒手空拳を受け止め、弾き、受け流す為に利用できる。
褐色のオーガは正にこの技術を利用し、肘鉄のような格好のまま、ゴブリンの棍棒を側面で受け、流すような動きで弾いた。
無論、己の攻撃が相手を害すると信じて疑っていなかった愚かなゴブリンは、その棍棒が容易く弾かれたことにより意表を突かれ、体勢を崩した。
この隙を、褐色のオーガが見逃す筈もなく――次の瞬間には、さらに一歩接近し、ゴブリンとの距離を詰め、超至近距離、あるいはゼロ距離とも言えるような立ち位置に入り込んだ。
そして――棍棒を弾いた方とは逆の腕を折り畳んだまま、肘を振り上げ、鋭く振り下ろす。
刹那、ゴブリンの顔面に鮮血の華が咲いた。
褐色のオーガは肘の先端――最も尖った部分を利用し、まるで刃物のようにゴブリンの顔面を切り裂いたのだ。
無論、単なる肘撃ちでこのような結果になるわけではない。圧倒的な膂力と速度、そして長年の鍛錬により皮膚というよりもヤスリのように鍛え上げられた肘、石よりも堅い骨、これら全てが揃うことにより、肘が刃となったのである。
何が起こったのか、何をされたのかも理解できぬまま、ゴブリンは頭部から、顔面から、正中線に沿って一直線に、ぱっくりと縦に割り裂かれて即死した。
これにより、残るゴブリン二匹は怒り、あるいは怯え、それぞれ異なる行動に出た。
片方の、ボロボロの剣を手に握ったゴブリンは、仲間の報復を遂げようとでも言うのか、褐色のオーガに向かって斬りかかってくる。
一方で、残る一匹の丸腰のゴブリンは、逃げ腰になって数歩後退する。
これに対して――褐色のオーガは先ず、剣を持ったゴブリンと対峙する。なまくらの剣を迎え撃つようにして手刀を構え、そのまま正面から一閃し、打ち合う。途端――褐色のオーガの鍛え上げられた拳による手刀は、劣化した錆だらけの剣を容易く真っ二つにへし折った。……と、言うよりも、断面は完全に平らになっており、へし折ったと言うよりは切り裂いた、と表現する方が近かった。
無論、たかが剣一本を切り裂く為だけの手刀ではなかった。錆びたなまくらを破壊したその勢いのまま、手刀はゴブリンの首を襲った。錆びていたとは言え、一度は鍛えられたはずの金属製の剣に打ち勝った手刀は、当然の如くゴブリンの首を刎ねた。
鋭い手刀があまりにも速かった為、ゴブリンは己の自慢の剣が切り裂かれたことも、己の首が刎ね飛ばされたことも知らぬまま、即座に絶命した。
仲間の死を二度も目の当たりにし、残る一匹、丸腰のゴブリンは恐怖のあまり腰を抜かし、倒れ込む。そして、じたばたと暴れるような動きで、無我夢中に後退していく。
無論――褐色のオーガがこれを逃がすはずもなく、瞬時に距離を詰める。膝から上、身体の力みを自然に抜いて脱力し、落下する力を前方へと転換する移動法――縮地を使った。
ゴブリンは、何故目の前に敵が、褐色のオーガが立っているのか、理解できなかった。理解が伴わないまま、褐色のオーガによる攻撃を受ける。
褐色のオーガは、ゴブリンの肋骨の隙間に目掛け、突き刺すような貫手を放った。
素人の思う貫手とは、指を真っ直ぐに伸ばして突く動きを想像されるものだが、この褐色のオーガが放った貫手は、僅かに指を丸めるように曲げ、ちょうど手の平に浅い窪みが出来るような形を取っていた。
こうして指を曲げることにより、突きの瞬間の衝撃を力む事によって抑え込み、鋭く頑丈な攻撃を加えることが可能になる。
一方で、素人の想像するような一直線の平らな貫手では、突きの衝撃が手の甲の方へと流れ、抑え込むことが不可能となり、突き指すら起こしかねない程の、弱い突きとなってしまう。
そうした理由から――合理的で、鋭く堅い貫手を放った褐色のオーガは、ゴブリンの肋骨の隙間に指を差し込み、そのまま肋骨を握り締める。
「ゲギャアッ!!」
痛みのあまり、ゴブリンが叫ぶが、しかし褐色のオーガの動きは止まらない。ゴブリンの肋骨を掴んだまま持ち上げ、近場に聳え立つ樹の幹に目掛けて勢いよく投げ飛ばす。
無力に、抵抗すら叶わぬまま、ゴブリンは樹の幹へと衝突し――褐色のオーガの圧倒的な膂力による投擲速度もあって、トマトのように肉を破裂させ、即死した。
結果――女を追跡してきた三匹のゴブリンは、為す術もないまま全滅した。




