04 叛逆
男は即座に父、ジェネラルゴブリンから距離を取りながら思考する。何故、自分が補足されてしまったのか、そして……わざわざ父自らが出向いて来たのか。
恐らくは――どこかで群れのゴブリンに姿を見られていたのだろう、と男は推測した。そして、己の鍛え上げられた肉体を思えば、下位のゴブリンでは勝ち目が薄いと考えられる可能性もある。
故に、群れの最上位に君臨する父が自ら出てきたに違いない、と男は推測した。
そこまで考えた所で、男は無駄な思考を遮断し、戦闘に集中する。己の体調、そして体格差を考えれば勝率は低いと考えられる。故に、可能な限りの全霊を賭して挑まなければならない。
男は逃げつつも、森の各所に隠し置いてあった武器――ウッドナイフと呼ばれる物を回収し、武装を整える。
硬い木をナイフに似た形状に削り出した代物であり、実際に刃が付いているわけではないが、突きの威力は申し分ない。実際、これまでに男はこのウッドナイフを狩りにも使ったことがあり、小動物の背骨をへし折る程度の威力を出すことは可能であった。
男が武器を手にしたことを確認すると、ジェネラルゴブリンは怒りの声を上げた。男が未だに反抗する意志を見せている、という事実が気に食わないのだ。怒りに任せ、木製の棍棒を振り上げ、乱雑に狙いも定めず振り下ろす。
無論、距離があることもあって、男がこの攻撃を喰らう事は無かったのだが、その破壊力は圧倒的であり、丁度その場にあった倒木が粉々に砕け散った。
一撃でも喰らえば危ない、という事実を確認し、男は緊張感を高め、ジェネラルゴブリンと向かい合う。
最初に距離を取り、逃走を選んだのは決して怖気づいたからではなく――この場所で、ジェネラルゴブリンと対峙するという目的があった為である。
こうして群れのゴブリンや、他の生物に攻め入られる可能性は男も事前に考慮しており、そうした場合に迎撃する為の準備も怠っては居なかった。
そして――遂に男の反撃が、本格的な戦闘が開始する。
初手、男は足元の土を掴み、ジェネラルゴブリンに向かって投擲、目潰しを狙った。
こうした行動は通常のゴブリンも喧嘩等の際に見せる場合がある為、意表を突く程のことにはならず、実際にジェネラルゴブリンは顔を反らしつつ横に移動し、回避した。
だが――男の狙いは目潰しだけではなく、むしろ距離を保ったままに挑発することにあったため、問題は無かった。
実際にジェネラルゴブリンは男の投擲に苛立ち、男を叩き潰してやろうと前進する。しかしその足元、事前に男が仕掛けた罠である、蔦を撚って作った縄に足が掛かり、体勢を崩す。
これを男は好機と捉え、ウッドナイフを突き出し、ジェネラルゴブリンの武器、棍棒を持つ手に掴み掛かる。そのまま腕を回し、ウッドナイフを絡めつつ、ジェネラルゴブリンの腕を捻ると、てこの原理により強い力が働き、膂力に格差があるにも関わらず、棍棒を手から取り落とす結果となった。
予想外の反撃、知識に無い未知の拘束、攻撃技術にジェネラルゴブリンは困惑するものの、即座に腕に取り付いた敵の排除に掛かる。膂力に任せ、男を振り回し、投げ飛ばそうと試みるが、男もこれに対処し、即座に離れる。
しかし完全に攻撃を回避するには至らず、男は勢い良く飛ぶようにジェネラルゴブリンから距離を取り、二転、三転と転がった後に起き上がる。
だが、これも男にとっては予測の範疇であり、幸運とも言えた。丁度、男が転がった先には武器――と言うよりも、相手を妨害する為の小道具が隠し置かれていた。
男はこれを拾い、ジェネラルゴブリンの顔に目掛けて投擲する。
それは、見るからに単なる土汚れた果実に過ぎなかった為、ジェネラルゴブリンは警戒することも無く、腕を使いはたき落とした。だが――それは間違った選択であった。
果実は衝撃を受けた途端、二等分に綺麗に割れ、内部に包み隠していた『粉末』が周囲に飛び散る。
この粉末が、男の狙いであった。山椒と唐辛子の中間、といった印象のある小さな実を集め、乾かし、すり潰したものである。刺激が極めて強いため、眼球に入れば催涙ガスのように痛みから落涙必至である。
とは言え、粉末そのものを直接投擲することは不可能であるため、男はここに工夫を凝らした。果実の内側をくり抜き、乾燥させ、内部に粉末を詰め、果実を繋ぎ合わせて封じ込める。二つに割った果実は、衝撃を受けたら確実に割れるよう、粘土質の土を乾かすことで接着した。
無論、見るからに不自然な泥が果実の周囲に付着するため、これを誤魔化すように全体を泥で汚し、完成させた。実際、ジェネラルゴブリンは不自然さに気づくこと無く、反射的に腕を使い叩き落としてしまった。
結果――ジェネラルゴブリンの眼前で粉末が飛び散り、眼球に入り込む。ジェネラルゴブリンと言えども、眼球は弱点である為、途端に涙が止まらなくなり、痛みの余り目を瞑ってしまう。
これこそが正に男の狙いであり、ジェネラルゴブリンの視界が奪われ、あらゆる攻撃に対して無防備となる。
ここまでは、この段階までは男の想定通りの攻撃、作戦が成功した為、順調に事を運ぶことが出来たのだが、しかし男の表情は芳しく無い。
何故なら――ここからジェネラルゴブリンを確実に殺す手段が存在しない為だ。
男が本来想定した外敵はジェネラルゴブリンではなく、通常のゴブリンか、あるいはジェネラルゴブリンほどではないが多少は強力な怪物である。落とし穴、首を吊って窒息させる罠等、様々な攻撃手段を用意しているものの、屈強かつ巨体のジェネラルゴブリンを殺せるような手段は存在しない。
故に、男が想像した攻撃手段はたった一つ……ジェネラルゴブリンの弱点、眼球から直接脳を狙い、ウッドナイフを突き刺すことだけであった。
体調は優れず、膂力では劣り、しかしそれでも直接この手で刺す他に手段が無い、と男は覚悟を決め、ウッドナイフを構えた。