10 克服
全てを消し去り、魔術の発動を終えたキャサリンは、静かにネックレスを、ロケット部分を閉じてから懐へと戻す。
「――よくやった」
カワードは、そう言ってキャサリンへと近寄り、そして肩に手を置いた。
「君はもう、弱者じゃない。いつかの敗北を、恐怖を、今日ここで克服したんだ」
カワードの言葉を受けて、キャサリンは次第に実感してゆく。自分が、かつて辺獄の森の中で裏切られ、恐怖を味わったその元凶を、己の手で殺して――確かに、乗り越えたと心が理解していることを。
そして、その為に自分が、人を殺し、跡形もなく消し去ったことも。
勝利と克服の爽快感と、利己的な殺人による昏い興奮、漠然とした恐怖、そしてようやく解けゆく緊張により、キャサリンの瞳から雫が流れ落ちる。
「……カワードぉっ!」
キャサリンは、カワードへと飛び付くような勢いで抱き着き、そのまま涙を流し、声を上げた。
「怖かった――怖かったよぉっ!!」
「そうだな、君はよくやったよ」
震えるキャサリンの身体を受け止め、抱き締め、カワードは慰めるように言って、頭を撫でる。
――かくして、キャサリンを狙った輩、元冒険者の四人の男は消え去った。
だが、これで全てが終わり、解決したというわけではないことを、カワードは理解していた。
彼らは確かに悪党であり、消滅し、二度と同じことが起こらないのは事実でありながらも、所属していた組織の構成員が全て死んだわけではない。
キャサリンを襲った、そもそもの元凶である組織――共済組合に関しては、構成員を僅かばかり失っただけに過ぎず、大きな損害を与えたわけではない。
それはつまり、今後も共済組合という組織は活動を続けることを意味し、同時にキャサリンを狙うよう指示した何者かについても、何の支障も無いことを意味する。
となれば、再びキャサリンを狙った何者かが現れる可能性も少なからずある。
さらには今回、構成員を多数殺害したことから、やがて状況を察知した組織の側からの報復が発生する可能性もある。
そうした状況を、踏まえ、カワードは一つの決意に至る。
キャサリンを――事情を全て秘密にしたまま、直ぐ側で常に守り、外敵を警戒し続けよう、と。
そもそも、今回のキャサリンの復讐に手を貸したのも、カワードにとって、たった一度の敗北が大きな意味を持つからである。前世の自分と境遇こそ違えど、キャサリンもまた、忘れることの出来ない、屈辱的な記憶に苛まれていた。
そういった点から、他人のようには思えなかったのである。
だからこそ、己の手で敵に打ち勝つ――敗北を勝利にして、力関係の逆転を、この上なくはっきりと証明してみせることで、初めて心の内側を縛る呪縛から解き放たれるのだと教えた。
そのための手段も、力も身に着けさせた。
しかし――それでも尚、足りないとカワードは思う。
ことここに至っては、キャサリンが今後何かしらの理由で害されようものなら、最早それはカワードにとっての苦難に同義である。
そういった敵を許す理屈など、何一つ無い。
つまり、キャサリンと敵対する存在は、己にとってもまた敵になるのだと、カワードはこの時、強く意識した。
「――帰ろう、キャサリン。晩酌用のワインも割れてしまった、一度商店街へ戻ってから、買い物を済ませよう」
言って、カワードは余計なことは何一つ語らず、キャサリンを先導する。
「――ふふっ。ワインを割っちゃったのはカワードでしょ、もう。仕方ないわね、付き合ってあげるわ」
「ああ、ありがとう」
キャサリンも涙を拭うと、笑みを浮かべてカワードの提案に乗った。
そうして二人は、この凶行が起こったはずの路地裏を後にするのであった。
ここまで拙作をお読みいただき、有難うございます。
ここまでが第四章の内容となり、次話以降、第五章の話が開始します。
ですが、現在の書き溜めはここまでで終了しており、連続投稿は本日この投稿にて終了致します。
また後日、アイディアがまとまり、かつ本文の書き溜めが十分に集まり次第、連続投稿という形で投稿を再開したいと思います。
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