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09 隠滅




「――く、クヒヒ」


 首から鮮血を垂れ流しつつ、男が不気味に笑い声を上げ、最期の足掻きとばかりに口を開く。


「こんなことしちゃあ、テメェら終わりだぜ。人殺しは犯罪だからなぁ、いくら俺らがクズだからって、こんだけ殺せばお終いだぜ」


 煽るように言う男に、キャサリンは冷たい視線を向けながら、言葉を返す。


「……お前達は、影も形も無くなるんだから、問題ない」


 言うと、キャサリンはローブの内側に手を入れ、隠し持ってあった装備の一つ――ネックレスを取り出す。

 魔術師は、己の魔術を強化、効率化等の目的の為に、触媒となる装備を扱う場合が多い。キャサリンの場合、元々は一般的にもよく使われる、指向性と威力を共に強化する杖を使っていたのだが、今回のように近接戦闘をする上で有用な棍を使い始めて以降、触媒には何も使用しておらず、カワードとの冒険者としての活動中も、魔術を使う機会があれば、カワードが時間を稼ぎ、キャサリンは詠唱と集中により魔術を補強し、使用していた。


 だが――魔術師に求められる本来の能力とは、決して近接戦闘能力ではなく、大規模な魔術による圧倒的な破壊力である。


 キャサリンの場合、普段から使用していた杖は、あくまでも動きやすさと、距離を詰められた場合の緊急対応用に有用であることから選んでいただけであり、本命の装備、つまり魔術の破壊力を最大限高める為の装備は別に持っていた。

 それが、今取り出したネックレス――ロケット部分に魔術を補助するための極めて優秀な触媒、魔術水晶が封じられている。


 魔術の強化には、基本的に魔術水晶と呼ばれる物体が利用され、通常は魔術師の肉体から放たれるはずの魔術を、代理で放出する過程で、威力等を補強する。

 杖の場合は先端にこの魔術水晶が埋め込まれており、そして魔術水晶に魔力を流すための経路の抵抗が低い素材が杖本体の素材として選ばれる。

 棍等に使う素材とは違い、強度にどうしても不安が残る為、近接戦闘をする上では最低限の補助としてしか利用出来ず、逆に棍に利用するような頑丈な素材は魔力への抵抗が強く、魔術水晶に魔力を流す為の素材として不適切である。


 しかし、杖という形態は、より強力な魔術を使う上で、最適な状態ではない。緊急時の近接戦闘能力と、魔術の強化能力を両立してある為、最大限に魔術を強化する上では、適切とは云えないのだ。

 その為、より強力な魔術を使いたいと考えた場合、魔術師は杖よりも優れた触媒となる装備を扱う。


 キャサリンが取り出したネックレスもその一つであり、元々はキャサリンの師匠が使っていた、高級品を譲り受けたものである。ネックレスに使われている紐は蜘蛛の魔物から採れる素材を利用した、魔力抵抗が極めて低い素材であり、これがロケットの内側まで通っており、直接魔術水晶と繋がっている。

 そしてより倍率の高い強化率を誇る魔術水晶は、非常に繊細な素材であり、それを保護する為、ミスリルと呼ばれる、丈夫かつ魔術とも親和性の高い金属によりロケットが作られ、その内側に魔術水晶が保護されている。


 こうした装備は扱いが難しく、高い集中力と魔力を制御する技術が必要であり、また脆くもあるため、敵に接近される可能性のある戦闘中にはまともに使えるものではない。

 しかし一方で、大規模な軍隊の後方等に控え、安全かつ高い集中力を維持出来る環境下であれば、最も優れた効果を発揮する。


 そう――正に今、キャサリンの状況がそれに合致する。敵対する人間は既に全て死亡、あるいは戦闘不能であり、キャサリンの魔術を邪魔するような者は居ない。


「猛る焔、舞う紅き衣の精霊よ、時別つ、天を遍く支配する者よ、我が血と魂の契約の下、願い奉る――」


 キャサリンが、ネックレスの紐を握り、ロケット部分を開き、魔術水晶を開放した状態で詠唱を開始する。

 その詠唱は長く、明らかに大規模な魔術を発動するためのものであり――流れた血の量から、意識が朦朧としている男にも、理解できた。

 


「――怒り、滅び、無に還り、やがて灰になる彼らに今、定めならざる白き終焉をッ!!」


 詠唱を完了し、キャサリンはより強くネックレスを前に突き出し、魔術を発動する。

 次の瞬間、ロケットの前方に炎が――真っ白に輝く、眩い光が発生する。


 白き炎はそのまま独りでに浮き上がり、前進し――空中で、弾けるように散会する。一つ一つが、正確に襲撃者である男達の肉体に降り注ぎ、接触と同時に大きく燃え上がり、白い炎で包み込む。


「ギャ――」


 唯一息のあった、最期にキャサリンとカワードを煽ってみせた男は、一瞬だけ悲鳴のようなものを上げた直後、声帯まで燃え、言葉を発することが不可能となった。

 白い炎は瞬時に男を、無数の死体を、そして飛び散った血痕までも白く燃やし、焦がし、炭に変え、灰に変え――最終的には灰も残さず消滅させてゆく。


 そうして白い炎が消えた後、その場には何も、戦闘があった痕跡も、男達の死体も、装備も、血の痕も、何一つ残さず消え去った。

 人っ子一人居ない路地裏に、わざわざ男達自身が人払いをして追い込んだ為――キャサリンとカワードが行った凶行の証拠は、何一つ残らなくなった。

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