04 波
体重を利用した、至近距離での守りの技を教わり、また暫く時間が経過した。ある程度、キャサリンが感覚を掴み始めたところで、カワードは訓練を打ち切る。
「ここまでにしておこう、感覚を掴み始めた、ちょうどいいところで終わったほうが、明日の訓練も良いイメージを持ったまま始められるからな」
「じゃあ、今日の訓練はここまで?」
キャサリンの問いかけに、カワードは首を横に振りつつ答える。
「いや、最後にキャサリン、君のように非力でも、人間を相手にすれば十分な威力を発揮できる打撃技を教えようと思う」
「打撃? それも、棒の間合いより内側に入られた時の為?」
「そうだ、守りの手段だけでは、さすがに不利を覆す程には至らないからな、攻撃する手段も持って初めて、至近距離での戦闘技術があると言える」
言って、カワードは――腰に付けていた、冒険者としての仕事道具の一つ、魔物の胃袋を加工して作った水筒を掲げた。
「これから見せる技の本質は、人体は水、液体であるという考え方だ」
言うと、カワードは掲げた水筒を揺らし、中に十分な水が入っていることを見せる。
「液体は、個体よりも遥かに波が伝わりやすい、という性質がある。これを利用し、ただ殴るだけではなく、波を伝えることで、人体の内部にダメージを与えることが可能になる」
「えっと、それとこの皮の水筒と何の関係があるの?」
「今から実演してみせる、見ていてくれ」
言うと、カワードはキャサリンから少し距離を置き、地面に皮の水筒を置く。
そして――拳を作らず、手を開いた状態で、手の甲を前に向ける形で構えた。
「――シャァッ!!」
声を上げ、カワードは腕を振る。靭やかに、さながら鞭のように、波打つような動きで腕が振るわれ、先端である手の甲が、丁度地面に置かれた水筒に触れる位置で止まる。すると、不思議なことが起こった。
――パァンッ!
破裂音と共に、水筒は張り裂け、中にあった水が弾け飛ぶ。カワードの打撃、手の甲は水筒に触れる程度の位置で止まり、押し潰すようなことにはならなかったにも関わらず、まるで内側から強い衝撃でも受けたかのように、水筒を破裂させたのだ。
「――と、このようなことも可能になる」
カワードは言いながら、姿勢を正し、キャサリンの方に向き直り、解説を続ける。
「ここまで極めずとも、波を伝える技を習得すれば、少ない力で、相手の体内――言ってしまえば、内蔵に直接ダメージを叩き込める為、非力であっても十分な攻撃力を発揮出来る。これから鍛えたとしても、キャサリン、君の力では限度があるからな、膂力を伸ばして打撃力を高めるよりも、同じ力をより有効な形で相手に伝える技を優先すべきだと思う」
カワードの説明を受けながらも、キャサリンは破裂した水筒の残骸を見つめながら、プルプルと振るえていた。
「……ん、どうしたキャサリン? 水筒を破裂させた技なら、極めればここまで出来るという演武に過ぎないから、安心してくれ。君にここまでさせようとは俺も思っていないし、そもそも」
「ちょっとカワードっ! なんてことしてくれたのよ!!」
一方的な説明を続けていたカワードに向けて、キャサリンが怒りの声を上げ、これにカワードは怯み、口を噤む。
「皮の水筒、けっこう値段がするいいやつだったんだからね!? それをちょっと技を見せたかったからって、壊しちゃうのはもったいないでしょ!」
「い、いや、これについては仕方がなかったんだ、君の身体に技を当てるわけにも行かず、木人等を相手にしたら効果が分かりづらいから」
「でもも、だっても無し! 冒険者になったんだから、道具は大事にしなきゃダメでしょ!」
「だがこれぐらい、すぐに買い直せば……」
「なに? これ以上口答えするつもり?」
「……すまん」
キャサリンにまくし立てられて、カワードは項垂れ、ついに謝罪の言葉を口にした。
「次からは、事前に申告するようにする」
「だから! そういうことじゃないんだってばっ! この武術バカッ!」
その後――暫くはカワードがキャサリンに叱られ続け、鍛錬は中断していたものの、どうにかカワードの謝罪の意思が伝わり、キャサリンも許しを出した為、訓練は再開する。
「さて、それでは訓練を再開するが……キャサリン、この技に関しては、型をどうこうするといった訓練では身につかないんだ。よって、君には実際に、人体に近いものを殴ってもらい、波を伝える感覚を習得してもらおうと思う」
「人体に近いものって、そんなもの、準備できるの?」
「もうあるぞ、ここだ」
言って、カワードは自分の胸を叩いてみせる。
「波を人体に伝える技を習得するなら、実際に人体を殴り、今の打撃は良かっただとか、そういう感想を都度伝える形でやった方がいい」
「えっと、それってつまり、私がカワードを叩くの?」
カワードが頷き、キャサリンが緊張した様子で更に問う。
「カワードの、胸板を直接叩くんだよね?」
「そうだ、思いっきり叩いてくれていい」
「分かった」
頷き、キャサリンは早速、カワードに打撃を繰り出す。先程のカワードが皮の水筒にやって見せた打撃を思い返し、見様見真似で打ち込む。
バシッ、という音を立て、キャサリンの腕はカワードの胸板と叩いた。
「思い切りは良いが、これだとただの打撃だな、もっと、自分の身体で波を作り、それを腕へと伝えるように意識するといい」
「……ぶあつい」
「ん、どうした、キャサリン」
「な、なんでも無い!」
カワードの胸板に当てた腕を、キャサリンはそのまま離すこと無く、僅かに擦るような仕草で腕だけを動かしていた。まさか――キャサリンが、自分の胸板の、筋肉の感触を確かめているとは想像もせず、カワードは首を傾げる。
その後もキャサリンによる、カワードへの打ち込みは続き、その奇妙な光景に、訓練場を訪れた他の冒険者や、ギルド職員の興味を引き、注目を浴びる事態となった。
そうして――日が暮れる頃合いまで、二人の奇妙な訓練は続くのであった。