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03 至近距離の対策




「――さて、棒術はこれぐらいでいいだろう」


 カワードの言葉と同時に、キャサリンはその場に座り込んだ。

 ギルドから訓練用の装備をカワードが借り受け、キャサリンの訓練が始まったのだが、それから一切休む間も無く、カワードへの打ち込みを続けることとなった。


 辺獄での生活中にも棒術は学んでいたため、キャサリンとしてもある程度は棍を使いこなす自信はあったのだが――カワードによって無事打ち砕かれる。

 どのように攻撃しても、容易く払われ、受け止められ、そして棍を絡め取られ、武器すら手放す状況も多々あった。


 そうしてカワードを相手に、反撃限定とは言え、かなり実践的な打ち合いを続けた結果、キャサリンはすっかり息が上がって、今にも倒れてしまいたい欲求に駆られていた。


「ちょっと、ハァッ、やすませて、くれないっ?」

「次は技の説明から入る、休むには十分だろう」


 つまり、本当に休ませるつもりは無い、という言葉でもあり、キャサリンは苦笑いを浮かべた。辺獄でも、カワードはこうして容赦なく訓練を課してきた為、懐かしさにも似た感覚が湧き上がって来た為だ。

 しかし、過酷では有りながらも、無理を課すようなことはしない為、キャサリンはカワードの過酷な訓練を受け入れている。


「棒術はかなり形になって来たが、しかし間合いの内側に入られた時に弱い、という弱点はある。無論、立ち回りを工夫することでそうした事態を回避することは可能だが、だからと言って距離を詰められた場合の対処法を疎かにしておくのは愚行だ。これからは、相手に距離を詰められた時、特に腕を捕まれ、棒を振るえない時の対処法を教える」


 言って、カワードはキャサリンに近づき、目の前にしゃがみ込む。


「まず最も簡単な方法として、人間が強く痛みを感じる点……ツボを押すことで相手を怯ませ、掴みから抜け出すという手段がある」


 キャサリンの手をカワードが取り、親指と人差し指の間のある点を強く押す。


「いっ!? 痛い痛い痛いッ!!」

「それぐらいの痛みを、非力な女性でも相手に与えることが可能だ。押すべきポイントさえ覚えて置けば、簡単に実行出来る。他にも身体のあちこちに、こうした強い痛みを感じるツボは存在するから、後でそれについても詳しく教えよう」

「わ、分かった……」


 カワードから手を開放され、キャサリンは慌てるように手を引っ込め、もう片方の手でツボを押された部分を撫で、隠して守るような仕草を見せた。


「さあ、そろそろ息も整ってきただろう、立ってくれ」


 言われ、キャサリンはおとなしく立ち上がる。


「次は相手の意表を突く為の技を教える、後ろを向いてくれ」

「おっけ」


 キャサリンは、カワードに言われた通り後ろを向き、カワードには背中を向ける格好になる。

 すると――カワードが背中から抱き締めて来た為、キャサリンは混乱する。


「えっ!? か、カワード、ちょっと、いきなり何っ? なんなのっ!?」

「今、君の肩に掛かっている重さを覚えておいてくれ」

「え、うん、分かったけど」


 キャサリンは困惑しながらも、カワードに言われたとおり、肩に掛かる重さを意識し、記憶する。


「相手に掴まれたり、何らかの技で組み付かれ、拘束されている状態だと、人間はつい力んで脱出しようと試みてしまうが、それは相手も分かっているため、抵抗されてしまう。そこで、あえて全身の力みを可能な限り抜いて、脱力する」


 カワードが言った途端――宣言通りに脱力をしたのか、キャサリンの肩に掛かる重みが急増する。


「力を込めようとした時、人間は何らかの形で踏ん張る必要性がある。その為、掴みから抜け出そうとする踏ん張りが体重を支えてしまい、相手にとっては軽く、力み故に堅く掴みやすい状態になってしまう。だが、脱力をすることで自分の体重全てを相手に支えさせることになり、体感の重みが増える。そして、身体が柔らかくなり、掴みどころが無くなり、拘束を維持し辛い状態に陥る」


 そこまで説明すると、カワードはキャサリンの方から腕を離し、キャサリンの肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。


「このように、体重を利用して相手の意表を突く技は他にも幾つかある。自分の体重移動を相手に乗せることで、力を使うことなく相手を強く押したり、引っ張ったりする技。方向の異なる力を相手に複数同時に加えることで、相手の力み支えるべき方向を混乱させる技。どれも至近距離に迫られた時、君が自分を護る上で有効となる。これから一つずつ、やり方を教えていくから、しっかり学び取り、自分のものにしてほしい」

「……えっと、うん」


 キャサリンは頷き、カワードの話を理解しつつも……突如、背後から、肩から抱きしめられた瞬間の緊張、動悸を思い返し、どこか気の抜けた状態になっていた。


 その後、集中力の欠けた状態を注意する為、カワードがツボを押し、強烈な痛みを与えるまで、キャサリンの心ここに在らずといったような状態は続くのであった。

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