07 決闘
試合開始直後――龍の首狩人が行動を起こし、前衛の内二人が距離を詰めようと踏み込んだ瞬間のことであった。
カワードの初手――蹴りが、足元にある土を、砂をえぐり、吹き飛ばす。
砂塵はカワードの強靭な蹴りにより、鋭さを伴い、龍の首狩人の前衛三人の顔に向かって飛んだ。
「――ぐッ!?」
「くッ……!」
「クソッ!」
三人が同時に、砂塵によって視界を潰され、不快げに声を上げる。
観衆から見れば――単なる砂かけにしか見えず、そして龍の首狩人は砂かけに怯えたようにしか見えなかった。
だが、カワードの常識外れな膂力、速度を持った蹴りは、当然弾き飛ばした砂塵にも常識外れな速度を乗せることとなった。
想像もしなかった勢いで放たれた砂塵は、しかし三者が共に優秀であるため、咄嗟に目をつぶる事で眼球を傷つけるような結果にはならなかった。
しかし――たとえ瞼の上からであろうとも、カワードの放った砂塵は防御を貫き、強打し、眼球に想定外の衝撃を与える。
不意を突く目潰し、そして目潰しの砂かけとは思えない程の衝撃を眼球に、瞼に受け、龍の首狩人の前衛三人は同時に怯んでしまった。
無論――こうした隙を庇うために後衛が存在するのだから、当然弓士のレイドはカワードを狙って矢を放つ。
カワードの胴体を――丁度正中線を射抜くように、レイドは弓を放つ。と同時に、レイドは命中を確信していた。標的の移動速度まで計算した、移動標的を的確に射抜く技術は、元狩人であり凄腕の弓士である彼にとっては難しいことでは無かった。
無かった――はず、であったのだが、しかしカワードに矢が刺さることは無かった。まるで、突如身体が消失したかのように、カワードは左へと身体をずらし、矢を回避した。
突然の不自然な加速にレイドは混乱し、そして思惑通りの状況の為、カワードは弓を回避した直後にも関わらず、体勢を崩すようなことも無く直進する。
これは――弾丸避け、あるいは矢避けとも言える、単純な技術によるものであった。上半身を、そして重心をその場に残しつつ、下半身だけ移動を開始する、という移動法であり、これをカワードは狙いを定められる瞬間に合わせて実行した。
すると、カワードの胴体を正確に狙っていたレイドは、下半身の加速ではなく、その場に重心を残し移動を抑え込んだ上体に狙いを定めることになる。
そして弓が放たれる瞬間、下半身の移動する勢いに乗せ、上体を動かすことで、相手が狙いを定めたポイントから素早く移動し、狙いを外す。
結果――弓士のレイド側から見れば、ほぼ静止していた上体が突如消えたようにも見え、矢は一瞬過去の標的を正確に貫き、現在既にその場から移動をしたカワードに当たることは無くなった。
上体を敢えて動かさず、相手に標的として狙わせることにより、先んじて移動をしながらも射抜かれるようなことは無くなる、という技であった。
そうしてレイドの弓を回避した事により――既に視界を奪われ、隙を晒した前衛の三人、エベック、カイル、アヴァンは完全なる無防備となった。
この状況でカワードが標的に選んだのは――向かって左側に立つ男、斥候のアヴァンであった。
縮地により距離を詰め、目つぶしから立ち直ろうとしていたアヴァンの顔面に拳を突き込んだ。
眉間に正確に入った一撃は十分に重く、速度も乗っており、アヴァンを吹き飛ばし、昏倒させた。
この一瞬の間に――龍の首狩人は、一人を無力化されてしまった。
観衆が、広場を取り囲んだ冒険者達が、予想外の事態に声を上げ、騒ぎ出す。
このまま自由にさせてなるものか、と反撃に出たのはレイドであった。カワードに矢を回避された直後から構え、準備した矢を放とうとする。
だが――カワードの立ち位置が上手く、レイドは移動しなければカワードを射抜くことが出来なかった。カワードが殴り飛ばしたアヴァンが射線を潰してしまった為である。
すぐにレイドは動き出す。が、カワードの方が早く、また有利であった。前衛三人の中央に立っていたカイル、そして右側に立っていたエベックを間に挟み、射線を通さないように動く。二人とカワードの距離が近いため、カワードが一歩動けば、レイドは五歩、十歩と移動しなければ射線を通せない。
よって、レイドは構えた弓をカワードへと放つことが出来ないままであった。