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12 地竜




 カワードとキャサリンの共同生活が開始して――およそ半年が経過した。キャサリンは棒術も含め、様々な戦闘技術をカワードから伝授され、これらを使いこなすことが可能となった。

 カワードもまた、キャサリンから教わった最低限の生活魔法を使いこなすことが可能となり、人間社会の常識、言葉の使い方を学び、例え人々の中に紛れ込んでも問題ない程度にはなった。


 共同生活の目的も達成されようとしており、カワードは最後の試験、教示として、これまでで最も大きな獲物を狩りに向かおう、とキャサリンに告げた。

 何を狩るかは教わらなかったものの、キャサリンは信用し、カワードに付き従う。

 二人は辺獄の深部――かつてオーガとの戦闘を行った地点よりも、さらに深くへと足を進めていく。


 そうして進むうちにカワードが発見し、到達した場所で、ようやくキャサリンは今回の獲物、教材となる怪物を目の当たりにした。


「――地竜、リンドブルム」


 キャサリンが呟きつつ、その視線が捉えたままの場所には――巨大な、蛇のような姿をした怪物が、人間にとっては洞窟とも言える大きさな巣穴から頭を覗かせていた。


 地竜リンドブルムと呼ばれる魔物は、辺獄を探索する冒険者の間では伝説として、そして災厄として語り継がれる怪物の中の一匹である。

 歴史上、一度だけ人の住まう領域まで姿を見せたことがあり、その時は数百人の冒険者が対処に当たり、数多くの死者を出しながら、辛うじて討伐したと言われている。

 人類が確認した範囲の中において、辺獄最強格の魔物としても名高い。


 その姿は巨大な蛇のようでありながら、実際には首と胴体が長いだけの蜥蜴に似た姿をしており、巨体による突進や押しつぶしは無論、強靭な手足に生える爪の鋭さも危険極まりなく、身体を隙間なく覆う鱗や頭部に生える角は硬く、下手な武器では傷一つ与えることすらままならない。

 そんな怪物が――巣穴から顔を出し、そしてカワードと対峙していた。


「キャサリン、よく見ていてくれ。俺が君に教えたもの、武術を極限まで極め、そして肉体を極限まで鍛錬した結果、どれだけのことが出来るようになるのか、その答えを今から見せる」


 言うと、カワードは一歩ずつ、ゆっくりと地竜リンドブルムへと向かって歩いていく。

 警戒した様子のリンドブルムは、シュルル、と息を吐きながら、頭を持ち上げ、カワードの動きを見逃すまいと鋭い視線を向ける。巣穴から尻尾を残して姿を現すと、その体長は十メートルを超えており、人間が素手で討伐に挑むことなど到底不可能に思えるほどの巨体であった。


 そして一定の距離を保った状態で、カワードは立ち止まり、リンドブルムもまた動きを止め、警戒を続ける。カワードは拳を作り、脇を締め、腕を引き、突きを放つ構えを取った。

 見ているだけで、緊張していたキャサリンは――つい、次の瞬間に起こった出来事を見逃してしまった。

 というよりも、正確には、意識上に捉え続けることが不可能であった、と言ったほうが良い。


 一瞬の、意識の逸れた隙に、カワードはリンドブルムとの距離を詰める。脱力からの移動、縮地法、そして敢えて発していた殺気を、瞬間的に抑え込み、気配を眩ませる。こうした技術の重ね合わせにより、カワードとリンドブルムの間にあった距離は――最初から無かったかのように、瞬時に縮む。


 そうしてカワードは、地を這う竜の名を関する怪物、リンドブルムの鼻先まで接近し、拳の届く位置に立つ。そして――突きを放った。


 極限まで鍛え上げられたカワードの肉体、その拳や腕の筋肉による突きは、最早単なる格闘術の一つとは呼べぬ程の破壊力を発揮する。めりめり、と音を立てるかのように膨張した筋肉は、突きの為の加速を終えると瞬時に脱力し、力みの全てを速度に変える。

 槍のように鋭く、弾丸のように速い拳はリンドブルムの眉間、バイタルゾーンを正確に捉える。直撃の瞬間、カワードは再び力み、大地を踏みしめ、全身を鋼に変え、より重く鋭くなるように、拳を押し込む。


 超速度、超硬度、超剛力による拳が、眉間という弱点、脳に近く骨の弱い箇所へと突き込まれて――そして、爆発。

 キャサリンには、その打撃は爆発であったと認識された。突きがリンドブルムの眉間へと突き刺さると同時に発生する、炸裂音にも似た打撃音。そして、空気を震わせ、大地を揺らすほどの衝撃。


 超常現象とも呼べる域に達した拳の一撃は、確かにリンドブルムの眉間を、鱗さえ物ともせずに骨まで衝撃を伝え、粉砕し、脳へと到達。それでもなお衰えることなく衝撃が頭蓋の内部を駆け巡り――リンドブルムの頭部を、内側からミンチ状になるまで破壊する。


 ただの一撃、拳の突き込みによって、リンドブルムは反撃の機会さえ得ること無く――脳味噌がズタズタになるほどの衝撃でもって、絶命した。


 戦いが起こったのだとも、それが地竜と呼ばれる怪物との戦闘であったとも思えぬほどの静寂が場に漂う。そしてゆっくりと――リンドブルムの巨体が、制御する力を失い、大地へと倒れ伏す。


 ドシン――と一帯に響き渡る音を立て、巨体が沈む。


「――俺の、勝ちだ」


 カワードが、元は単なるゴブリンが、竜と呼ばれる怪物さえその拳で屠って見せた瞬間である。

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