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08 教示




 そして、衝突の結果競り勝ったのは――カワードであった。

 膂力でもスケイルベアに劣らず、術理にも優れたカワードの防御術は、鍛錬により鍛えられた皮膚のお陰もあって、スケイルベアの爪すらものともせず、容易く弾き返す。

 まさか弾かれるとは思っても見なかったスケイルベアは、無論驚愕し、体勢を崩す。


 その隙をカワードが逃すはずも無く――一瞬にしてスケイルベアの懐に潜り込み、その勢いを活かしつつ、肘を使った打撃を加える。

 その一撃は肘打ちというよりも、全身運動と伴うことから、衝突部位が肘であるだけの体当たりに近く、重さも、威力も、また破壊性も十分にあった。

 スケイルベアは胴体にカワードの肘を喰らい、骨を折られる感触を味わいながら――まるで車と衝突した人間のように、容易く吹き飛ばされる。


 体重で劣るにも関わらず、スケイルベアを肘打ちだけで吹き飛ばしてみせたカワードに、再びキャサリンは感心する。無論、カワードの筋力があってこその技ではあるのだが、何にせよそれがカワードの鍛錬、日々の努力により成され、ある種超常現象的でもあることは明白であった。


 吹き飛ばされたスケイルベアは、状況が理解できていないのか、胴の骨を折られた苦しみか、あるいはその両方により、呻きながらひっくり返っており、立ち上がる素振りを見せない。

 無論、カワードはさらに距離を詰め、追い打ちをかける。


「キャサリン。自分より強い、あるいは身体が大きい相手に立ち回る時の基本的な考え方を教えよう」


 カワードは言って、キャサリンに向けて実演をしてみせる。


「まず、俺のように正面からぶつかるのは愚策だ。今回は俺が明らかに勝っているから正面から吹き飛ばしてやったが、これが普通ならそうは行かない。基本、巨体である方が生物は強い。正面からの敵対は避けつつ、相手の弱点を攻めるべきだ」

「弱点?」

「ああ、例えばここだ」


 会話の最中、ようやく立ち上がろうとしていたスケイルベアの前足を、横から蹴りつけるカワード。

 スケイルベアさえ容易く弾き返すカワードの膂力から繰り出された蹴りは、容易く前足の関節、人間で言えば肘に当たる部位を砕く。


「体重を支える為に伸び切った膝、まあこいつの場合は前足だから肘でもあるんだが、そういった状態の関節は横からの力に対して非常に脆い。狙うとすれば、先ずは膝だ。それも正面ではなく、横から軸足を狙う。そうすれば、相手の自重も加わって、簡単に膝を壊すことが出来る」

「な、なるほど」


 カワードの理屈は理解できたが、しかしキャサリンには衝撃的過ぎる光景であった。あのA級に指定される怪物、スケイルベアがまるで雑魚……というよりも、事実雑魚扱いで嬲られているという現実に、キャサリンは戸惑いにも似た感情を抱いていた。


「そして次に狙うべき場所はここ、眉間だ」


 言って、拳を握ったカワードは、スケイルベアの眉間に目掛けて鉄槌打ちを当てる。これによりスケイルベアの眉間の骨が完全に陥没し、脳まで破壊し、ついに絶命する。


「人間に限らず、こうした頭蓋骨を持つ生物の多くは、構造上眉間の部分が最も弱い。まあ、眼球やら鼻やらがあるお陰で穴だらけの部位だからな。ここを十分な威力で殴ってやれば、骨折は無いにしても、衝撃が直接脳に伝わり、相手の意識を飛ばすことが可能になる」

「意識っていうか、命そのものが吹っ飛んじゃってるけど」


 キャサリンの言う通り、カワードの言葉とは裏腹に、スケイルベアの負傷は見るからに即死と断定できるほどであり、カワードの拳は深々と突き刺さっていた。


「これは俺だからだ。もしも俺のような力が無くても、眉間であればより効率的に、大きなダメージを与えられる」


 言って、カワードは拳をスケイルベアの眉間から引き抜き、息絶えたスケイルベアは支えを失ったことでドサリ、とその場に倒れ込んだ。


「ある程度、どの生物にも言えることだが、関節であったり、骨が薄かったり、そういう弱点ともいうべき場所を狙うんだ。そうすれば、最小限の力で最大の効果を発揮する。これが重要なことだというのは、分かるな?」

「うん。攻撃は最大の防御、って感じでしょ?」

「そう、正にそうなんだキャサリン」


 カワードは、さらにキャサリンへと向けて語り続ける。


「無論、ダメージの最大化も重要ではある。だが、こちらがより大きなダメージを相手に与えられる、最悪、相手の生命を奪うことが可能であるというのは、心理的な優位を生むんだ。その余裕は、実際に相手を殴らなくとも発揮される。つまり、殴り合う前から、例え即座に逃走を選ぶような状況であっても、常に恩恵を受け続けているんだ」


 言われて、なるほど、とキャサリンは胸中で納得する。ちなみに、キャサリンはそこまで深い意図を持ってして、攻撃は最大の防御と言ったわけではなく、何となくに過ぎない。


「だから、弱点を突くという考えは重要なんだよ。それが出来る、という自信が、何よりもキャサリンの身を守る上で最も必要だからな。相手を制圧可能である、と思えたなら、実際に制圧をしなくとも自分の役に立っているんだ。それを踏まえた上で、これからも俺の話を聞いてほしい」

「うん、わかった!」


 こうして、カワードとキャサリン、二人の修行の日々はまだまだ続く。

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